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・「プレハブラプソディ」全1巻 矢野健太郎(1986、ラポート)




・「プレハブラプソディ」全1巻 矢野健太郎(1986、ラポート)

ラプソディ

A5判。「アニメック」や「ビッグコミックスピリッツ増刊」などに掲載された読みきりを集めた短編集。

表題作「プレハブラプソディ」(85年)は、アニメック連載。
小牧編集長の原案だそう。新校舎建築工事の事故で、クレーン社により部室を破壊されてしまった新聞部、アニ研、SF研、マン研。業者と交渉してプレハブを借りることになるが、仕切りのないプレハブ空間でいろいろなクラブが雑居せざるを得なくなり、おのおのの微妙なポリシーやメンタリティの違いでモメはじめる。
だが生徒会の再三にわたる嫌がらせに結束が強まっていき、文化祭へ向けてマイナー系クラブが大同団結を果たしていく……。

生粋の文化系人間である私としては、文化祭にはたいそうあこがれたもんだったが、いざやってみると意見はまとまらないわ、仲違いはあるわ、できたもんはショボいわで悲しい思いをしました。だからこそ逆に、文化祭が舞台になる物語にはむやみにファンタジーを感じてしまう。

また本作を読むと、「オタク第一世代」ってことについても、つい思いをはせる。同作の作者とアニメックの編集長はまさにその世代だと思うけれど、現在の「オタク的」と言われるモノたち(同人誌即売会やアニパロ本やファンジンのフォーマット、情報収集・整理方法の研鑽、コスプレや怪獣映画自主制作、作品内に同世代体験として周知のアニメやマンガ作品からの引用を取り入れるなど)はおそらくほとんどが「オタク第一世代」が形成してきたものであり、私が80年代の評論などで読んできた「オタクのオリジナリティのなさ」といった批判がいかにウソだったかは今にして痛烈にして思うのだった。
もっとも、私の世代(7、8歳下)はそのおにーさんおねーさんの耕した土地に苦もなくのっかってきた感はあり、第一世代とその追随者ってのは根本的に違うのではないかと思ってしまう。
もちろん、スタイルが固定化しているように思えていても、何年も経つ間にはなんらかの改革者が存在しただろうし、意識も変わっているだろう。今後書き留められるべきは、そんな変化なのではないかとときおり思う。微分的な差違にとらわれる危険をおかしながらも。
本作も、そんな歴史? について思いをはせながら読むと感慨もひとしおではないかと思う。

さて、そういうようなわけで(?)、実体験に基づいたマイナー文系クラブ軍団の奔走はたいへんに面白い。「ああ、こういうことありそうだよなあ」と思うところもあり(マイナー文化部が「飯場グループ」と呼ばれているのはリアリティあり)、「こんな飛躍ができたら楽しいな」と思うところもあり(クライマックスの文化祭ね)。48ページという短いページ数に、うまく情報が詰まっている(初読後、もっとあると思ってた……)。
月刊誌(たぶん)のため長期化できなかったのだと思うが(連載は全3回)、もっとやってもよかったと思う。
……というか映画化してほしいなぁ。バンドの青春映画って多いんだから、こういうのがあってもいいと思うんだけど。

・「ことぶきC子で〜す」
「プロジェクトA子」のアニパロ。いや〜元ネタがほとんどわからないんですよね……。すいません。

・「NEVER! NEVER FORGET MY LOVE」(85年)
ビッグコミックスピリッツの「食べる」という特集号に掲載されたそうである。
好きな女の子を美味しいお店に連れ回す男の子、というラブコメっぽい話だが、後半になって急速にすっとんだ展開になっている。矢野健太郎って、お話のまとまりがものすごくよい作品が多いのであまり気づかれないのかもしれないけれど、展開が途中からぜんぜん違う方向に行く場合も多い。本作は読みきりだけにそのインパクトが強い。もっともその「違う方向に行く」行き方も、「おいおいそうなっちゃうの!?」とツッコミも入れられぬままに進んでいく。いい意味でいびつさがない。そうしたコトに過剰に「ヘンさ」を見いだしたり、逆にまじめなツッコミを入れるのはヤボというものだろう。

・「私の中で……」(85年)
「絵を完成させられずに死んだ」少年の霊を、自分に乗り移らせて絵の完成を手伝う少女。いよいよ絵が完成したとき、真の恐怖が……。
ホラーもの。ときどきホラーマンガ雑誌を読むと、あまりに単純な因果モノ(「笑うせぇるすまん」みたいな感じでプロットが超単純なやつ)の連続に面食らうことがあるが、本作は因果の報いを受けるのがだれなのかが伏せられることによってミステリー的な面白さを出している(あんまり書くとネタバレになっちゃうのでここでヤメ)。

・「メグミ▼いっちゃう」(85年)
▼はハートマークの代用。AVに出演する女の子とカメラマン助手のバイト少年が実はかつて好き同士で……という短編。少年が男優の代役を勤めるハメになる。やはり作者のHがらみのラブコメ、は本当に面白い。基本ですネ。

・「強化戦士アームピット」(81年)
ヤングジャンプ掲載。作者のデビュー作。
マッドサイエンティストの息子が、強化服を着せられてスーパーヒーローに変身するというヒーローものパロディ。当時流行っていたSFアニメのパターンをパロった作品で、まんま聖悠紀調の絵柄が出てきたり、後半のハチャメチャさ具合も現在のメジャー誌全般とはだいぶかけ離れていて、なんか今こういうのを持ち込みにいったら編集さんから怒られそうでヒヤヒヤする……(笑)。が、やっぱり面白いからイイのだ。問題はこの当時からこうしたパターンのエピゴーネン(パロディのエピゴーネンというのもヘンだが)がプロ・アマ問わず膨大に生産されたということなのであって。ものづくりってのは本当に大変だと思う。

読んでもうひとつ感じるのは、「SFヒーローもののパロディ」というくくりでも、 オリジナルキャラをそのまま出してしまうとかなんとかはおいておいて、なんだかんだいって現在の(他のクリエイターの)パロディ作品も基本的にスタイルは変わっていないということである。
まったくの予想で書くと、同人誌的パロディとそれ以前の(たとえるなら赤塚不二夫などの)パロディの最大の違いはディティールに凝るかどうかであって、それ以外の骨子はそれほど変わってはいないのだ(でも江戸文学などを調べていくと、おそらく同人誌ライクな作品が出てきそうでコワイのだが。過去にはたいていのものがある)。

ちなみに本作は聖悠紀の「スペースマンA」(のちの「ファルコン50」の原形)からインスパイアされた作品だそうだが、「スペースマンA」、なぜか私も友達の家で読んで強烈なインパクトを受けた……あのゴーグルがカッコいいんだよな〜。

・「お気に入りのページ」(83年)
アニメック掲載。お気に入りのアニメやなんかをイラストエッセイ風に描いたモノ。
最近アニメ雑誌をまったく読んでいないが、今でもこういうのはあるのだろうか? 
そしてこのテのものの元祖とは何なのだろう?
ぜんぜん関係ないが、ずっと前「宇宙船」の似たような企画で、島本和彦が「掲載誌の性格上絶対読者のひんしゅくを買うだろうがあえて描く!」と言って「ピンキーパンチ大逆転」(松本伊代と柏原芳恵がやってたスタジオ撮りスーパーヒロインドラマ)を描いていたのにはスゴイと思った。さらに関係ないが島本氏はラジオの1コーナーの「伊代ちゃんを讃える言葉を集めて贈るからその言葉を募集する」というヤツに、毎週はがきを書いて読まれていた(むろんただのリスナーとしてはがきを出していた)。「炎転」当時かその直後の話だ。天才のやることは違う。

話を戻して、「プレハブラプソディ」「雛子バリエーション!」(学研)の第4巻に読みきりとして収録されている。見つけたら必読だと、私は個人的に思ってる。(00.0815、02.0825)

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