
解散したイズナ教なる宗教を取材するために九州を訪れた民俗学研究者杜川。元イズナ教代表者の家を訪問した彼がそこでポルターガイスト現象に遭遇したことから物語は始まる。その家の娘、由美に憑いているのは何なのか。偶然その場に居合わせたオカルト雑誌記者戸隠とともに調査を開始する杜川。その頃過疎の村、飯綱村(いずなむら)レジャーランド計画のために切り崩された山の中から発見された神社の遺跡。名前の共通性から渚家に起こった霊現象と何かの関連性があるのでは…と取材に向かった杜川はその神社に様式に何か禍禍しいものを感じる。その時突如起こった局地的地震。その地震によって何かを封印していたような巨岩が崩れ落ち、そこから水が湧き出し始める。これ幸いにとこの水を飯綱のおいしい水と称して村の村興し目玉商品にしようと企画する村長。しかし、そのおいしい水を飲んだ人はしだいに体に異常を訴え始める…
異形コレクションとか、集英社スーパーファンタジー文庫から出してる単行本のイメージで読むといい意味で裏切られる。日本神話に関する薀蓄がぎっしりと詰まった、まごうことなき伝奇ホラーである。特に日本のみならず世界中の神話内における「蛇」のイメージが有機的に結びついて破天荒なラストへ収束していくあたりは抜群である。この作品、角川の意向でかなり削られたみたいだけどひょっとして終盤あたりの展開にそのしわ寄せがきてるのだろうか。この作者のことだから水を飲んだ人間たちの体からXXが飛び出して飛び回る、とか最後に杜川が幻覚として見るシーンを実際にやるかと思ったのだが。この人のラストにしては物語の暴走がセーブされている気がした。もっとギトギトにやっちゃってOKなのに。
それに物語の傍観者的立場である戸隠を除いて、登場人物のほとんどが読者が感情移入できないような性格に設定されているあたりもスゴイ。主人公の杜川は45歳にもなって自立した女性すらできないようなたんなる民俗学オタクだし。婚約者のまゆみはエキセントリックすぎる性格で鬱陶しいことこの上ないし。この2人のやりとりが正直物語の流れを分断しちゃってる気もするけど、それをわざとやってるんだろうかと考えると作者のイジワルな性格が伺えたりとか。ラストとか、ほんとダメダメだ。
田中啓文のホラー作品はといえば、物を食べる描写の効果的な使い方が注目に値する、と思うのだがあまり指摘されていないような気がするのはなぜだろう?異形コレクション収録の短編、シェフがいけすかない料理評論家に異世界の生物を料理して食べさせる『ニグ・ジュギベ・グァのソテー。キウイソーズ掛け』にしても、チュルチュル描写が吐き気をもよおさせる地口ホラー『オヤジノウミ』にしても田中啓文版怪獣ジャミラ?な『怪獣ジウス』にしてもどの作品もみんなそんな感じなのだが。味覚に訴える(つまり吐き気)タイプのホラー作家というのはこの人くらいしか見あたらない気がする。たぶんここらへんが井上雅彦が、神をも目を覆う、ナスティなテイストと表現するあたりだろう。
そういえばこの『水霊
ミズチ』って手塚治虫の『きりひと賛歌』に対するオマージュもちょっとある気がする。
(00/04/08)