#22
00/09/01〜00/09/11

00/09/11(MON)


 よくわからないが、いっぱい読んでいっぱい書いた。


【単行本・漫画】 笙野頼子 「窯変小説集 時ノアゲアシ取リ」朝日新聞社 ハードカバー

笙野頼子 「窯変小説集 時ノアゲアシ取リ」 長編でも中編でも短編でもなく、窯変小説。

―――十五枚の短編さえ「無事」には終わらない。それは作品それ自体の窯変というより、環境の激変に翻弄されるのだ。時の気まぐれに支配される。安心しようとすると時がやっつけに来る。背中を蹴りあげあしを取り落とし穴を掘り、だからと言ってその事で私をあざ笑うわけではない。ただ淡々として「やってくれる」。

 「時ノアゲアシ取リ」「人形の正座」「一九九六、段差のある一日」「使い魔の日記」「壊れるところを見ていた」「夜のグローブ座」「魚の光」「蓮の下の亀」「全ての遠足」「一九九六・丙子、段差のある一年」の10本を収録。ここで重要なのは「一冊の本」1998年11月号に発表された「時のアゲアシ取リ」、そして書き下ろし作品である「一九九六・丙子、段差のある一年」の2作。

 「時のアゲアシ取リ」において、ブルーチーズの詰め合わせセットを買ってきて部屋でゆっくりと食べる「貧乏贅沢な時間」を過ごすのだ、と書く主人公は間違いなく作家である笙野頼子その人であり、ブルーチーズの素晴らしさについて書いた作品ではもちろんない。ブルーチーズは時の流れによって作者内に生じた心境の変化をわかりやすく読者に見せるための道具立ての1つなのだ。気付かない人は誰もいないと思うので書いてしまうが、時が気まぐれになにを「やってくれ」たのか。この本に収められたここの作品は何によって窯変されたのか。

 それは作者である笙野頼子の母親の死である。

 まんま自分の事を書いているだろう作品「人形の正座」(僕にはどうも私小説とエッセイの境界線がどこにあるのかがよくわからない)における親、親戚の描写。「金儲けは忙しいね」「あてにはできないものね」―――でも仕方ない。こんな時は……。作品発表時にはさっぱりだったであろう記述が結局なんだったのか、は「時のアゲアシ取リ」によって読者に明確に語られ、同時に親や親戚の何気ない記述が時の気まぐれによって再び作者である笙野自身をやっつけにいく。「一九九六、段差のある一日」において作者はなぜ急に実家のある伊勢へと帰ったのか。急激な舞台の変更の理由は語られないままに結局終わる。語ることが出来なかったのだ。幻想文学に分類されるだろう短編群、「使い魔の日記」「壊れるところを見ていた」「魚の光」「蓮の下の亀」は何に触発されて書かれたものなのか。作品の中においては明らかに異質、バンドたまのライブレポートである「夜のグローブ座」に唐突に登場する台詞「それが、感情系全部止まってしまって、普段より冷静なの。」は何なのか。「全ての遠足」で描かれる感情の回復と趣味の変化。もちろん発表時の段階でそれが何を意味しているのかは語られていない。語れない事情があったり、心情的な問題であろう。しかしそれらの作品群が母親の入院、そして死、葬儀、三回忌と流れていく時の流れに沿って並べられた時、ここの作品には新たなる意味が生じてくる。そう、この本は笙野頼子が母親の死を受け止め、自分の中でどのように昇華していったかを描いたものでもあるのである。

 幻想お母さんホラー「母の発達」において主人公(笙野本人の分身に非ず)が架空の母親を殺すシーンがある。その描写は何故か笙野頼子自身に跳ね返ってくる。「どんな不幸も飯のたね」「親不孝とは思わなかったか」「母を殺す話を書いたから母が死んだ」などなど。

 母の発病が判明するしたあたりで書かれた前半部分と三回忌を終えた後で書かれた後半部分で構成された書き下ろし作品「一九九六・丙子、段差のある一年」は完成に4年弱かかった文章であるが前半部分に登場した「母親」に関してのシュールな描写は、母の死を過ぎて3年かかってやっと後半に再登場する。つまりはそれくらいかかったのだ。

―――チーズのバター割り、納豆に生卵と同じ事か。「風に吹かれ」、私は再度冷蔵庫から出したバカチーズに日本の賢いバターをさーっと塗る。これを塗るところまで来るのに、何年、いや何行、掛かったのか。(「時ノアゲアシ取リ」)

【単行本・漫画】 牧野修 「病の世紀」 徳間書店 ハードカバー

牧野修 「病の世紀」  2本の足。パジャマを穿いたままで卓袱台の下にきれいに並んでいる。ただしそこから上は、無い。骨まで燃えてタール状に、まるで影のようになって残っているのだ。このどうにも理解の出来ない不可解な事件にアドバイスを求めるため、刑事である毛利は特殊機関である《IRNI》の下位組織、国立予防医学研究所所長である小淵沢を尋ねた。そこで彼が知らされたのは伝染性の病が原因でこの事件は発生した、という驚愕の事実であった。
 炎上疥癬菌と呼ばれる黴の一種、これが人体に寄生することで体内組織には硫化燐、そして硝酸エステルが蓄積されていく。これらはいわば燃料+発火剤であり、感染症が進行した人間はほんのちょっとの衝撃によって爆発的に発火する。あたかもマッチに火がつくが如く。しかし、感染力は微弱なはずのこの菌による症例が立て続けに発生したのは何故か。この事件を皮切りに、謎の伝染病を原因とした不可解で不気味な事件が続発する。事件の陰に潜む何者かの悪意に満ちた意思。いったい何が起こっているのか、誰が、何のために…。

 とまあ、牧野修らしさ全開の作品です。ファンの人なら感じわかるよね。作品構造としては前述の炎上疥癬菌、妄想や幻想、オカルト的盲信に思考が固定化されるリーライト・ユズナ症候群、味覚を変化させ、人間の精神に偏重を与える寄生虫症である突発性多舌歯症、人を残虐な犯罪者へと変貌させる伝染病、《山羊の仔》など、いかにも牧野テイストな「病」についてのエピソードがCASE1〜4で語られ、最終章であるCASE5においてそれらの伝染病が1つにつながり、その陰に潜む「悪意」の正体が見える、といった感じです。短編資質なこの作家さんらしい構成だと思います。

 この作品で描かれているのは「悪意」という名前の病について。ちょっと考えてみればわかると思うのですが、本来病気とは単なる人体器官におけるエラーみたいなものや、病原菌やウイルスの体内繁殖といった現象に過ぎず、「悪意」などといった曖昧な概念とは無縁のものであります。(ここでは精神の病については考慮しません)ではどのように病というものの中に「悪意」を混入するのか。それがこの作品における最大のアイデアなのだと思います。そのために牧野修は上で書いたようなさまざまの禍禍しき疫病を創造したのです。

 しかし、あまりに魅力的な病のディテールや、国立予防医学研究所の所員を物語の中心軸に据えてしまう事によってなされる各症例の科学的説明によって、見えないもの、未知の存在への恐怖のようなものは消失してしまっています。そういった意味においてホラー作品としてこの作品を読むのはお薦めできません。面白すぎな内容ですが怖くは無いです。どちらかというと拷問、殺戮、悪意など牧野修的要素が詰め込まれたSF作品として捉えるべきだと思います。本当にいろいろと過剰で楽しい作品。

 ラストは ずん ずん ずん のあたりをもっと劇的に書いて→あっさりと回想シーンで終わり、みたいなほうがドラマチックなんではないかなあ、という気もします。

【単行本・漫画】 青山広美「砂漠の勝負師 バード」 1巻 竹書房

青山広美「砂漠の勝負師 バード」 1巻 「ツモ」とは不要牌を山に戻す作業のこと / 「チー・ポン」は他人の捨て牌をかすめとる時の格好のカモフラージュ / 「カン」は王牌をすり替えるための充分条件 / 多牌は多いほど有利 / 裸単騎は最高の多面張 / 誤ポン、誤チーは戦略上の重要なオプション

 何十年にもわたって無敗のまま裏麻雀界に君臨しつづける怪物「蛇」。巨大ヤクザ組織、般若組の一人娘である沙良が蛇を倒す最強の刺客として選んだのはラスベガスを拠点として活躍する天才マジシャン、バード。「生きる伝説」イカサマ師と天才魔術師の巨額の利権を賭けての麻雀勝負が今始まる!

 近代麻雀コミックスから「九連宝燈殺人事件」「トーキョー・ゲーム」など、数々の名作を発表している青山広美の最新作。冒頭に書いた言葉はマジシャンであるバードがマージャンというゲームを説明する上で使ったフレーズ。これらのフレーズがこの作品の内容を全て言い表しているといえるでしょう。考えてみると麻雀漫画とは不思議なもの。信じられないような多額の金銭やそれに見合うような利権が動く勝負、対戦するのはどちらもヤクザ組織など、いわばダークサイドの住人であるシチュエーションは多いと思うのですが、勝負に臨む面々はルールにのっとったいわばクリーンな勝負に徹する場合が多いです。基本的に麻雀などという勝ち負けが不確定なものに頼る前にバードが言っていたように「不都合な存在ならば消してしまえばいい」。しかしそれがかなわないとしたら。その答え、麻雀というゲームのルールに抵触しない範囲内でいかに確実な勝利を手に入れるか、そのためには何をするか、がこの作品のテーマです。

 簡単に言えば、ゲームが開始された瞬間、他の3人が何かする前の段階で和了ってしまえばいいのです。それが「蛇」の持つガード不可能技「全自動卓一人天和」。物語はその奇跡の技がいかになされているのか、バードがいかにその技をやぶるのかという謎を中心にして動いていきます。麻雀をテーマにした作品ですが、その点においては上質なミステリ漫画の要素も含まれているといえるかもしれません。ここらへん、前述した「九連宝燈殺人事件」描いた青山広美だけはあるかも。福本伸行がやっていることと資質的には近いものがあると思うんですが、福本がいわば特殊ルールによるゲーム設定を得意としている作家とするならば、青山は既存のゲームルールを特殊なフィルタによって変換する作家といえるでしょう。麻雀というゲームルールのマジシャン的フィルタ変換がこの「バード」というわけ。その意味において甲斐谷忍「ONE OUTS」とは麻雀漫画と野球漫画というジャンルの違いこそあれ、実は同じ方法論で描かれている漫画といえるでしょう。

 もちろん麻雀の本質を描いている漫画ではありません。また、バードが正義、蛇が悪、といった単純な配役設定がされているような作品でもありません。バードも蛇も、その活躍する世界において最強であれ、異端者です。2人とも人知を超えた技術を得るために人として重要な何かを失った者であり、どちらもサイコです。しかしそんな2人、悪魔に魂を売った者どうしの戦いでしか見られないものがこの作品では描かれているのではないでしょうか。ビューティフル…です。

 そういえば1回天和和了ったことあるな。あれは吃驚した。


00/09/09(SAT)〜00/09/10(SUN)


 悪い事に関する予感だけは昔からばっちりと当たる。新幹線の車窓から見える風景に点在する情報の密度がゆるやかに落ちていくのと同時に、僕が普段から大事に思っている様々な出来事の重要度も同様に落ちていった。僕の頭はすかすかになった。街が町になって人がいる場所が家の建っている場所に変わった頃、僕は実家へと還ってきた。

 いろいろな事があって、いろいろな言葉が僕に投げかけられた。困った。「あんた、長男か。じゃこっちでやっとりなさるの。」「家の事なんだからもっと早く帰ってくる。」「ほんとに気が利かない。」などなど。こっちは何とか仕事を片付けて本当は土曜日も仕事あったの無理言って休暇とって帰ったのだが。長男だったら1週間ずっとこっちにいて朝は誰よりも早く事務所にいて色んな所に挨拶に行ったりしてやっと「普通」なのだろうか。正直言って自分はぜんぜんそんな事向いてない。やりたくない、やりたくないのだが。

 帰省の理由を書くのを忘れていた。父親の選挙だったのだ。しかも落選しよった。

 選挙事務所に出す顔も親戚内での顔も顔という顔がぜんぶ無くなってしまった。とくに選挙を妙に気張って仕切っていた叔母夫婦との関係は完全に断絶した。そして昨日の夜、落選が決定して急に弱気になった父親の口から「そろそろこちらに帰ってきて…」などという台詞を聞く。本当にブルーになる。どうにも微妙な人だ。「こんなにたまじゃなくて、もっとこっちに帰ってきて顔を見せて欲しい。」みたいな事を妙に同情を誘うような口調で言うわりには、実家の僕の部屋さっさと占領して趣味のビデオ機材だのなんだの置きまくった挙句、物置みたいにしてしまう。普段そこにベッド置いて寝てるのは単に階の違う自分の部屋に帰るのがめんどくさいからだ。おかげで僕は自分の家だというのに仏間に泊まる。いる場所が無いので居間にずっといざるを得無い。居心地悪いことこの上ない。「自分の人生なのだから好きなことをやりなさい」などと調子がいいときには言っていたものの、ちょっと本人弱気になると帰って来いなどと今ごろ無責任に言い始める。何か随分と理不尽な扱いを受けている気がするのだが周囲が「長男だったら…」みたいな事を平気で言い出す人間ばかりなので僕の意見には誰も同意しないだろう。疲労と困憊、無力感と罪悪感。あんまり腹が立ったので上で書いたような文句を全部言って、「ここの家で心が休まった記憶がまるで無い」などもっとキツいことも言った。その時は流石にショックを受けていたようだが次の日の朝には前日とまったく同じ事をしていたので「ああこの人は結局自分がしたいことをするだけな人のだなあ」と思った。昔あんなに嫌っていた今は亡き祖父のしていた事をまんま自分も繰り返しているのだ。30年単位の長期ループ。泣ける事にこの性格は僕にも共通している。遺伝なのか。そんな2人の意見は平行線を辿ったまま何も解決せず、事態は致命的な領域へとゆっくりと足を進めていく。どうしようもない。

 何かから追われるようにして実家を後にする。帰りの新幹線の中、すかすかで表面的な反応や愛想笑いしか出来なかった頭や心の中身がゆっくりと再びジャンクなモノで埋められていき、僕はいつもの日常へと帰ってきた。しかし澱のように沈殿した罪悪感はまだ心の中に残っていて消える事はたぶん無いだろう。爽やかな気分で実家から戻れたことなど今までも無かったのだ。しばらくは悪夢に追われる日々。ふと後ろを見る。実家のある方向から放物線を描いて石つぶてや腐ったトマトが飛んでくる。飛んできた。


 精神状態が悪いわけではぜんぜんないです。調子にのって書いただけ〜。

 小田中さんからご指摘の誤字、訂正しときました。×:有本美保→○:有元美保
 ちなみに
 ―――あの実写まんがに出てきた編集者(川嶋晃)はいまコミックドラゴンの編集長だったりします。
 だそうで、そこまではしらんかった。勉強になる。


【雑誌】 FEEL YOUNG 10月号 祥伝社

 イヤ系漫画がいい感じ。内田春菊「見せつけないでこれ以上」。自分のハンドルネームを騙る女の正体をあばくため、デートの待ち合わせ現場を見張るヨシミ。彼女の見つめる双眼鏡の中にいたのは…。なんだかもう、グニャグニャですね。自己願望、自意識、欲望が渦巻いてグルグル。ラストページ、よじれた糸のようなものの中に浮かぶ不気味な顔がやだやだ。フィルターをぜんぜん通さずに作品として出してる感じが強いんですが、そこが効果的なのかな〜。ちゃんと書いてるかというとそんな気もしないんですけど。こいずみまり「CUT×OUT」はセックスフレンドな男の子をぼんやりと殺しちゃおうかな〜って考えていろいろ死体の処分方法考えたりしながら結局やってる女の子のお話。多田由美「Tide」はもうちょっと何かあってもいいお話かも。有間しのぶ「モンキーパトロール」は単行本買いました。好調。あとは小野塚カホリ「ゆびのわものがたり」とか。

【雑誌】 ビッグコミックスピリッツ 9/25 No.41 小学館

 佐々木倫子「Heaven?」。今回はまるでダメな子下っ端川合くんのお話。でもいつもの如くひとりで勝手に苦労しょうのは伊賀君の役目なんでした。黒須オーナーが5回着替えてたり、謎の水棲生物ひらひら泳いでたり、光射す海、な背景だったりするのはあいかわらず独特。吉田戦車「学活!!つやつや担任」。三浦!相原コージ「相原コージのなにがオモロイの?GS」。今回はお子様向け。しかもリサーチ結果、バカ受け。コロコロで描くか。

【単行本・漫画】 有間しのぶ「モンキー・パトロール」 1巻 祥伝社

有間しのぶ「モンキー・パトロール」 1巻 なんつーのか、オヤジギャルのギャル抜き、つまりはオヤジ汁ドバドバ出てる感じの”おやっさん”女、野市巡(ヤイチ)、フェロモン全開ロリ系ギャルの清白すずな、貯金・節約大好き、でも男日照りな眼鏡姐さん、花枝香の3人が中心のふらふら・どたばた・ぐるぐる4コマ。しかしこの3人のキャラ良すぎ〜。ヤイチちゃん、オットコ前にも程があり。「だって ちんちん タチツテト」は無いだろう。幾つだ、40代か。こんな人生 ヌケガラだ!ひっさびさに出来た彼氏が6歳年下のプー。でも大ハマリ、もう何でもしちゃう〜な香さんとか。珍しくいっぱい描いてるから単行本刊行ペースも早そう。今のうちに読むべし。


00/09/08(FRI)


 というわけで、これ書いたら買い物とかちょっとして実家へと向かう。帰りたくないなあ。まったく、実家に帰るのがこれほどブルーなイベントになるなんて昔の自分には想像も出来なかった事だろう。でも前々からたしかに楽しくは無かった。それにしても眠い。帰りの電車の中で眠り込んだ挙句によくわからない駅の駅員にさんざん罵られ、いたぶられ、そして煮えたぎった猫のスープとかを無理矢理に飲まされたりするのだ。ああ。

【雑誌】ヤングアニマル 9/28 No.18 白泉社

 山口よしのぶの新連載「ダブル」はキス占いのお姉さんと元刑事の居酒屋マスター2人が主人公のお話。キスからスタートな物語だけどそれ以上の描写は無さそうな感じ。この人だし。しかし、サブタイトルの「天使×天使」って何かと思ってたらあら、そうでしたか。先が読めないなあ。柴田ヨクサル「エアマスター」。カイと金次郎、車道で戦いまくり。みんななんで止まらないのだ?しかし、カイはタフすぎるな〜。熊を倒したはずの金次郎の攻撃、くらいまくってるのだが。坂本ジュリエッタもついに参戦?二宮ひかる「ハネムーンサラダ」は「好かれたい とは 思ってない…かも…」という一花の台詞がこのヒトっぽいなあ、と思った次第。ところでアニマルとは関係ないが、北崎拓は「警視総監アサミ」、「女刑事ペルソナ」と100回読んで毎回ムリヤリにでもエロシーンに繋げる作劇術を勉強したほうが良いのではないか、という気がする。学ぶべき点は多い。特に前者。次号から田中ユタカ「愛人 AI-REN」第3部連載再開。

【単行本・漫画】 原作:来賀友志 劇画:嶺岸信明 「天牌」 4巻 日本文芸社

 漫画ゴラクで意外に大人気な麻雀漫画。近代麻雀とか専門誌以外のフィールドでの連載作品としては驚きなクオリティの高さが人気の要因か。あ、これは3巻のレビュでも書いたか。この巻では黒澤と隆との再会、和解、そして別れ、それぞれの理由から麻雀日本一を目指す瞬、よっちん、遼らの全国学生麻雀選手権全国大会準決勝までの闘牌の様子が描かれる。
 しかし原作者である来賀友志の持つ、麻雀というゲームに対するロマンチシズムの絶対量は只事ではない、と思う。感性だのひらめきだのツキだのオカルトコメントてんこもりな内容なんだけど、漫画原作として考えるとこっちのほうが燃えるなり。巷で評判の(概念として完全に確立している打法ではない気がするが)デジタル打法は物語の原作として使うにはきわめて難易度が高い気がする。片山まさゆきはそれでちょっと迷走しているようだ。ところで、黒沢が泣きながら新宿歌舞伎町路面のアスファルトにキスするところは来賀節全開だ!とかちょっと思った。あいかわらずなんだかよくわからないセンス。


00/09/07(THU)


 なんか久しぶりな感じ。トピックにも書いたんですが、今週末〜来週頭(というか明日、あさって)にかけてちょっと帰省するのでそのあいだページの更新できなそうです。いちおう実家にもネット環境あるんですがスケジュール的にバタバタな帰郷なんで時間的にちょっと無理かなあ…と。明日朝に今日の分の日記更新したら次の更新は月曜の夜か火曜の朝くらいです。よろしく。

 やっぱロゴ作り変えました。前のロゴ、わずか1日の命。蝉より短し。

【雑誌】 モーニング 9/21 No.41 講談社

 井上雄彦「バカボンド」連載再開。原作:田島隆 漫画:東風孝広「カバチタレ!」。ベ、ベタで塗られてる人がいるよ〜!もうガングロだの、コギャルだの、そういうレベルの問題ではない。高橋のぼる「リーマンギャンブラーマウス」。マウスが唯一敗北した相手、ロクが変わり果てた姿となってマウスの前に再び現われる。グルメ漫画だと思っていたのだが、なんだかギャンブル漫画みたいだ。ところで口の中に石ころ、口の中に電球、口の中に剃刀、など描写はたいへん僕にとって弱点だ。なんかこう、ダメ。痛い痛い。わたせせいぞう「ハナドキロード」。自分でお酒の名前を作れるバー、ああ、なんてポエミーな空間。でもやってることは笑点の大喜利レベルな気もする。「岩(ロック)の上にも3年ってこと。」(………死亡。)「だろ!? 違うかい!?」「花が見えたかい?」質問に質問で返してる守村大「花のうた」とタメ張ってるね!出戻り野中英次「しゃぼてん」の無駄なカラーは本人が塗ってるんだろうか?うえやまとち「クッキングパパ」の花田くんは怖すぎる、などなど。田中誠「ギャンブルレーサー特別編」は優坊、甲子園で男を見せる!みたいな話かと思ったらブス5万人漫画でした。すごい!ほとんどのページにブスって書いてある!最近わりにまっとうな競輪師弟漫画になっちゃっててご無沙汰だったあのテイストが戻ってきた感じでしょうか。昔「ドグサレフナムシ」ってフレーズ、この漫画で目にした時は「天才だ!」って思いました。オケラになった人間、けっこう首吊ってたしね〜。福島聡「DAY DREAM BELIEVER」は比留間君がちょっとだけ能力発動。しかし、登場人物みんな目が尋常じゃない漫画だな〜。カスミなんかずっとどっかイッてる。

【雑誌】 近代麻雀オリジナル 10月号 竹書房

 藤島康介が「宮村優子の麻雀極め道!!」ってコーナーにゲストとして登場。ついでに「麻雀戦隊Wヤクマン」って1P漫画描いてます。女神さま出せばいいのに。しかし、麻雀したこと無い人をなんでゲストに呼ぶかな。押川雲太郎「ダイナマイト ダンディ」。前回海に捨てられたはずの陽子ちゃんが純喫茶力こぶに常駐〜。おかしいな、ワニ蔵がムチャをやる物語のはずなんだけど…。まさにダイナマイトな展開ですがオチはドリフです。ダメだこりゃ。読みきり、中野きゆ美「ゆめの雀荘(みせ)」。自分が原因で失踪した麻雀打ちである父親が帰って来た時の場所を守るため、利権目当てのヤクザと対決する事になった女性オーナー、ゆめのお話。ところでちょっと前近代麻雀オリジナル増刊で連載されてた「Mジェネレーション」の最終話ってどこかに掲載されたんですか?休刊のどさくさでどうなったのか、ちょっと不明なんですが。有本美保「まきの麻雀クラブ」は女子高学園祭で最終回。いろいろ華やかでいい感じのラストでした。サクマ君、意地張って学祭来ないままで終わっちゃったのはいいんか、って感じだけど。1コマしか出てないぞ!ところで唯一誰も期待して無いだろうガングロギャルな里奈ちゃんはなかなかにいいキャラだったと思っていたのは僕だけだろうか。そういや、むかし有元美保って島本和彦「燃えよペン」実写パートに編集者役として出演していた。まだこの頃は竹書房の編集で漫画家じゃなかったんだっけ。たぶん今出てる文庫版とかには載ってない。以上、これから生きていく上で絶対何の役にも立たないだろう豆知識でした。ぽっくん。あ、松田大秀が「保健室の雀医さま」って読みきり描いてます。教育委員会の人と眼鏡な校医さんが麻雀してます。

 追加:9月25日売りの近代麻雀ゴールドで安達哲が原作に有元美保をつけて「ギャル雀!!(仮)」という新連載を始めるらしい。そしてオリジナル来月号から木村直巳の新連載「ムーンダスト」スタート。またドラッグとかそんなの。この人こんなのばっかしだ。封印された過去の記憶が出てくると完璧。しかし、「ダブルフェイス」の続巻は出ないのだろうか?さすがにあのぶっとんだ展開には誰もついて来れなかったからか?不安だ。できれば出して。


00/09/06(WED)


 いろいろやってたら文章まるで書けないままに時間が過ぎてしまった。こんな感じで今回のサイトデザイン変更は終了〜。じつはトップ真ん中ぐらいにあるぐるっと回ったメビウスひみつきちのロゴは3DCGで作ってあるのだ。が、とてもそうは見えないだろう。もうちょっと立体感がでたほうが良いかな…と思ってシーン作り直してたらLightwave3Dがいきなり飛んでしまった。仕方ない。このまま行こう。No data nowのところはCGとか文章関係以外のブツの収納場所として用意したんだけど何も準備できなかったので苦肉の策でそうなった。相変わらず泥縄いきあたりばったり的サイトデザイン更新。でもそんないい加減な作業が個人的にはとても楽しい。もっと上手くできたらさらに楽しいだろう。でも、読んでる人にとってはほとんど関係ないんで、ここらで文章書きモードにもどります。

 そういえば、今日でこのサイト開設してから半年経った。でも感覚的にはもっと長く続けてる感じだ。カウンタにしても平均して100ヒット/日くらいは回っている計算になるし、最近はだいたい170ヒットくらいある。ありがたいことです。ひょっとすると、一日に300ヒットくらいカウンタ回る規模のサイトにする、という当初の最終目的も達成できるかも知れないなあ。あ、なんで300ヒットかっていうと、1年通して約100,000ヒットの計算。


00/09/05(TUE)


 「何を見ても何かを思い出す」のはヘミングウェイで、「夜、布団に入ると今までの人生で自分がしてきた様々な事が頭に浮かんできてあまりの恥ずかしさにじたばたする」とか書いたのは遠藤周作だっただろうか。あまり自信がない。漫画にしても、小説にしても、その中のとあるシーンがきっかけとなって、自分が過去にしてきた恥ずかしい事の記憶がふいにフラッシュバックしてくることは良くある事だ。少なくとも僕には。そういう場合たいていは「ああっ」とか口走りながら身悶えしてしまうので困る。他の人間にはあまり見せられない光景である。見られたくもない。

 人間の脳には忘却するという機能がある。機能と書いたのは、人間の大脳はただ記憶として保存するためだけなら視覚情報全てを貯め込んでおくのに充分な容量を持っているはずだからである。忘却は脳のメカニズムの中の1つとして用意された機能なのだ。と適当に書いてみたが、どうもこのメカニズム、正しく働いている気がしないのは僕だけだろうか。どうにもやくたいのつかない恥ずかしい記憶、たとえば中学の時、クラスの女の子の前で自信満々に披露したギャグがどうしようもなく滑ったときの記憶、尾崎豊きどり、盗んだバイク(ホントはチャリ、方言だとケッタ)で走り出した記憶(でも犯罪)、いろいろ調子に乗っていたある日、ふいに足元をすくわれた記憶、記憶、記憶。どれも書いていて背筋がゾッとする思い出ばかり。こんな寒すぎエピソードばかりがふいに脳裏に蘇り、僕の気持ちを激しくダウナーにさせる。つまりは、遠藤周作先生には多大なシンパシーを感じる、ということだ。

 考えてみるに、こんな恥の記憶ばかりがリフレインしたところで、得るところはまるで無い。そんな記憶、単なる刺激物。百害あって一利なし、だ。たしかにある種の教訓になってる可能性は多少あるが、少なくとも今の自分は女子の前でギャグを披露する機会はほとんど無いだろう。自転車も盗まない。本当はもっともっと記憶しておかなければならないことがあるはずだ。今気付いたのだが、小学校の時はもとより、中学、高校の担任の名前すら満足に憶えていない。自信なし、だ。ヤバすぎる。結局、恥ずかしい昔の記憶はフラッシュバックのようにリフレインされることで、一種の反復学習のように脳内でのコード化が繰り返し行われ、また様々なシチュエーションから思い出されることで多様なコード化がなされ、それだけ記憶の検索が容易になるのではあるまいか。まさに「何を見ても何かを思い出す」である。迷惑な話だ。やはりメカニズム的におおいに問題あり、と言わざるを得ない。

 これは僕だけだろうか。

 もう1つ。小説にしろ、漫画にしろ、アニメなどを含めた映像作品にしろ、なぜ僕らはそんなに「物語」を欲するのだろうか。そもそも人間は「物語」をなぜ必要とするようになったのか。最近ふと興味をおぼえて神話の源流について文献を探したりし始めている。(でも、し始めてるだけ。)とはいうものの、太古の人間が神話を必要にしたのと、今の僕たちが活字、映像などのメディア・ジャンキーになるのとはまるで意味合いが違うのは当たり前だろう。ただ、意味合いこそ違えど世界の認識のために物語を必要としているという点では共通なんではないかな、という気はしている。一種のアニミズムなのだろうか。霊的存在への崇拝のかわりに2次元キャラへの萌えを〜。あら?なんだかキレイにまとまった、のか?

 しかし、そもそもそんなに大量に「物語」を摂取する必要性なんて特に無いよね。


 なんでこんなこと書いたんじゃろ?書いた本人、驚愕。\(゚o゚;)/ウヒャー

 ウルトラ111兄弟(00/09/06現在)でも見といてください。口直しに。いやあ、これ面白いね。



00/09/04(MON)


 このサイト、実はこっそりとアナライザ仕掛けてたりして、(前にも日記で書いたか)リンクページなり、文中リンクなり、張ってあるところはたいがいチェックできるような姑息なことをしてるわけです。で、たいがいの場合はブックマーク/お気に入りだったり、ほそいさんとこの漫画系サイト 更新時刻一覧だったりするわけですが、ごくたま〜にオモロいサイトからいらっしゃる方がおられます。今日の場合はココだったりして〜。おお!エロガレキ!(身も蓋もない言い方)なんかもう、ヲの方々の煩悩が1点集中して結晶化した感じでよろしいですな。なんかもう、細部まで無闇に作りこんであるな、おい!とか。楽しいのでこういうのこれからもよろしく〜。そういえばとりあげようかどうか迷ってたネタがコレだったりするんで、ひょっとしなくても類友なのかもしれんのですな。でもこっちは完全オフィシャルか〜。
 ↑職場からは見ないほうがよいかもですな。

 おかしいな?抗議目的な入札のはずなのだがずいぶん値がつりあがってしまってます。ディレクターで作ってあるのコレ?

 なんかエロネタ多いな今日。

 ジャンプ表紙の奈瀬ちゃん素晴らしい〜。一色まこと「ピアノの森」、おおっ!こうきたんすか、素晴らしい〜!

 「ちょびっツ」。CLAMP、ヤンマガ連載始めるんです。第43号からだから9月25日、今月中ですね。ビーバップとCLAMP、バレーボーイズとCLAMP、エリートヤンキー三郎とCLAMP、カイジとCLAMP。なんか食い合わせが悪いって感じ。すごく楽しみです。メイドものなの?

 またチョコチョコいじってます。よく考えると昨日の段階でFF9日記、トップページからアクセスするすべがまったくなかったです。いくら中断中とはいえあんまりなんでトップに追加しておきました。


【単行本・漫画】 津原泰水「蘆屋家の崩壊」集英社

津原泰水「蘆屋家の崩壊」 そもそも発行されたのは去年の6月だからもう1年以上にもなるし、別に最近買ったわけでもなんでもない作品なわけで、今ごろ何でレビュー書こうかなあなんて思ったかといえば、eNOVELSで知らない間に津原泰水特集が組まれていたりとかPDF短編集『†』が発売になっていたりとかそういった理由がいろいろあるんですが、とどのつまりは「この本スゴ過ぎ〜」だからであります。

 ―――大宮にドラキュラ伯爵と綽号(あだな)されている男がいて仲間うちではたんに伯爵と呼ばれているのだが、生業は怪奇小説を書くことであってその筋では有名らしいから………

 なる<伯爵>なる人物と数奇なる不運の元に産まれついた青年(〜中年)<猿渡>のコンビが遭遇する怪奇なる物語を描いた連作集、「反道隧道(かえりみすいどう)」「蘆屋家の崩壊」「猫背の女」「カルキノス」「ケルベロス」「埋葬虫」「水牛群」の7短編が収録されてます。「もうひとりの黒ずくめから」なる文章が、ホラー作家であり書き下ろしホラーアンソロジー集「異形コレクション」の監修者としても有名な<アーカード伯爵>井上雅彦から寄せられている事からもわかるように、<伯爵>と<猿渡>の人物造形は井上雅彦と作者である津原泰水をまんま彷彿とさせて楽しい。おふたりには当然のようにお会いした事も写真以外では姿を見かけたことすらないのだが、何となくそう感じてしまうのはこの作品集に収められた物語どれもが極上の幻想小説でありながら、同時にどこか私小説にも通じるような登場人物たちの心の痛みをその中に見出す事ができるからだろうか。

 と、書いたところでもう1回読みます。今夜遅く、か明日に追加。あとはeNOVELSの特集読んでてください。スマソ。


00/09/02(SAT)〜00/09/03(SUN)


 トップページ変更。なんだか中途半端だけど疲れたんでとりあえずこのバージョンでしばらくいきます。(仮)ちゅうことで。情報アクセスに関しての操作性はだんだんと良くなってる気がするんだけどな。

 ほとんど私信。新田さん、これがTheガッツ2〜海でガッツ!〜ですよ!買う気とくにないけど。しかしさすがはマッシヴ・エロコメってジャンル作っただけのことはあるゲームであります。とりあえずそのスコップなんとかしろ、と思わずにはいられません。

 先週のコミティアで当然のように同人誌ドカ買いしていた小田中さんに「う〜ん、コミティア同人誌はまかせたから〜」とか酔った勢いで言ってみたら本当にやってくれた。正直、しばたさんとこすきまページときどき日記の2ヶ所で相当広範囲のティア本カバーできてるんじゃないだろうか?今回僕はあんまし買わなかったんで、ティア本のレビュに関してはほかの人に頑張ってほしいなあ。他力本願、付和雷同。誰か僕にお金をください。

 久しぶりにリンクに2件追加。犬丸さんのヒトゲノム++と齋藤光治さんの第弐齋藤を。ヒトゲノム++は書いてるモノへの素直な愛情が感じられるサイトは基本的に読んでて気持ちがいいということで。よく考えると僕、ホワイトアルバムくらいまでのLeafの有名ドコロ、全部遊んでるんじゃないかな〜、実は。第弐齋藤はピックアップされてるブツのセンスが非常にわかるのと、やっぱり文章上手なあ、というのが理由です。矢川さんのこれでいいのだ!?は移転先が不明なんで消しときます。URLわかったら復活させるつもり。


00/09/01(FRI)


 週末でちょっと落ち着いたので(でも今日はまだ用事が。完全OFFは明日だけ〜忙しい。)最近書いた日記をゆっくり読み返してみました。こ、この誤字(誤変換)、脱字、奇妙な言い回しの連発はなんだ〜!いくらなんでも恥ずかしいので直せるところは直しました。でも根本的には問題ありだなあ。というわけで本多勝一「日本語の作文技術」とかを引っぱりだして読んでます。こういう本って買っただけで満足しちゃって積読状態な人も多かったりして。実は僕もそうでした。きちんと読みます。 / MonoIndex整理してみて気付いたんですが、レビュにおける漫画/小説の比率があまりに違いすぎるんで来週いっぱいくらいは小説のレビュを中心にやってみようかなと思います。読んだけど感想を文章にしてない作品いくつかあるし。ちなみに今読んでるのは藤木稟「イツロベ」講談社です。面白いのかコレ?まだ50ページくらいなんで良くわかりません。あとはコミティア同人誌レビュとか。トップページのデザイン変更もできればしたいけどそれにはちょっと時間足りないかな。 / 漫画ゴラク連載中の「3年B組金バッジ先生」、「サムライガール21」はチェックしといてね!先生からのお願いだよ!そういえば金バッジ先生の方は単行本1巻でてたな…どうしようかな〜。

【単行本・漫画】 今市子「あしながおじさん達の行方」2巻(完結)芳文社花音comics

今市子「あしながおじさん達の行方」2巻 施設で育った高校生吉岡春日には月に一度手紙をくれ、匿名で学費の援助をしてくれていた「あしながおじさん」がいた。その人はいったい誰なのか、なぜ自分を助けてくれているのか、そんな疑問にかられて「あしながおじさん」の行方をつきとめようとする春日。しばらく調べているうちに「あしながおじさん」は5人の「あしながおじさん達」である事がわかったが、彼らと自分の関係はわからないまま。そうしてるうちに何故かあしながおじさん達の1人、マンション管理人兼、ゲイバー勤めの鈴木夏海、そしてそんな彼に恋している高校生、内藤也寸尋とともに奇妙な共同生活を始めることになった春日。謎に包まれた「あしながおじさん達」もだんだんはっきりと姿を表しつつあるが、同時に彼らが自分に何か隠し事をしているだろうことも春日には見えてきた…。

 という1巻からの続き。前巻が春日をとりまく「あしながおじさん達」の面々のキャラ説明的な導入部だったとすると、この巻は一見バラバラで何の縁もゆかりも無さそうに思われる「あしながおじさん達」の面々と春日がどのようにつながっているのか、といったいわばミステリでいうところの謎解き的な部分。いちおうネタバレ的な表現は避けようかな、と。

 花音COMICSってことでまあわかると思うんですが、直接的な描写はないにしろ、登場人物の属性的ほとんどそういった人です。山本・秋吉のいつのまにか人目も全くはばからずにオッケーなのねオフィスラブ・ゲイカップルとか、山本を目覚めさせた原因が中学の卒業式、同級生夏海のあんなこんな行為だとか。そんなんばっかしかと思ってるとそうじゃない数少ない登場人物は精神状態不安定、今日も元気にエキセントリクス!な山本妻、静さんだったりして。とりあえず包丁握ってるのはやめてくれ〜怖すぎる〜「殺すのね?!」(わーい)「はい がんばって」はないでしょう。そんな状況の中、今まで拠り所にしてきた真実ももぎとられ、がらがら足元が崩れていくような喪失感に苛まれる春日くんでありましたが、それでもどこか醒めた感じでいるあたりが今市子の漫画っぽいなあ…と。「百鬼夜行抄」もそうだけど。あごに指当てて考えてるカット似あうな〜。で、そんな状況がぐるぐる回ってラストにナイス修羅場な状況が訪れるんですが、結局まだ冷静に見えたあの人が実はそうではなかった訳だったんですね。

 リコさんも8月30日の毎日小人で書かれてるんですが、春日を巡る周囲の謎が少しづつほどけていくあたりのドラマ性が主題な作品だと思うので、ボーイズ・ラブ要素はほとんど関係ないですね。性の話(セックス、ジェンダー、どっちでも)ではぜんぜんなくって、むしろ家族のつながりとかそういったお話なんで。だからそういった部分で掲載誌と内容にちょっとズレがあるのかも。一般向け作品として発表した方がむしろ作品にとっては幸福なテーマだったかもなあ、と思います。
 あと独特なチマチマ感はどうしてもあります。もっと省略してもかまわない部分の描写もいちいちぜんぶ描いてる感じで。伊藤潤二がスピリッツで「うずまき」描いて見せ方ものすごく上手くなったみたいに、この人も大ゴマとかもっと積極的に導入するようになったらさらに化けそうな気がします。あ、スピリッツで描いてくれってわけではぜんぜんないですよ。どう考えても描かないでしょう。メジャー志向ほとんど無さそうな人だし。

 あ―やっぱり静さん1人にやられた感じのラストだな〜とか、単行本描きおろしのあとがき読まないとちょっとわからないかも〜とかそんな感じです。


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