フォアグラ亭日乘2000年8月

フォア‐グラ【foie grasフランス】 特殊な飼育法によって肥大させた、鵞鳥(がちよう)あるいは鴨の肝臓。高級料理材料として珍重され、オードブルなどに用いる(『広辞苑』第五版・岩波書店)
フォアグラウンド【fore・ground】 ‖名‖[the 〜]
1 (風景・絵画の)前景(cf. background 1).
2 最前面, 表面, 最も目立つ位置.(『日英仏辞典』研究社)

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■日付とタイトル(上ほど新鮮)
■日録(日常の記録と思いつきと暴言録)
■読書メモ(批評以前のナマモノ)
漫画系
活字系
映像系・その他

■2000年8月31日:宿題を残したまま去って行く夏
 6時起きで、編プロ仕事。自分の完パケ仕事はなんとか上がりそう。
 川合くんから泣きの電話。Mac、PC共に電源が入らないという超ピンチ。バックアップは当然取ってない。症状を聞くが、電源が飛んだとしても同時に2台というのは謎?落雷でもあったか? HDはクラッシュしてないようなので「HD抜いて、ケースに入れちゃえ」とアドバイス。PCが後一台生きてるみたいなので、そっちのスレイブにしちゃうというテもある。Macの方は日付が変だったそうなので電池も怪しい。
 伊藤くんに催促電話。こちらは本人がクラッシュしてやがんの。くーっ。
 遊佐くんからは先方に直接入稿しますと電話。全滅は避けられた。俺も3本上げたから残り4本…。半分残ってるのか?
 夜、仕事の依頼電話。企画書をファックスしてもらうが、頭が朦朧として、まとまらない。来週打ち合わせすることにする。

■2000年8月30日:いつクリアになるのか俺の頭
 朝から編プロ仕事。DTP作業はほとんど肉体労働なので、手を動かしていればいつか終わる。文章は頭クリアでないとキツイ。
 夕方、メガの八木さんが原稿取りに。ちょっと雑談。
 家庭教師のミヤイチくんと雑談。

■2000年8月29日:編集兼ライターって辛さ倍増だね
 朝から編プロ仕事。誰も原稿を入れてくれません。〆切は過ぎているというのに、約2名つかまりません。逃げたらアカン。
 夜に至ってようよう2名様と連絡が取れる。
 伊藤くんからはラフがファックスで届く。
 なんとかなりそうだが胃が痛いのよ。

■2000年8月28日:鬼になれない人は編集者になれない
 メガストアをアップし、クロランに手をつける。調子はまあまあ。しかし、編プロ仕事は自分一人じゃ終わらないのでヤキモキ。編集やってるとどんどん人が悪くなる。

■2000年8月27日:生命線だけが長い俺の余生
 息子に自転車を買ってやる。いいなあ。俺も欲しくなるが、カネがないので先延ばし。こんだけ働いているのになんでウチの家、お金があらへんのやろ? じっと手をみたら生命線だけが異様に長い俺の手相。百歳まで貧乏。百年貧乏。

■2000年8月26日:遊び疲れてヘトヘト
 朝から仕事。メール、留守電のチェック。漫画史研究会は諦めた方がよさそう。昨日の今日だし、研究会出たら日曜も仕事にならない予感がある。

■2000年8月25日:マリンスパあたみって気持ちいいよ
 熱海二日目。
 昨日、泳ぎすぎたのか、程良い疲労感。朝風呂入って、朝飯喰って、ダラダラして、チェックアウトして、ロビーでダラダラ。その間、プールで泳いでいた息子も合流。さて、帰るかということなのだが、息子はまだ遊び足らない風情。それではと、妻に荷物番させて、マリンスパあたみに行く。確か昨年までは市民プールだったと思うのだが、ミニレジャーセンターみたくなってます。プールのないホテルや旅館の宿泊客には便利。90分700円だもんね。ほどほどに遊んで、温浴コーナーで体を暖めて、ホテルに戻る。流石に朝からプール2連チャンの息子はヘトヘトで無口になっておられる。レストランで軽く昼食をとり、タクシーで熱海駅へ。
 帰宅後、ビールとレトルトカレーで簡単に夕食をすませ、ゴロゴロ。あー夏も終わったな。

■2000年8月24日:カウントダウンのセミの声
 全部投げ出して、午前10時頃、熱海に出発。
 定宿のホテルについて、昼飯喰って、チェックインして、プールで泳いで、温泉浸かって、何故かカルバドスから始まる懐石喰って、ビール飲んで、温泉浸かって、寝転がってダラダラと過ごす。めったに息子と遊ぶ時間がないので、こういう日は貴重。

■2000年8月23日:SFマガジンの創刊号だけが欠けている夏
 インターネット雑誌、2本目に突入。今回は「企画執筆からDTPまで全部俺がやる」分が3本。編集のみ3本。編集&DTPまで2本。この他来週アタマから月末までに『メガストア』『ピンキー』『bk-1』『クロスワードランド』の〆切がダンゴ状態。憂さ晴らしに近所の古本屋を覗く。田中芳樹『創竜伝』の1〜10巻が800円で出てたので買う。初期『SFマガジン』のバックナンバーが出ていたが創刊号が欠けていたので迷って買わず。後で口惜しい思いをするかもしれないが、金がないし、コレクターでもないし、研究者でもないのでね。

■2000年8月22日:夏でも仕事しなきゃならない日本って変だと思う
 インターネット雑誌の仕事を猛スピードで上げる。24〜25日の夏休み恒例「熱海でぼーっとする」は決定済みだが、26日の漫画史研究会は無理かもしれん。

■2000年8月21日:触るんじゃねーよ。けど御利益ありそ。
 全細胞が「仕事したくない」と云っている。
 一水社・多田編集長から催促電話。これ以上待てないらしいので、『東京H』原稿をメールし、図版をファックス。
 午後、伊藤剛くんが「資料使わせくださーい」と来訪。「ワンフェス来るべきでしたよー」「村上隆のS.M.Pko2触っちゃいましたよ、でへへ」と自慢しやがる。あーそーですかい。ぷりぷりしながら仕事続行。
 福士くんから電話、次回のインタビューを25日にやりたいがという。準備も何もできてないし、だいたい25日は東京にいませんよ。
 伊藤くんは晩飯喰って、仕事上げて退散。

■2000年8月20日:マッコイのタイヤはどうなっておるのか?
 朝から息子を叱りつけて機嫌の悪い俺。
 ワンフェス諦めて、「セメントマッチ」の原稿書き。大体、昼過ぎにはアップ。
 夕方からは二輪ロードレース・チェコグランプリ。ノリックが最初のラップでこける。ロッシが2位。3位のマッコイが「今日は調子良くスライドしたよ」とほざくのがスゲェかっこいい。

■2000年8月19日:銀河英雄伝説
 朝、事務所に出るがとにかく眠い。今日は仕事しない日決定。妻の換気扇掃除などを手伝い、ゴロゴロと銀英伝を読む。ありがたいことに昔読んだ記憶がスッ飛んでいるので気持ちよく楽しめる。

■2000年8月18日:コロス!
 伊藤くんを叩き起こして朝飯。
 事務所に出社して、作業を再開。順調にレイアウト作業が進行。
 午後、福士くんから催促電話。コアイトウ経由で琴義弓介さんのジャンキーズ扉イラストと本文図版が入ったとのこと。いいタイミングで琴義弓介さん待ちの状況になっている。
 福士くんが来訪。作業しながら三人で雑談していると、塩山さんから催促でんわ。「先生の玉稿はまだ届いておりませんが」などと慇懃無礼に切り出したかと思うと「このヤロ、まだ上がらねぇのか!」と罵倒にチェンジ。「まだ手がつかないんですよぉ」と低姿勢で答え、情報交換&雑談に雪崩込む。ああ、毒舌のシャワーが心地いいね。こんだけ悪口雑言まき散らし、知人友人までこきおろしながら、未だに人が離れない(離れちゃった人もいるが)人も珍しい。久しぶりに長話を楽しんでんのに、俺の後ろじゃ伊藤と福士がギャハギャハ盛り上がっててうるさいウルサイ。
 夜、また来るという福士くんを見送って、到着した琴義弓介さんの図版をレイアウトして行く。今回の扉は背景に超時空阿闍利さんの3Dワーク(カギのかかるゴツイ本)を配し、光話を頂いた少女が浮かぶというもの。高解像度データを惚れ惚れと見る。CGが印刷でどこまで綺麗に出てくれるか? というのが気がかりなのだ。引用図版用にお借りした『ワダツミ』のカラーCGも美しい。CGに詳しい人なら判っているはずだが、ウェブ配信のCGと印刷データでは解像度が最低でも5倍程度違う。単純に云うと最終出力がB5判の雑誌だとすれば、元データはB0判のポスターサイズ。当然ディテールも凄いことになる。もちろん琴義弓介さんのCGも細部まで描き込んである。流石ですよ。「ホラ、ここんとこ、手塗りのタッチでハイライト入れてるでしょ。それにココの宝石。手を抜く人はグラデーションツール使っちゃうんだけど、ブラシで再現してる」と伊藤くんにむかって解説する俺。鉱物屋の伊藤くんは「結晶の集合の様子がこーなってるから、こういう光になるんですよ。資料見てないと描けないですよ」と感心。
 夕方、残り原稿を仕上げた伊藤くんが「これから合コンで〜す」と嬉しげに立ち去った後も、俺はDTPの仕上げにいそしむ。それにしても琴義弓介さんからのインタビューチェックがまだ戻らない。留守電入れて、晩飯喰って、戻って来たら。あのままでバッチリという琴義弓介さんからの留守電が戻っていた。しかもそのことはコアイトウに伝えてあったとも…。くはぁああああ、コアイトウ! コロス! チャチャッとDTP。福士くんにデータを渡し、一件落着。

■2000年8月17日:オマエモナー
 伊藤剛くんがカンヅメになりにくる。今月は1泊ですみそう。伊藤くんが来ると資料の山を倒壊させるのが困りもの。あと、時間が押してる時にいたずら描きすんのもやめれ! モナーのストリップショーとか描くんじゃねーよコラ! と、イラついてると、伊藤くんは竹熊博士に用事で電話して、案の定つかまってしまい、約1時間にわたって電話。永山薫の背中がフルフルと怒りで震え、電話切ったとたん爆発。とてもここでは再現できない罵倒が炸裂。深夜廻ってようやくインタビューまとめが上がる。「上がったからいいじゃないすか」とうそぶく伊藤に蹴りを入れて帰宅する俺。

■2000年8月16日:ああメイドさん
 メイドさん特集執筆。何故クラースなき日本でメイドさんが流行るのか? なんてことはさておき、この妙なブーム、今がピークだろうな。

■2000年8月15日:俺は自他ともに認める業界一匹狼だそうだ
 福士くんが原稿取りに来訪。残りはレビュー8本と4C8ページ。メイドさん特集の資料出し、レイアウト作業。
 バトルウォッチャーの伊藤本の俺に関する記述を読んで激怒。哭きの竜よ、憶測と不確かな情報を元にものを書くのはいかに危険なことであるのか解ってやっているのか? 何故、裏を取ってから書かないのだ? 以前、君に渡した名刺を見れば俺の連絡先は判るはずだ。素人のイエロージャーナリズムごっこだということはわかっているが、やったことはやったことだ。哭きの竜よ、どう責任を取るつもりだ。

■2000年8月14日:タラタラ
 仕事をタラタラと再開。買い込んだ同人誌を読む元気とてなし。ティーアイネットの高橋くんに電話。久々だったので長電話となる。

■2000年8月13日:夏も終わりぬ
 6時起き。コンビニで朝飯やら、差し入れやら買い込んでいると雨が降ってきたので折り畳み傘を買う。いったん事務所に戻ってポーターの3ウェイバッグに差し入れ、名刺、タバコ、ライター、車内読書用の銀英伝、ティッシュ、タオル、鎮痛剤、ボールペン、サークル配置図などを詰め込み7時に出発。駒込→飯田橋→新木場→見本市会場で約1時間。新木場まで車内読書のつもりが疲れが出てウトウト。居眠りすると早くつくなあ。
 例によってのダラダラ行列で会場入りは8時半。まずは東1の魔北葵さんのところに行くが、本人は挨拶廻り。青山くんにお土産を渡し、雑談。続いて壁際の森見明日さんのところへ行って、次回のインタビューよろしくと挨拶、次には知り合いが固まっている東3方向へと廻る。船堀斉晃さんに挨拶しているとぐれいすさんがやってくる。二人で吉井夏彦さんのところに行って、ぐれいすさんに吉井さんを紹介。その隣の隣のすえひろがりさんのところに天竺浪人さんと櫻田女王がいたので挨拶。トイメンのトウタさんのとこにも顔を出し、ぐれいすさんに紺条夏生さんを紹介してもらう。「ジャンキーズの表紙お願いしますよ」と振るとぐれいすさんが「俺も描くよ」と云ってくれたのでラッキー。さらにそのトイメンの山文京伝さんのところにもお邪魔して挨拶。ここで、ぐれいすさんと別れて、浦島礼仁&結城らんなさんのところに行き、遅まきながらおめでとうを云って雑談。浦島さんには「単行本早く仕上げてよ」とツッコミ、足立真一さんのところへ行って「もっと商業でも描いてよ」と突っ込む。ウロウロしながら東1方向に戻り、玉置勉強さんに挨拶&雑談。そうこうしているうちに開場となる。雨のせいか、いつもの怒濤のように押し寄せるという感じが薄い。新貝田鉄也郎さんに挨拶して、振り出しに戻ると魔北葵さんが戻っていたので雑談。するとぽーじゅさんがやってきたので「表紙描いてよ」とねだる俺。後は行ったり来たりしつつ、道満晴明さんの新刊を買ったりする。去年みたいにアガるとやだし列が混んでいたので挨拶抜き(メンは割れてないと思う)。だいたい見終わったので東4に向かおうとしていると西形公一さん夫婦とバッタリ。口早に自ポルノ法や著作権について意見を交わす。東4に入る頃にはさすがに混雑もピーク。苦労して岡本富士男さんのところへ行き、続いてしのざき嶺さんのところへ行く。しのざきさんは不在。隣のまいなぁぼぉいさんに挨拶。数年ぶりである。で、初対面の海野やよいさんにご挨拶。トイメンのちばぢろうさんにも挨拶。ファンなのでちょっとアガる。ダーティ松本先生のところにも行ってみるがダーティ先生がいないのでそっと立ち去る。小林少年さんのところで挨拶&雑談。商業の新刊『快楽依存症』(松文館)がメッチャ良かったのでその話など。あるごー読書会へ行くが柏崎玲央奈さんとは会えず。『SFの変容』や著作権のニューズレターを購入。で、最後の大物、人間ゾンビにお邪魔して、トイレ当番。
体力が尽きたので昼過ぎに帰宅。

■2000年8月12日:連日散財
『東京H』用の資料が全然足らないことに気付き、池袋とらに買い出し。仕事以外でCHOCOの初単行本や、東・京都主宰の人妻オムツ同人誌『DIAPERS LAND』や、今市子の『文鳥樣とわたし』やらなんやドカドカと買い込む。これでは明日の予算が…。
 明日にそなえて早寝するつもりが、結局いつものパターンでギリギリまで夜更かし仕事。

■2000年8月11日:今更綾波
 全然調子が出ないので、憂さ晴らしにアキバへ。ネタに使うアプリと息子用のエデユティメントソフトを買うという名目があったんだけど、ラジオ会館の前を通ったのが運のつき。「どれ、オタクビルの実態を調査するか」なんちって、気がついたら海洋堂で、アヤナミのフィギュアを買い、Kブックスで古同人誌を買い…。
 事務所に戻ると伊藤くんから留守電。電話してみると完全にパンク状態。もう、なんかヘロヘロです。缶詰めするだけ無駄と見切り、彼のオーバーフロー分を残りの三人で割り振ることにする。
 BK-1の画集部門の書評本を藤津亮太くんが持って来てくれる。実はご近所なんですな。自転車なら15分くらいの距離。BK-1やらオタクがらみの話をあれこれ。藤津くんもフリーになってから多忙のようでめでたい。
 仕事はかどらず。
 コミケはアサイチで入って、挨拶だけして帰ることになりそう。今年はじっくり廻るつもりだったのだが、無理なようである。

■2000年8月10日:みんな夏休み
 アサイチにジャンキーズの第一次〆切を設定してあったのだが、誰も1本も原稿入れてません。伊藤くんは帰省して死んでるし、DATゾイドに電話しても捕まらないし、頼みの綱のしばたくんも「3本くらいならなんとか午前中に」という事態。俺も3本しか書いてないよ。
 福士くんから催促電話。早くも声が暗いぞ。

■2000年8月9日:首の絞め合い
 朝、竹熊博士から電話。雑談。全然仕事がはかどりません。ライターってこうやって首を絞め合っているのである。まあ、これも人生。

■2000年8月8日:脚が短い
 何もしない。帰省中の伊藤剛くんから業務連絡。いやまあ、彼も死にかけてますね。とにかく今抱えている仕事をサッサと片づけて、ジャンキーズに入って欲しいのだが、テキが実家では蹴りも届かない。
 電話を切ったと同時に竹熊博士から電話。池袋で打ち合わせがあるので寄るよとのこと。30分後到着した博士と雑談。ゼロコンで柏崎さんからもらったポケモン同人誌事件をめぐる考察集『著作権問題の見方が変わる本』(あるごー読書会)を見せる。秋にはコミケの著作権シンポの2回目があるはずだし、そっちも考えねば。全然勉強しとらんもんなワシ。博士にも「児ポルノ法」の話をする。何も具体的に考えているわけではないが、会う人ごとに話だけでもしとくわけだ。

■2000年8月7日:貧乏性
 昨日の今日であるからして、ヘトヘト。疲れ過ぎて早く目が覚め、タラタラと時間を過ごす。さすがに何もしない。休まないと死ぬもん。しかし貧乏性の哀しさよ、つい事務所の掃除などをしてしまう。

■2000年8月6日:ゼロコン
 レジュメのプリントアウトや資料のコピーに時間がかかり、事務所を出たのは昼前。まあ、荷物も多いし、乗り換えんのめんどうだし京浜東北でタラタラ行けばいいや。でも結局、乗ったのが蒲田行き。おかげで蒲田駅の案内放送は蒲田行進曲だということを知りました。で、桜木町から動く歩道に乗って、タラタラと進み、「あー日本丸だ、乗りてぇなあ。海王丸とどこが違うのかなあ」とか思いながら会場入り。
 タラタラと集合場所の「日本SF論争史」に向かう。定刻に入ったのだが、時間が押してて、まだディスカッションが続いている。小谷真理さん、巽孝之さんに目礼して、そのまま10分ほどぼーっと見ている。
 終了後、進行役の柏崎玲央奈さん、徳間の大野修一さん、野阿梓さん、ひかわ玲子さんに挨拶して、ランチ&打ち合わせ。持参の資料を見せ合ったりしているうちにたちまち時間となり、「やおいパネルディスカッション」の部屋へと移動。
 どうせそんなに人は来ないだろうと高をくくっていたのだが、満席で立ち見まで出ている。米沢嘉博さんが夫婦で来てたのには焦りましたぜ。これでは漫画や同人誌に関してイーカゲンなことは云えません。で、まあ、よくある話なのだが、30分3本勝負で90分というのが最初から無理。自己紹介で20分くらい使っちゃうからね。パネルの内容はいずれどこかで公開される予定なので、詳細はパス。時間押しちゃって、ショタ談義は超圧縮。俺もパネラー用以外のレジュメを10部くらいしか作ってこなかったのは失敗。終了後、イマージュクラブの茅島悦子さんも加わって、お茶しながらしゃべりまくる。やおい&ショタを考える上での重要な指摘があってかなりの収穫。吉屋信子まで遡ったわけなのだが、唐沢俊一氏の『美少女の逆襲』も話題に。一度目を通しておかぬばなるまい。評価は評価、ケンカはケンカである。全否定しているわけではない。さらに延々話し込んでいると「いやなところの横になったなあ」とイケズをいいながら米沢&コミケ軍団が隣席に。当然ながら、米沢さんにも話を振り、牛島えっさいさんと名刺交換。別れ際に「児ポルノ法改正が近づいてるんで、こっちも準備していかないとマズイっすよ」とお願いモード。コミケ事務局は事務局で何か考えておられると思うのだが、ネットワーク作っていかんとなあ。
 結局、7時頃に辞去し、妻を携帯で呼び出して晩飯。久しぶりにビールを飮み、いい気持ちになっちゃう。

■2000年8月6日:生涯一凡夫
 鬱のピークは昨日。以前は暇な時に鬱が出たのだが、ここ最近は忙しい時期に鬱が出る。安心立命の境地には程遠い。不惑に至っても凡夫である。生涯一凡夫でも、まあええやないか。
 ゼロコンのレジュメを作る。恐らく、観客はエロ漫画などというものはほとんど見たこともないやおいのお姉さん層であろうと推測し、70年代からのエロ漫画史を圧縮して、俺が担当する「男性向けショタ」に繋げて行く。これはいずれ手を入れてバビロンにアップする予定だ。400字詰め30枚弱をほぼ一気に書き上げてやれやれ。個々の作家に触れられなかったのが残念だが、そのあたりはWEB上で補遺し、されに図版を入れた個人誌でも作るかと考える。お金にならない仕事ってどうしてこう楽しいのだろうか?
 パネルの課題図書である榊原史保美の『やおい幻論』(夏目書房)を読了。これが極めてイタイ本で、どのようにイタイのかというと文中の「やおい」を「エロ漫画」や「オタク」に読み替えてもまんま違和感なく読めるという意味で、身につまされるというか、思い当たりすぎるということだ。ただ、後半のFTMゲイ(フィメール・トゥ・メール・トランスジェンダーでしかもゲイ)という自己分析をやおい全体に敷衍しようとするあたりが強引。そこまで自分の中に降りて行く行為は凄絶で賞賛すべきなのだが、FTMゲイ自体はどう転んで極マイノリティだろう。ただ、やおいの女の子たちの中の多形倒錯の中に薄められた形でその傾向があるとは指摘できるのではないか? 身体が女性のFTM型性同一性障害でなおかつ性愛のパートナーとして男性を求めるというFTMゲイもありだろうし、FTMゲイ+トランスヴェスタイトもありうるだろう。女の体で女の服装で恋人は男。どこから見てもストレートな女性なんだけど、心は男。実際にいると思うが、外からは絶対に判別できない。
 続けて中島梓『タナトスの子供たち』(筑摩書房)も読み始めるが、こちらは時間的に全部は読み切れない。元テキストがネット文だったらしく、ノリノリの中島節炸裂。これについてはいずれということで。

■2000年8月4日:鬱
鬱が悪化。日記における「さん」と「くん」をどう使い分けるか? などというごく卑近なレベルから悩んだり、他人の一言一言に過敏に反応し、劣等感と不遇感とルサンチマチンが噴出したり…。自分でもヤバイと判っている。体力低下と仕事上のプレッシャーが重なってるのが大きいってのも判っている。判っててもどうしようもないのが辛い。伊藤剛くんから電話。のっけからきついツッコミをかまされて泣きそうになる。「オマエは悪魔か!?」と罵り、グチを聞かせてやる。伊藤くん自身、心身ともにキツイ時期なのは判っているが、俺にも余裕がない。けど、ちょっとイイ話を教えてくれたので、それがカンフルになる。

■2000年8月3日:日テレは数字の根拠を示すことができるのか?
 体力がとうとう尽きる。でも仕事はやるんだよ。写真を現像に出したり、書店をハシゴしたりした後、事務所に戻る。今日は土下座して新聞勧誘する奴とか、捨てぜりふを吐いて立ち去るリサーチャーとかイヤな現場に次々ぶつかり、気分はサイテー。体力落ちて、鬱入りかけてるところにダメ押された感じ。
 夕方、魔北葵さんから電話。児童ポルノ法案について話す。日テレで「世界に流通する児童ポルノの8割は日本発」とか、かなり根拠の怪しい説が流されていたそうだ。どういう基準でそんな数字が出てくるのか、ちゃんと示してくれよ。これも鬱のタネだな。
 深夜までかかって約300枚の図版をコピーし、ライター各氏に振り分ける。ゼロコンが終わったら、一日でも休もう。千葉すず問題も他人ごとながら鬱。古橋さんに忠告する人はいなかったのか? かつてのヒーローが晩節を汚しているように見えて切ない。

■2000年8月2日:琴義弓介インタビュー
 予想通り、朝から偏頭痛。鎮痛剤を服用。下痢と嘔吐感に襲われる。さらに鎮痛剤を飮み、トイレに駆け込みしているうちになんとかなってくる。精神的なものではなくあくまでも体力低下にともなう症状なので、かえって気は楽。
 午後、まんがの森に寄ってコミケカタログなどを買って、コアマガジンに到着。すでに伊藤さんは来ているが、昨夜は結局、朝までやってたらしい。伊藤さんも万全とは云えない。しかし、体調がちょっと悪いくらいが脳にはいいのか、琴義弓介さんインタビュー自体は快調。体力ダメ分は担当の福士くんにはパシリしてもらって助かった。感謝。例によってインタビューは漫画ホットミルク10月号(9/3発売)をお楽しみにということだが、気さくにかなりのことまで話していただけたので、後は構成次第。今回のインタビューが決まるまで、初期の仕事しか見てなかった俺は琴義弓介さんを「絵が上手いだけの人」と誤解していたのだが、「セイバーマリオネットJ」「ワダツミ」(共に角川書店)を読んで、目からウロコ。別件が入っている伊藤くんが引き上げた後、しょーじ編集長、コアイトウ前編集長と4人で晩御飯を食べに行き、そこで、またまた漫画談義&モータースポーツ談義で熱く盛り上がる。

■2000年8月1日:戦闘美少女VS.ひきこもり
 インターネット仕事をアップし、夕方からロフト+1へ。斎藤環さんに挨拶して、バーでトグロを巻く俺。ぐれいすさん、山本夜羽(玄田生)さん、竹熊さんと続々到着し、挨拶しては雑談。山登敬之さん、田辺裕さん、大塚玲子さん、滝澤麻衣さん、小川Bさんと名刺交換してご挨拶。その後も相原コージさん、伊藤剛さんをはじめ続々と人が増える。小谷真理さんにも挨拶しておかねばと探していると、逆に小谷真理さんに捕捉され「やおいのパネル大丈夫ですか?」と念を押される。超修羅場時点で野阿梓さんから「メールが不着になるんですが」ってファックスもらってそのままにしてあったんだよなあ。野阿さん、ごめんなさいね。
 第一部は「戦闘美少女」。最初から上がってくれと云われたんだけど、東浩紀さんが来た時点で上がるということでご辞退。ほんとはオシッコ行きたかったんだよね。トイレに行くついでに写真を撮る。パノラマモードも試してみる。
 バーに戻って、漫画家二人と雑談。ぐれいすさんは仕事明けで死にかけている。それにしても夜羽はまんまるになって来た。壇上は盛り上がっていますね。例によって竹熊博士が語ってます。持ち時間30分では彼にとってはサワリなんだよなあ。
 第一部後半で、お声がかかったので、壇上に上がり「リボンの騎士で抜いた男、永山です」と一発かまして、トークにからむ。適度に博士に突っ込んだりしつつ、ファリックガールに対抗してスリットボーイズとか、全然まだ考えがまとまっておらぬことまでしゃべってしまう。
 さらに東浩紀さんが登壇し、斎藤さんの秘密兵器、本のネタにもなった現役のオタクとコスプレイヤー精神科医が投入されたもんだから、大盛り上がり。シシィ系のコスプレには弱い俺はすごく困る。別に勃起はしませんが、フェチ魂のツボをツツキ倒されるとゆーかね。で、戦闘美少女は日本特有の現象か? とか、斎藤さん自身、オタクではないのか? とか様々な質問や意見が飛び交って、楽し楽し。
 一部が終わってバーコーナーに引き上げようとすると、以前一回お会いしたことのあるスレンダーな美人(伊藤さんの知り合い)が来てたのでご挨拶。で、彼女もバーコーナーにご一緒したんだけど、彼女を紹介されたぐれいすと夜羽が一気にオヤジ化。久々に会った竹熊夫人ともご挨拶。
 モニターで第二部を眺めつつ雑談。もうここ数日の疲れが出て、死にかけてんだけど、なかなか帰る気になれないのが困る。けど、明日は明日で午後一時からインタビューしなきゃならないので第二部終了後、ロクにお話しできなかった小谷さん、東さんに一言挨拶して引き上げる。小谷さんには巽孝之さんを紹介していただき(実は以前から巽さんの著書を愛読してたんで、嬉しかった)、東さんには「永山さん、バカなこと云ってますねー。もーホント、バカ」と絶賛(と思いたい)されつつ、後ろ髪を惹かれながらご帰館。偏頭痛信号がペカペカしててとてもヤバイ感じ。

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