アジアMANGAサミット分科会発表

■山本夜羽氏発表内容■

■鎌倉圭悟氏発表内容■

■八的暁氏発表内容■

 マンガ家の山本夜羽と申します。1993年にデビューし、現在までに国内で18冊、台湾で2冊の単行本を上梓しています。
 私が漫画家として身を立てるきっかけとなったのは、1990年に日本で起きた「有害コミック規制問題」への関心でした。性的なマンガ表現を嫌悪する一部の人々が、法的規制をもって表現を弾圧するべく活動する経緯に反発を覚え、敢えて「成年向けコミック」の世界で執筆活動を始めました。現在でも、一般誌、成年誌の区別を付けず、幅広く執筆しています。
 今回、アジアMANGAサミットという場で、「表現の自由」についてマンガ関係者が意見を交換できる機会をもてたことを、大変喜ばしく思っています。ここでは、皆さんにお配りした別紙の「日本でのマンガ表現規制略史(1938〜2002)」を要約する形で、日本国内の表現規制の過去と現在について解説します。

【マンガ表現規制の論拠】

 まず、戦後におけるマンガ表現規制の根拠は、主に、「性的表現」「残虐表現」「差別表現」「反社会的表現」の4点を問題にしています。これらの表現に対して、「マンガは子どもが読む物である」から、一定以上の規制をもうけるべきだ、という考え方です。また、差別表現による精神的被害、犯罪行為の描写による模倣犯の危険性などが次いで列挙されます。この50余年間に、マンガ表現規制強化の動きは、こうした主張と、それに対する異議申し立ての狭間で繰り返されてきました。
 この間、1950年代の「悪書追放運動」、70年代の「青少年健全育成運動」、90年代の「有害コミック規制運動」と、ほぼ10〜15年の周期で「規制強化」の流れは進んでいます。
 これに対し、マンガ制作者の側は、とりあえず「自主規制」を行い、嵐が過ぎるのを待って、徐々に緩和していく、というスタンスで一貫しています。制作者が「表現の自由」を根拠に異議申し立てを行うケースは、50年代の編集者の抵抗を除けば、1992年の「コミック表現の自由を守る会」の登場まで待たなければなりませんでした。

 それだけ、90年以降に起きているマンガ表現規制の潮流が激烈かつ、エキセントリックなものであるとも考えられます。「悪書追放運動」に代表される、過去の規制強化の声は、文化的な保守反動という、頑迷で素朴な主張故に、時代の進歩主義的潮流の中で、必ずしもヘゲモニーを握るに至りませんでした。しかし、90年から起きている「有害コミック規制」「児童ポルノ禁止法による規制」「青少年有害社会環境対策基本法案」という一連の流れは、単なる保守主義、道徳主義とは明らかに位相が異なる文脈に基づいています。
 「子どもを守る」という言葉は、道徳的な主張よりむしろ、社会不安から来る「安全保障」という意味に転化されています。悪質な児童ポルノや児童買春の実態から成立した「児童買春・児童ポルノ禁止法」に絵の規制を盛り込むといった動きは、日本国内では本来の「子どもの人権」を守るという目的より、社会環境の浄化という意図にすり替わります。「有害社会環境」から子どもを切り離すことで少年非行を予防する、あるいは地方自治体の青少年条例の強化で対応するという論拠は、未成熟な子どもを善導するという考えよりも、大人の理解できない「動物」を「隔離」し、「調教」するといった短絡に基づいています。
 あるいは、「性的表現」「残虐表現」を嫌悪する人々の恐怖心が、旧来の保守主義者と、「新・道徳主義」的傾向を持った一部の市民主義者やフェミニストの利害一致という形で「表現規制」を求める勢力の草の根となって現れていると考えられます。
 こうした考え方は、急速な情報技術の発展に対応できない人々が、より安全で確実な「セキュリティ」を求める余り、本来個人が管理すべき「個人情報」や「自己決定権」、あるいは個々人の「表現の自由」「内心の自由」をなげうってでも、より大きな権力システムに保護してもらおうという社会風潮と同調しているのではないでしょうか。

 「低俗なマンガを規制せよ」という居丈高な主張の裏には、「大人」自身が持つ存在不安や不安定な社会への恐怖や焦燥が透けて見えます。「マンガが子どもや若者に悪影響を与える」と言ってしまえば、社会状況の歪みや親世代の教育の失点を問われることはありません。同様の表現規制を、文学に対して訴える者は皆無です。犯罪手法を教唆したと、推理小説を糾弾する声は、一瞬でかき消されます。このような手法は、ひとえに「たかがマンガ」という侮蔑に基づいており、一方でその「たかがマンガ」が持つ伝達能力に怯えている姿の現れです。そうした二重のコンプレックスを抱く人々が、手っ取り早く「問題」を「処理」しようとする行為が、こうした飽くなき「表現規制」の欲求となって現れるのではないでしょうか。例えそのような形で「臭い物にふた」をしたとしても、安易な解決法はいずれ馬脚を現すでしょう。

【「成年向けマンガ」の可能性】

 こうした一方的とも言える規制推進の論理に「お墨付き」を与える根拠は、「マンガは子どもが読むもの」という決めつけであり、「高次の芸術とは言えない世俗表現」であるというレッテルです。悩ましいのは、当のマンガ制作者の側から、むしろ積極的に、こうした自己規定がなされてきた経緯があるという事実です。自己卑下的な物言いの真意は、そういったレッテルの陰に隠れることで、「高尚な芸術」には描き得ない自由な表現を描きうる、という屈折したプライドから来ていると推察します。
 そういった束縛から、マンガ家自身が解き放たれる可能性として、60年代には「貸本」からつながる「劇画」表現が、70年代には少女マンガの文学的表現と「三流エロ劇画」の映像が、80年代以降においてはそれらが集約された「青年マンガ」というジャンルが発展したのではないかと考えることはできないでしょうか。その仮説の線上で、現在では、そうした表現の先端に「成年向けマンガ」があると、私は考えます。
 現在の「成年向けマンガ」は、かつての「三流劇画」と呼ばれた潮流と、「コミックマーケット」に代表される同人誌文化が合流することで、大きな流れを作り出しています。表現上の束縛は唯一、「エロティック」であることのみ、「萌え絵」と呼ばれる最新のキャラクターコンテンツも、実験的なストーリー構成も、「エロティックであること」の同一線上で描くことを可能としました。マンガ制作の現場においても、優秀な新人の発掘地となり、人手不足と言われる制作スタジオにおいては、アシスタントの供給源として機能しています。現実的に、かつての徒弟制では新人マンガ家が生活を維持していくことすら困難な状況で、志望者がアシスタントと、同人誌あるいは成年向けマンガ誌での執筆活動との兼業で食いつないでいる事実を軽視はできません。何より、石井隆、山 本直樹、町田ひらくといった、「成年向けマンガ」からシーンへ登場して、なおかつその作品の高い文学的価値を評価されているマンガ家も数多く存在するという事実が、「成年向けマンガ」が「成熟した文化」を既に形成していることの証左です。
 忌憚なく発言させていただくなら、「成年向けマンガ」は既に、日陰の存在ではなく、マンガ文化の重要な担い手です。その存在を切り捨てることで、業界全体を保護できるとは、私には思えません。

 「成年向けマンガ」は、前述の「有害コミック規制」以降、幾度となく存亡の危機に立たされながら、現在の市場を維持しています。既に、流通の段階に応じて、一定の自主規制を受け入れることで、十分なゾーニング(棲み分け)を果たしていると考えています。私たちは、さらなる規制を要求する人々に対して、こうした事実を踏まえ、対話し、落としどころを見つけていく努力を惜しまないつもりです。言うまでもなく、私たちは「成年向けマンガ」を描くとき、性的自己決定権を行使するに不完全な未成年者を読者対象にはしていません。それでもなお「不道徳」「わいせつ」という根拠で表現を排除しようと言うなら、私たちは、多様な性のあり方は個人の内心の自由であり、そこに土足で踏み込むことは許されないと、強く主張します。

【マンガ家自身による「異議申し立て」】

 こうした意見を、私たちのようなひよっ子が公的な場で述べることに、いささかの躊躇を禁じ得ません。本来なら、規制を声高に叫ぶ人々に対して、マンガ制作者の側から、表現の自由を守っていこうとする態度表明は、もっと速やかに行われるべきだったと考えるからです。日本という国の悪しき慣習とも言えますが、政治的対立を避け、政治的態度を表明することを「差し出がましい」と考える風潮があります。殊更、「マンガ」という表現に携わる人々の多くは、こうした態度こそが「純粋に表現者たる」と開き直ってはばかりません。
「言いたいことがあるなら、表現を持って返すべきだ。」という倫理が表現者の金科玉条であるとしても、自らの表現が軽んじられ、抑圧されようとしている瞬間に、その教条を持って結果的に筆を折るなら、全く意味はありません。少なくとも、前述の小説とマンガの差異は、文学者には自らの表現の自由を戦って勝ち取ってきた歴史があり、マンガはわずかにそのおこぼれに預かって安穏としている、その差に思えてなりません。
 こういう逸話があります。魯迅という中国の偉大な作家は、抗日戦争を目前にした作家連盟が「我々は文筆を持って抵抗すべきだ。」という議論を続けるのを見て、「侵略戦争を目前にして、なすべきは銃を持って戦うことだ。眼下の敵に敗北して後、ペンに力があるなどとは言えない。」と言い放ちました。適切な比喩とは言い難いかもしれませんが、表現行為そのものに対する根本的な否定の後に、表現がなお力を持ち得るとは、私には思えません。遅ればせながら、私たちマンガ制作者は、社会に対して自己の存在事由を賭けて発言していくべきだと考えます。

 私も含め、この場に参加した3人の漫画家は現在、「連絡網AMI」というグループに所属し、無名の漫画家が社会的に発言する機会を模索しています。「連絡網AMI」は、「児童買春・児童ポルノ禁止法」の「改定案」と、「青少年有害社会環境対策基本法案」に対する異議申し立てを漫画家自身が行うことをきっかけとして結成されました。私たちは今後、同法案に対する異議申し立てに始まり、今までほとんどなされて来なかった漫画家自身による「情報共有」や「社会的対応」を活動の中心に据えつつ、将来を見据えた「表現者としての漫画家のプライド」と「職能者の相互扶助、相互理解」を深めていきたいと考えています。
 現在までの主な活動成果としては、昨年、奇しくも同じこの会場で開催された「第二回子どもの商業的性的搾取に反対する世界会議」において、エクパット関西ユースとの共催で「マンガはCSEC(子どもの商業的性的搾取)ではない」というワークショップを行い、マンガ表現を「児童ポルノ」の範疇に含めることに反対の意思表明をしました。また、本年5月に、朝日新聞紙上で「子どもの権利条約の選択議定書」において、あたかも国連機関がマンガ・アニメ表現を「児童ポルノ」の範疇に加え、禁止項目に加えるといった報道がなされたことに対し、速やかに訂正を求める旨の抗議を行い、協議の結果、訂正文を掲載させることに成功しています。また、グループが運営するインターネット上のメーリングリストには、現在300余名が参加しています。
 私たちの活動は微弱なものですが、マンガ家の末席に身を置く者として、マンガ表現への熱い想いと、真摯な態度を持って、社会にアプローチしていきたいと考えています。

 私からの発表は以上です。現在、焦点となっている「児童買春・児童ポルノ禁止法『改定』案」についての問題点などを、次席の鎌倉圭悟さんに解説してもらうこととし、発言を終わらせていただきます。ご静聴、ありがとうございました。
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