- text #15 -

美濃牛
殊能将之
講談社ノベルス


殊能将之『美濃牛』

 日本でミノタウロス伝説やるからタイトルが『美濃(みの)牛(たうろす)』。舞台となるのはクレタ島ならぬ暮枝村。
 第13回メフィスト賞受賞作『ハサミ男』による鮮烈なデビューでミステリファンの度肝を抜いた殊能将之の第2作。今回は厚いぞ!500p強。たぶん原稿用紙1000枚弱はある。

 舞台は岐阜県暮枝村。フリーライターの天瀬とパンクカメラマン町田はカルチャーマガジンの取材依頼を受け、うさんくさいことこの上なしと思いながらも「奇跡の泉」なる鍾乳洞内の湧き水を取材にやって来た。彼らと行動をともにすることになった企画立案者の石動はしょうじき正体の捉えどころのない謎の存在だし、何しろ肝心の鍾乳洞の取材許可が降りやしない。内心うんざりしながらもこの地方の大地主で鍾乳洞<亀恩洞>の持ち主である羅堂家のご機嫌伺いをする毎日。おかげで興味もない飛騨牛に関する知識だけはついてしまう。
 そんな折り、村に一つ首なし屍体があらわれる。まるで村に伝承されたわらべ唄の歌詞の如く。

 「鬼の頭を切り落とし………」

 首なし屍体を皮切りに次々とわらべ唄の文句に見立てられて死んでいく羅堂家のひとびと。誰が何のために?なぜ誰もろくに憶えてないようなわらべ唄の歌詞に見立てて?

 『ハサミ男』読んだ時から殊能将之はテキスト引用のセンス抜群だなぁと思っていたのだが、今作は前作に輪を掛けて秀逸極まりない。各節冒頭に引用された古今東西のテキスト、たとえばそれは落語『牛ほめ』だったり、国木田独歩のエッセイからだったりギリシャ神話からだったりするのだが、そこに示されるミノタウロス伝説、迷宮、迷路、そして「牛」に関する知識はたんなる薀蓄にあらず、今作『美濃牛』の謎を増幅してみたり、物語テキストとして書かれていない事に関する意味の付加であったり、謎を解くための鍵、つまりミノタウロス伝説におけるアリアドネの糸になったりする。ここらへんがたいへんにウマイのだ。

 自分がつけ狙っていたターゲットを何者かに殺され、それを自分の犯行にされた「ハサミ男」なる猟奇殺人者が自ら犯人を追い求める前作『ハサミ男』―――ここでは犯罪者←→探偵役の逆転の構図が描かれる――― は一つの秀逸なトリックをめぐり、正常と異常、物語における男性性と女性性、犯罪者と探偵役についてあちらかと思えばまたこちら、と反転につぐ反転がなされるいわば逆転の物語であった。
 そして、今作『美濃牛』は牛、迷宮を巡る膨大な薀蓄を中心として構成された、重層化されたテキストによる物語の迷宮である。たとえば横溝正史、金田一耕介シリーズに対する徹底したオマージュ。物語冒頭からして―――岡山県に獄門島が実在しないように、岐阜県に暮枝村は実在しない―――である。そのほか見立て殺人などは横溝の得意とするところであるだろうし、物語終盤の鍾乳洞シーンなどは『八つ墓村』のそれを彷彿とさせる。そう、これは横溝作品を構成する要素をすべて用意、殊能流に再構築した作品なのである。しかし、ここには横溝作品にみられるようなおどろおどろしさは微塵もない。猟奇殺人としかいいようがない事件がおきているにもかかわらず、物語はどこか乾いたユーモアにつつまれて進行していく。
 たとえば探偵役である石動。正体不明の存在である彼は物語の傍観者たる金田一耕介とは似ても似つかぬ存在。どこにでも出現し饒舌体でしゃべりまくる。警察の聞き込み中警察ほったらかしで村人と俳句談義に花咲かせるシーンなんか笑ってしまった。また、登場するキャラたちに凸凹コンビが多く見られるあたりも物語のユーモア感覚に拍車をかける要因の一つ。前述したライター天瀬とパンクカメラマン町田のジャーナリストコンビ、(いくつになってもガキ大将)出羽と(自称村長)藍下の村民コンビ、都築と渡辺の刑事コンビ、探偵役石動と(地上げ屋)古賀の先輩後輩コンビ。物語で重要な位置をしめる役割別に重層化された凸凹コンビの右往左往がストーリーにある種のじたばた感(?)を持たせている。
 そしてそんな中描かれるのは皮肉な逆説の物語。ラストまで辿りついた読者は自分が今まで見せられていた物語が偽り、まやかしであったことに気付き、呆然とするしかないだろう。前述した「誰も知らないわらべ唄への見立て」もその一つ。

 そして、そんな物語の真相はとても笑ってすまされるような種類のものではない。昏い、病んだ心の持ち主だけが思いつくようなブラックユーモアだ。そして、その驚愕のラストシーンにたどり着いたあと、もう1回プロローグに戻って読み返してみると良いだろう。そして愕然としてみてほしい。そこに描かれているのは『美濃牛』のプロローグではない。男がこれから体験するだろう絶望という物語のプロローグなのだ。男が辿っていくのは絶望へと向かっていくアリアドネの糸なのだ。


 そういえば、プロローグに引用されているテキストが北村透谷の『我牢獄』だというのは興味深い。北村透谷って、たしかこれ書いた2年後くらいに自殺したんじゃなかったけ?

(00/04/09)

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