- text #05 -
| カルバニア物語 | TONO 徳間書店 CHARA COMICS 既刊 5巻 (2000/03/02) |
|
![]() |
ここは王国カルバニア。まだ年若き皇女タニアが王国始まって以来、初の女王に即位したところから物語は始まる。愛らしくて無邪気、バストDカップで好物めん類なタニアたちがくりひろげるちょっぴり変わったオモシロ事件―――みたいな感じで始まったのだ。たしかに最初は。 しかし公爵家令嬢であるエキューを物語中心に据えるようになってからこの作品は少しずつ変貌を遂げていく。初期TONOの作品によく見られるちょっとヘンテコなほのぼのファンタジーから芯のしっかりした厳しい話へと。ほんわかした外見に騙されてはいけない。これは本当に激しい思いを秘めた作品なのだ。 タンタロット公爵家の一人娘であるエキューは自由奔放、傍若無人、勝手気ままという言葉をそのままカタチにしたような人間。重要な公務以外には常に男装してるし、ストレス発散の手段は酒場で喧嘩だし。 そんな彼女の鮮烈な言葉は古き慣習に縛られた王国の住人たちに向かって放たれる。 男性の後継ぎのいないタンタロット公爵家のあとがまを狙い、まだ12歳の息子フランの政略結婚を進めるバスク領主タキオ。彼自身公爵家を継ぐためさほど愛も無い政略結婚をしたあげく、本当に愛するアンヌとはいまだ愛人(妾か)の関係のまま。そんなタキオに向かってエキューは言い放つ。「私は女だてらに公爵になるのでね。女のくせにだの由緒だの家柄だのまわりのごたく誰が聞くか!」そしてタキオは変わる。(いまだエキューは大嫌いではあるが) 変わっていったのはタキオだけではない。エキューの言葉は女王タニアの体調(生理とか)も考慮せずに強引にスケジュールを決めていく議会の連中の考えを、あくまで古典的ジェンダーに固執するダゴル長官の心をも変えていく。 ここで重要なのはエキューが男性という性に憧れて武芸、乗馬などいわゆる男のすべきものの修練を行っていたり男装をしていたりしているのではない、ということだ。彼女はあくまで自分がしたいことをしているだけであってそれがたまたまそういう形を取っているのに過ぎない。男装に関してはあまりにペチャパイなんで合うドレスが無い、だとかガサツな性格なんで髪の毛のセットとかが面倒くさいとかが理由なのだ。エキューはジェンダーだの身分だの形式だの、そういったもろもろのしがらみから真に自由な存在として描かれる。 重要なのは『カルバニア物語』3巻。留学前、エキューの少年(?)時代、彼女とカルバニア王国もうひとりの公爵、ライアン・ニックスとの出会いを描いた180p近くに及ぶこの連作を描けたことでTONOは作家として化けた、といっても過言ではないだろう。 子供時代、女である自分と仲間内でガキ大将として君臨する自分とのギャップに悩み始めているエキュー。彼女は森の中の城へと迷い込む。そこで出会ったのは赤毛の長髪が印象的な青年。「ずっと見ていたんだ。おまえ、私の王子になってくれないか?」彼はライアン公爵。若くして爵位を継いだ彼はかつての悲しい経験がトラウマになって女性嫌いの同性愛者。両親の愛を知らずに育った彼は自堕落な毎日を送っている。 2つの孤独な魂の出会い。エキューとライアンはしだいに惹かれあっていく。 ここでのエキューは本編においてのような真に自由な存在として描かれてはいない。タンタロット家を継げないだろう自分を産むことで命を落とした母親へのある種の罪悪感、女性らしく生きられない自分への嫌悪感でいっぱいの毎日を送っている。ライアンはといえば誰にも理解されない魂の孤独から自暴自棄な生活を送っている。公爵家とのゆるやかな心中。自分をこんな毎日から救い出してくれる王子様を待っているだけの日々。 このジェンダーの逆転により物語は激しく我々の胸に突き刺さってくる。自分らしくありたいという思いを周囲に否定されつづけているエキューの孤独、愛情を求めつづけるも女性不信のために同性愛に走らざるを得なかったライアンの孤独、どちらもどうしようもなく深く重いものに違いないからだ。 終盤、エキューが女だと知って激昂するライアンにエキューは言い放つ。 「男のフリなんかしてない!男になろうとも思ってなんかない!おれはこのままでおれだ!」 この言葉によりライアンはエキューが自分の嫌悪していた女性という存在から遠くはなれた真に自由な存在だということを知る。そしてそれは自分に本当に必要な存在であるということも。 物語ラスト、エキューは公爵として必要な事柄を勉強するためにクロスチアへの留学を決意する。自分を縛り付けるもろもろから真に自由であるための力をつけるためだ。哀れ、フラれライアンはそのまま城に取り残され、今日も王子様を待ち望む自堕落な毎日を過ごす。暗転、そして再会。美しく成長したエキューを見たライアンは今度は自分が彼女を追いかけようと決意する。お姫様は蔦を降りて。そして自由を求める精神と真の愛情を求める精神の追いかけっこは続いていく…。 これまでのTONOの作品にはどこかちょっと照れみたいなものがあった気がする。たぶんこの3巻はTONOにしてみたら初めてのストレート作品だろう。しかしそれは150kmくらいの剛速球で読むものの心をはげしく貫いていくのだ。流石にTONOも恥ずかしかったらしくて後書き読む限り「前回読み返さないでコンテ切ってた(おい)」らしい。しかしそれでもこれだけのものが出てきたのは、TONOの作家としての才能もさることながらある種の幸福な偶然がこの物語に舞い降りたに違いない。読者である我々はその偶然に感謝しながら読むことにするのだ。ありがたや。 いや、恋愛ものとしてここ数年内のベストだと思うんですよ。ほんとに。 シリアスサイドだけじゃなくてギャグサイドの『カルバニア物語』も面白いんです。4巻あたりとか。最新刊だとパラダヴか。そういえば↑の文章、タニアのことあんまし書いてないね。ノーブラ女王!たらいうどん!渋いね。 |
|
| ■『チキタ★GUGU』 ■うぐいす通信 |
||