三島芳治



 なにか別のものと比べてより優っているというのは素晴らしいことだ。
 しかし、比べることができないような独自性があるということは、もっと大切なことだ。三島芳治の作品群を読む度に強くそう思う。
 引用した画像を見てもらえれば容易に察せられるだろうが、三島芳治の画は普通のマンガ雑誌に載る作品や、それに次ぐものとしてのセミプロ的な同人誌のそれとは全く趣を異にする。
 そして、その画を使ってつづられる物語はさらにユニークだ。
 コミティア、コミケなどの同人誌即売会でしか入手できない。しかも刷り部数の少ないコピー誌で発表されることがほとんどなので、読むべき人の多くが、いまだその魅力に接することができていない。非常に残念なことだ。


記録係の最期
つゆくさ(一)掲載
1999/12/25発行

 その学校には「記録係」という係があり、クラスで起こったさまざまな出来事をノートに記すことがそのつとめだった。記録係をつとめていた少女・ひきちは、たいへん熱心に係をつとめ、ついに任期を終えることになった。
 次の記録係になる赤川にノートを引き継いだひきちだったが、彼女の中には記録への執着が残っていた。ノートに「とくになし」などと書いている赤川を知るにつけ、ひきちの衝動は高まっていく。「私がつづけないと」「私が完成させないと」。
 思い詰めたひきちはついに赤川の持っていたノートを盗むという暴挙に出る。彼女がそうまでしてつける記録とは……。
 「記録」という行為の呪わしさを感じずにはおれない傑作。
※掲載誌・つゆくさ一号はオフセット印刷版となって再版された(2001/2/11)。
 その際「記録係の最期」にも部分的に加筆訂正がなされている。
 ひきちが自分の記録したノートの内容を発表するクライマックスの場面がよりドラマチックになっている。

ナサの人
つゆくさ掲載
2000/02/12発行
 山田さんの語る小学校三年生の頃の思い出。
 町に突然あらわれた巨大な影。特に害をもたらすわけではないものの、見るものに不安を催させるそのひとかげのような何か。
 影の上空にはロケット。ニュースではナサのロケットが町の方にやってきたと報じていた。そして数日前からみかけるようになっていたお姉さん。
 「お姉さんナサの人?」と訊ねると彼女は「そうよ」と答え、山田に不思議な質問をした。巨大な影とのある日々はしばらく続いたが、影はやがて正体不明のまま消え、お姉さんも去っていった。
 子供時代特有の夢と現実がまじりあったような記憶を坦々と描いた作品。

みはる通信
つゆくさ三号掲載
2000/08/13発行
 図書館で一人文章をしたためる少女・井上。彼女は自分の書いた文章にどう向き合っていいのかわからなかった。ノートに書きつけた文章を前に自問する。
「恋の告白?」
「だがだれに?」
 井上は文章書いた紙片を図書館に置き忘れた。気付いて取りに戻ったときには、もう持ち去られた後だった。
 そして、手紙が届く。差出人は「みはる通信」。
 井上の書いた文章に興味があるので会いたいという。そして「みはる通信」の会員が次々と現れ、「みはる通信」へと誘う。
 言葉に関するサークル「みはる通信」は、言葉を解体・再構成し、より大きな話を作る団体であると説明される。
 井上はあの文章は恋の告白の手紙であり、必要なので返して欲しいと主張するが、会員9号によって「それは手紙じゃあないよ/それは通信の形をとって構成された独りごとだ」と看破される。その上で、「だれかへのことばじゃない」言葉を書いてもいいのだ、だからみはる通信に入れと誘われるのだった。
 言葉を書き記すことの意味を問い、書き記された言葉がまた別の物語を産んでいくことを示すなかなかに哲学的な作品。
 「みはる通信」会員との対決が徐序に井上の行動の本質に迫っていく演出も盛り上がる。
 また、”(学校音)”、”(衛星のイメージ)”などと状況を絵で説明しようという努力を放棄したソリッドな表現も「言葉」を主題に据えた作品だけに、ばっちりハマっている。

「みはる通信」より

原子爆弾ノート
つゆくさ(4)掲載
2001/09/02発行
 原子爆弾を積んだ船が港にやってきた。
 個科さんは、山の上から爆弾の様子を見ていた。丸くて巨大な原子爆弾。クラスメートや学校や地域社会が拒否反応を示す中、動きもしないそれを彼女はひたすら見ていた。
 本物をじっと眺めていても、彼女にはそれがどんなものなのか想像できなかった。
 原爆に関するビデオを見たり社会科の教科書を読んだりして初めて、彼女はそれを少し理解する。もっとも、理解したからといってただちにその存在に否を唱えたりはしない。
 原子爆弾という強烈な意味を持つ存在は、いわば狂言廻し的に扱われている。
 自分の中で言葉と意味がばらばらに存在している少女・個科さんを設定して、「言葉が意味と結びつく瞬間」を描き出した稀有な作品といえるだろう。
 事物が存在し、名前があり(すなわち言葉で表現され)、それが意味と結びついている。言葉は何かを意味している。当たり前といえば当たり前のことではあるが、意味深い。
 一頁ごとに付されたサブタイトル、例えば「金魚席」「丸いもの」「このせかいのすごいもの」などの抜群なセンスにも注目したい。たしかにその頁に描かれている内容を伝えてはいるのだが、調子っぱずれなその抽象ぶりが、テーマと絶妙に絡みあっている。

「原子爆弾ノート」より

記録のホノーリア
2001/11/18発行
 「ホノーリア」はテレビ番組の名前。
 テレビ番組の中の登場人物が、テレビの外のことを考えているかどうかについての会話。そして、我々がテレビを観るように我々を観る「記録係」人工衛星への言及が行われている。

 作中にはいくつかの空白のコマがちりばめられている。
 登場人物の会話では、人工衛星の部品が故障していることが示唆されている。
 空白のコマはその故障によって人工衛星による観測が不可能となった瞬間であり、この作品全体がそもそも観測記録であるとの解釈は強引すぎるだろうか。
 我々だけが記録するのではない。我々の生活もまた、記録に還元される。記録係的世界観が提示された作品。

トビ
つゆくさ5号掲載
2002/02/17発行
 大人と子供の境界はどこにあるのか、ということを表現した掌編。

記録のホノーリア
つゆくさ6号掲載
2002/05/05発行
 個人名義で発行された同名作品から相当な増改訂が行われている、というよりほぼ新作。
 大筋の内容は変わっていないが、主人公の一日の生活の様子がより詳しく描かれている。最終頁が珍しく一頁一コマとなっており、いつものようなぶった切った感じがない。

パリの秘密の詩
つゆくさ7号掲載
2002/09/01発行

 主人公は「みはる通信」の主人公と同じ名前。彼女は自分と他の人との間に隔たりを感じ、孤立していた。
 そして相変わらず図書館や喫茶店で書き物をしている。気取られぬように注意しながら、人の発した言葉をノートに書き留め、ひっそりと読む。
 図書館で読んだ詩の本が彼女にちょっとばかりの勇気を与える。
 本には、パリで行われたある実験のこと書かれていた。それは、パリ市においてある期間に使われていた言葉を採集し、町の空中に含まれるある種の詩的構成を観測するという計画。
 井上は自分のやっていることもそれに類することだと考えた。
 人の言葉をノートに書きとめ、「詩にする」。言葉の機能や発せられた状況を捨象して我が物にする……。
 束の間、自分の存在意義を見いだした井上だったが、残酷で実際的な結末が待っているのだった。
 着想の奇抜さは類を見ない。ドラマの構成も申し分ない。

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