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目次 1 はじめに 2 「フィクション」と「実在児童への虐待」の区別 3 単純所持罪/単純製造剤の問題点 4 中高生も多数参加した私たちの署名活動について 5 私たちからの提案 |
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1 はじめに 私たち「連絡網AMI」は、マンガ・アニメ・ゲームなどの架空のキャラクター表現に携わる者を中心に集まったNGO組織です。 「児童買春児童ポルノ禁止法」の改正に関し、意見を述べさせていただきます。「児童買春・児童ポルノ禁止法」の改正に際して、私たちのような者がこのように踏み込んだ意見を述べなければならない現状を、とても残念に思っております。 私たちの仲間には'99年の制定の時から「児童買春児童ポルノ禁止法」と関わってきた者もいます。マンガ規制などが本来この法律の焦点になるべきではないと、当時から多くの人々が主張していました。あくまでこの法律は「実在児童の人権をいかに守るべきか」ということが最重要目的だからです。 にも関わらず、同法の改正過程で「架空の創作物であるマンガや小説なども規制対象に入れるべき」と語られ、自由民主党のホームページの関連項目内でも「子供ポルノコミックの問題(原文まま)」と取り上げられました。これらの事実を重く鑑み、私たちの立場からも意見を述べさせていただきます。 |
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2 「フィクション」と「実在児童への虐待」の区別 2−1 「マンガ・アニメ・ゲーム・小説」は、全くのフィクションです。「実在児童への虐待の記録物である児童ポルノ」としてカウントするべきではないと考えます。「フィクション」によって「実在児童の人権が侵害」されることはありません。
「児童買春児童ポルノ禁止法」は、あくまで実在する児童個人の人権を守り、被害児童の救済を行うための法であると私たちは信じます。猥褻規制などの文脈ではなく、むしろ「児童虐待防止法」などの文脈で検討されるべき法律であると私たちは考えます。「児童虐待防止法」との統合などを視野に入れるべきだと考えます。 2−2 「フィクション規制」の論理として、「架空のキャラクター像」が「実在する人間と見間違う」ことを懸念する意見もあると聞きますが、マンガやアニメのキャラクターは、充分に区別可能なものです。「架空のキャラクター像」は、マンガ雑誌の小さな印刷面、テレビ画面の中に存在するようにデザインされているものですから、「実在する人間とは似ても似つかない」形状をしています。マンガやアニメのキャラクターの存在が児童ポルノ犯人の検挙の妨げになることなど、まったく考えられません〔註1〕。 2−3 「マンガやアニメが人に悪影響を与える」という論と、「フィクションが『子どもの集団的人権を毀損している』」論は、問題を取り違えていると、私たちは考えます。 一部に以下のような見解があると聞きます。 「性的なマンガやアニメなどは、児童に悪影響を与える」あるいは「児童を性の対象として捉えている(ように見える)マンガやアニメなどは、それを消費する成人に対して、あたかも児童が性的欲望の対象として魅力的であるかのような間違った認識を植え付けている」。 この「メディアの悪影響」論は、ごく一般的なメディア効果論などの観点から見れば、甚だ公正さを欠いた見方であり、単純に間違っていると私たちは考えます〔註2〕。 ![]() 「メディア」がどう意識を植え付けるのか科学的な証明も無いまま、特定メディアを「犯罪」と規定することは、非常に危険だと私たちは考えます。個人がどのような経緯で「反社会的」な考え方をメディアから汲み取るのかということを推察するのは、法の範疇ではないと考えます。 「メディアの悪影響」論法は、人の頭の中の考え方までをも規制する方向性に行きつかざるを得ず、「架空、空想」の産物を犯罪と規定するのは、新たな種類の「思想犯」の創出に他なりません。空想を犯罪だとする発想自体、「マンガのように奇抜な発想」であり、法としてはあまりにも非現実的だと私たちは考えます。
〔註1〕 @ 『選択議定書』 児童買春児童ポルノ禁止法の根拠の一つとなる『子どもの売買、子ども買春および子どもポルノグラフィーに関する子どもの権利条約の選択議定書』では、「実在児童」の人権保護においてのみ各国の取り組みを要求しています。 実在児童の人権とは無関係な「架空の創作物」へは、『選択議定書』では、まったく言及していません。「全き架空の創作物であるマンガやアニメをも規制すべき」という国際的なコンセンサスは、ありません。これは「創作物」規制論に対し、「表現・言論の自由」という観点から強い懸念が存在することを示すと私たちは考えます。 A 『サイバー犯罪条約』 『サイバー犯罪条約』には、「あからさまな性的な振舞いを行う未成年者を表現する写実的画像 」という一文があります。これは「CG技術によって本物の人のように見えるもの」や「写真合成によるコラージュ」を想定したものです。『サイバー犯罪条約』の制定過程では、初期の原案に含まれていた「カートゥーン(マンガ、アニメ)」という文言が削除されたという経緯があります。この経緯からも、マンガやアニメなどの架空の創作物は規制対象に含まれないことは明らかです。 〔註2〕 @ マンガの読者やアニメの視聴者は、それを鑑賞する際には極めて自然にそれらが「全き架空のものである」ことを前提とした意識で消費しています。「メディアの悪影響論」は「戦争を描いた創作物を消費した人は人殺しをしたくなる」「犯罪を描いた創作物を消費した人は犯罪を犯したくなる」といった、明らかな「勘違い」に基づいた論です。過去、「メディアに描かれた事象は、受け取る者に同様の影響を与える」とする「強力効果論」が、実証を欠いたまま通念として存在したことはありましたが、現在のメディア論ではそれは決して主流の考え方ではなく、寧ろ他の新しい説によって否定されています。たとえば初めて実証研究をしたジョセフ・クラッパーは、「選択性メカニズム」と「対人ネットワーク」というパラメータの重要性を説いています。 ジョセフ・クラッパー『マス・コミュニケーションの効果』NHK放送学研究室訳、日本放送出版協会、1966年(Klapper, Joseph The effects of masscommunication, Free Press, 1960) A 「架空の創作物が人間を変える」という論は「架空を架空として認識できる人間性」の存在を認めない価値観による偏見であり、「人間性の軽視」に基づいた危険な考えだと私たちは考えます。人は、他人の内心を完全に理解することはできませんし、自分自身の内心すら完全に理解することもできません。かくのごとく「人間性」とは、単純に捉えることが不可能なほどに多面的であり、深淵なものだと私たちは信じます。それの「表現」を試みるのが、「創作」という領域だと私たちは信じます。人が自ら作品を「選択して購入」し、それを消費することで、マンガなどの架空の創作メディア市場は成り立っています。一方的にマンガが人を惑わし、内在しなかった(悪しき)性質を人に植え込んでいるとする主張は、甚だ粗雑であり、社会全体と家族環境が個人に及ぼす影響力を無視または失念しているか、そうでなければ過度に軽視しています。 B 「影響」論で実証されていることは、ごくごく限りがあります。「影響」論の研究については、たとえば以下を参考下さい。 Freedman, L. J. Media Violence and Its Effect on Aggression: Assessing the Scientific Evidence University of Toronto Press, Toronto, 2002 「影響」論についてはいろいろな研究が行なわれていますが、心理学者である著者は200近くの研究をレビューして、「テレビや映画にフィクションとして描かれた暴力が子どもの攻撃性を増すという科学的証拠はない」と結論づけています。因果関係も、いわゆる脱感作(desensitization)効果も、存在しないことを示す研究のほうがむしろ多いと述べています。「メディアの影響」論の研究が行なわれた数は、だいたいこの200程度で、それ以上の研究をレビューしたという主張は眉唾だとしています。
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