- text #07 -

幸福のすみか


山本 精一 & PHEW

Wax Records
  値段忘れました。 


幸福のすみか


 それは静かに深く広がっている。一種の諦観をともなって。PHEWの詞の中にあるのは”感情の一時的な変化”である絶望ではなく、”感情の状態”としての絶望だ。PHEWは自分の周りに起きる様々な不条理な出来事について全てをただありのままに受け入れようとしているのだろう。そこに何か意味を見出そうとするのではなく。

 しあわせでもなく /  ふしあわせでもない /なにもしたくないけれど / どうしていいのかわからない

 決めた / 今日から / わたしは鼻を見る
 見つめず / 薄目で / まっすぐ鼻を見る

 
1曲目『鼻』で歌われるのは諦観をともなった絶望の果ての決意。その決意が自分をとりまく周囲の環境への反発・逃避など理解の及ぶ方向に向かっていないことに私たちは戦慄する。ずっとずっと長い間静かに絶望してきた人間のみが持ちえる、純粋でおだやかな狂気。

 サウンドプロデュースを手がけるのは山本精一。ボアダムスのギタリスト、その他にも思い出波止場、羅針盤…etc.のユニットを手がける(いやホントにいっぱいやってるのだ) 氏が手がけたバックトラックはアコースティック楽器中心の編成でポップだけどちょっとアヴァンギャルド。自身のユニットでいうと羅針盤でやってる音に近い感じか。
 諦観としての絶望とシュールさをたたえたPHEWの詞はただそれだけでは強力すぎて伝わりにくい。しかしその詞を山本精一のポップな曲が包み込むことでコトバはわれわれのココロに染み込んでくるようになる。糖衣にくるまれた致命的な毒物。聴きやすいということ=無害であるということではない。

 シュールにねじくれ曲がったようなアルバムはラスト『幸福のすみか』という曲で幕を閉じる。

 PHEWの詞世界をダイレクトに反映させたような、限り無くダークなトーンの曲で歌われるのは自由のあり方について。そこが「せまく」「壁に閉ざされて」いようが「出るのもよし」「とどまるのもよし」それが「わたし(の意思に)にまかされている」のならそこが「幸福のすみか」だと歌う歌だ。曲の伝えるイメージとはうらはらに未来への希望を歌った歌。

 そう、そこが極北の果て、幽閉の地であろうとも、自由でさえありすれば、それならば。

    ―――――――――未来から呼び声がする。

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