01/02/13(TUE)

時を奏でるものたち



 ことり、と音がするたびにびくびくする。そわそわとモニタの上にある目覚し時計を見つめる。なんでこんなことになってしまったのだろうか。原因はわかっている。この書斎(という名前の物置)右側の壁面、CDラック上方のスペースをまんま埋める鳩時計だ。

 一見しただけで鳩時計だとわかる人間はほとんどいないだろう。ふつう鳩時計はこんなに巨大ではない。それは例えるならば薄っぺらい犬小屋に似ている。それもきわめて不器用な父親がそこらの廃材を使って暇つぶしに作りはじめたものの、腕もなければやる気も無く、おまけに計画性も知能まで欠落していたものだから、なんとか出来上がったものの、そこかしこが歪んでいて、肝心のペロちゃん(雑種)にさえソッポ向かれてしまう。無論、すぐに粗大ゴミ行きで、おまけに回収車にも疎んじられ、いつまでもゴミ置き場に残ったままになってるような代物だ。
 おまけに、アンティークというよりは全体的に薄汚れていると形容したほうがピッタリくる。いや、薄汚れているというよりはきわめて不潔な状態といったほうが正確だろう。悪臭を放つ犬小屋が壁にかかっていると想像してもらえればいい。


 なんでこんなものを買ったのだろうか。


 もうすぐ11時になる。嫌で嫌で仕方ないのだが、どうしようもなく目が右側を向いてしまう。ことり、と音がして時計の長針が12をぴったり指す。瞬間、文字盤上部にあるやけに巨大な扉がぎこちなく開き、鳩が現われる。それはもと本物の鳩で、つまりは鳩の死骸である。首が捻れ、左右の目玉が飛び出した状態の鳩が、時報の合図とともに飛び出してくるのだ。死後硬直もすでに解け、じんわりと腐敗臭すら漂ってきた鳩の死骸を針金によって無理矢理くくりつけているため、飛び出してくるたびに鳩の上体がぐらぐらと不安定に揺れる。その光景はまるで鳩が再びゾンビとして蘇り、死のあまりの苦しみによって、再び暴れだしているようで、見た者を例外なく不快な気分にさせる。

”グェーッ、グエーッ”

 しかもこの時計は、この鳩が実際に首を捻られて死んだ時の断末魔の叫びをサンプリングしたものを時報として使用している。どんな残忍な人間がこんな鳩時計を製作したのだろうか。想像もつかない。
 11回目の”グェーッ”が終わった時、鳩の死骸からぽろりと何かが落ちた。灰色のカーペットの上に落ちたそれは白く濁った鳩の右目で、米粒のようなものが2,3粒まとわりついているように見える。近づいてみるとそれは5ミリくらいの蛆虫で、目玉に空いた穴の中からびちびちと這い出してきた。気分が悪くなってくる。1時間に1回、時計から鳩の死骸とともに蛆虫も飛び出してくることが予想されるので時計の下に新聞紙を敷いておくことにした。


 なんでこんなものを買ったのだろうか。一時の気の迷いという言葉だけではまったく説明がつかない……。


 しかし、問題は短針が12を指した時、正午と真夜中なのだ。1時から11時までの陰惨な雰囲気が嘘のような、リズミカルで楽しげなアレンジの明るい曲が鳴り響く。「イッツ・ア・スモールワールド」だ。ところがよく聴いてみると、その曲に使われているすべてのパートが今までと同様、動物たちの断末魔の悲鳴で構成されているのがわかる。ハイハット代わりに使われているのがピグミー・マーモセット。彼はザイール川流域で捕獲され、アメリカへと密輸された。「ママはいったいどこにいるの?ここはいったいどこなんだろ?さびしいよ……」そんなことを泣きながら檻の中で呟いていただろう彼は、アメリカへと到着したその日に、部下の不手際により激昂したマフィアのボスの手の中で握りつぶされて死んだ。いったいどこで誰が録音していたのだろうか、その時の「キュッ」という悲鳴がCDクオリティでサンプリングされ、音源に使用されている。ホーンパートに使われているのは密猟者たちのショットガンにより散弾を全身に受け、いまにも天国へ旅立とうとしているアフリカ象の最期の雄叫びだ。このほかにも屠殺されることがわかって泣き叫んでいる豚や羊たちの悲鳴、どこでどうやって入手したのか、フクロオオカミ、ステラーカイギュウ、ドードーなど絶滅種の最後の生き残りたち、地球上における最期の悲痛な叫び声などが、各パートに振り分けられ、32チャンネルフルボイスで演奏されている。

 それは動物たちの怨嗟の声、ホモ・サピエンスという、残虐で、悪魔のような存在に向けられた恨み節といってもいい内容であった。こんな音源を作製する人間はどんな人間なのだろうか。まさに病的なイマジネーションの産物、限りなく増幅され、際限なく膨れ上がった呪詛の念のパッチワークともいえた。

 人間存在にむけた呪いの「イッツ・ア・スモールワールド」がはじまると同時に扉が開き、鼓笛隊の演奏がはじまる。鼓笛隊を演じるのは、白くて、小さくて、ぬれぬれと輝いて見える彼ら。先頭に立ち、指揮をする彼、彼はなんとなく人間の胎児っぽいが、蛙のような顔をしている。鋏の両手で器用にリコーダーを吹くお友達。頭がピンのように尖っていて目が1つだけある彼は小太鼓を叩いている。仲良さそうに頬をくっつけあってる彼女たち姉妹は2本の右手と2本の左手で木琴を叩き、その姿はまるで蟹のように愛らしく見える。彼らの身体の中には機械が組み込まれており、リズミカルで楽しげに、しかしながらほんの少しぎこちなく楽器を操り、ぐるり、行進をする。元気よく振り上げられる両手から、飛沫が幽かに飛んで、放課後の理科実験室の香りがした。そう、ホルマリンの香りが。
 「イッツ・ア・スモールワールド」の演奏が終わると、彼らは扉の中へと再び帰っていく。そして、まるで悪い夢を見たかのようなショータイムは幕を閉じる。


「人間は他の動物たちの生命を奪わずには自らの生命を維持できない存在だ。しかしながら、都会に住み、加工された食品ばかりを口にしていると、そのことを実感する事ができない。その事を気づかせてくれただけでも、冬のボーナス丸々なげうってこの鳩時計を購入した価値はあったと思う。また、世の中からタブー視され、ないものとされてきた彼らと交流が持てたのも貴重な機会だったと感じる。まあ、なんだかんだいって、お得な買い物だったんじゃないか」

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