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メビウスよもやまばなし

#01 OKAMAとギャルゲと校庭で ……… OKAMA『スクール』ラストについて
※以下の文章には『スクール』最終回の内容に触れる部分があります。未読で単行本待ち〜という方は読まないほうがよいかもしれません。

「ギャルゲーの主人公は人間のクズである!」1年半近くにわたって連載した作品『スクール』の中でOKAMAが言いたかったことはただこれだけである。唐突?そう思う人はタイトルロゴ上に何と書いてあるのかを見ると良い。ほら、ROLLPLAYING SIMULATIONと書いてある。では、漫画でありギャルゲ(*1)であるということはどういうことか?これからそのことについて書いてみよう。

(*1)本来は「ギャルと仲良くなるのが目的なゲーム」略してギャルゲーだがこれ以降はギャルゲと表記することにする。理由はそっちのほうがカワイイから。

 『スクール』の主人公、孝幸は両親の再婚によって妹になった楓と互いに惹かれあう。しかし両親の離婚によってはなればなれになることに…。今度会うときに兄妹ではなく恋人同士として会うことを約束して2人は別れる。

 ここまでは非常にオーソドックスな青春ストーリーである。だが転入先の学校で担任の森永先生と関係を持ってしまったことから孝幸の暴走が始まる。

 女の子は / 男の子以上にチョコレートよりもHが大好きなのよ /でもとても恥ずかしいでしょ / そんな事を自分でいうのも /そんな自分を認めるのも /女の子は男の子よりずっとこんなに柔らかくて傷付きやすいものなんだからだから/ そういう事は男の子の方から声をかけてあげなくちゃいけないの/ それが女の子の事を思いやるって事なのよ   ( 1巻p.69より )

 楓のことを思いつつも森永先生と関係を持ってしまったことについて、最初は自責の念を持った孝幸ではあったがクラスメイトである珠樹に告白され強引に付き合わされることになってから、孝幸の恋愛的倫理観は次第にマヒしていくようになる。

  ううん / 僕は心がとっても大きいんだ / 楓を愛している /リンちゃんも愛する /愛が足りなかったらいっぱい御飯食べてフルパワーで愛すればいいんだっ/ そうさみんな愛してる / 僕はいっぱい愛するんだっ

 クラスメイト、メイドの真美さん、保健の先生と次々に関係を持つ孝幸。最初は相手の強引なアプローチによるものだったHも次第に心にもないコトバを吐いたり強引に関係を迫ったりというものに変わっていく。多くの人間と関係を持ってることがバレることも全く気にしていないような刹那的で退廃的なソレだ。

 そして破綻の日はいきなりやってきた。

 ここまでの内容を読んで、「あれ?同じようなシチュエーションどこかで体験したことある!」と思った人いるかもしれない。そう、実はここまでのシナリオってKONAMI『ときめきメモリアル』詩織攻略失敗パターンと同じなのである。なんといってもギャルゲ始祖中の始祖である。最初のハード、PCエンジンなソフトである。なぜ今これなのか?それは藤崎シナリオ攻略成功条件のきわめて不条理な設定が『スクール』のストーリーの不条理さと酷似しているからである。つまり藤崎詩織から告白を受けるためには詩織のプレイヤーに対しての好感度を上げるのと同時に登場している攻略可能な女の子全てのプレイヤーに対しての好感度も等しく上げていかなくてはならないのである。みんなにモテモテ、詩織にはもうちょっとモテモテな状態である。と、いうことは詩織に限らず出てくるキャラ全員に対してデートなどのスケジューリングをしなくてはいけない。そして、そのスケジューリングがちょっとでも狂って女の子の好感度パラメータの部分に爆弾が点滅し出した時が破滅への第1歩、である。うまくフォローできれば問題なし、なのだがフォローに失敗するとその間にほっておかれた他の女の子にも爆弾が点灯しはじめ…大爆発しておしまい、である。誰にも相手されないクリスマスパーティーとか誰にも誘われない初詣を味わう羽目になる。なまじ、ちょっと前までモテモテだった分そのギャップは心におおきな傷跡を残すことになるのである。藤崎が「殺意を感じる」とか「やった!藤崎を倒したぜ!」とか言われるのはそのせいだ。

 つまり、『スクール』はこれがやりたかったのである。  [孝幸のなぜかモテモテ状態(間違った方向への意識変化)→節操無きデート(H) ] (炸裂するまでループ)→爆弾炸裂&破綻を。
 けつろんとしてはOKAMAは今まで自作で使わなかったような理由無きモテモテ状態の男の子を主人公に据える事でギャルゲの極めてご都合主義な世界観にイヤミを言っていた。ということだ。

 そしてラスト、破綻して自己崩壊した孝幸は実の母親にまで関係を迫ったあげく、発狂する。そして女の子たちは全員去っていき最後には楓だけが残される。そして孝幸は楓の献身的な看病の末に自分を取り戻し、二人はついに結ばれる…。と書くと「なぁんだ結局ご都合主義のハッピーエンドじゃん。」と思われるだろう。しかしここまではまだイントロ、ここからが真・異常エンディングなのだ。

 ラスト6p、物語は楓が孝幸のシーツをひっぺがして起こすという第1話1コマ目と同じシチュエーションから始まる。楓と共に同窓会に向かう孝幸。そこには懐かしいみんなの姿が。しかし次第に奇妙なフレーズ(孝幸先生の子供たちだったのにね)、描写が混じっていき、コマごとに孝幸の顔は老けていく。最後に鬘、総入れ歯であることがわかり、実はもう何十年もの月日が流れていたことが判明する。孝幸はあのあと楓とよりを戻すでもなく、クラス中の女子と再び関係を結び、全員と子どもを作り、その子供たちの教師として自らはおさまっていたのである。最後の最後ついに楓と結婚、宇宙にハネムーンに出かける孝幸のしらじらしいにも程があるモノローグ。

 みんな全てを持ってる神様なんだから欲しがらずに生きればいいのにね/ 楓はおばあちゃんになって心が子供に戻ったのかな /結婚ってシステムってなんだっけ浮気とかしちゃいけないんだっけ/ 悲しみも喜びも会いもみんな生きている幸せなんだ /そうだねこれからも運の流れるままがいいね

 ラスト1Pで孝幸を中心として周囲をクラスの女の子たちがクモの巣のように取り囲むまるでおバカみたいな家計図(繁殖図)。悲劇的エンディングよりもなお後味悪し。OKAMAったらほんとにもぉ。

 長すぎで読むのめんどくさい方は太字のトコだけ読んでください。   (2000/03/05)


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