明智抄が天才だなんて当たり前の事実、いまさらあらためて言うことでもないんですが、やっぱり事実そうでした。
いま日本で連載中のものの中でたぶん一番壮大なSFロマンです。よくコミックeye'sで連載してるよなあ。スゲエ。
惑星グラーシス。そこは犯罪者、逃亡者、身分証明が使えない人間ばかりが集う無法の惑星。その辺境の惑星を舞台に物語は始まります。その物語は多層構造の物語。登場する人物の誰もが見せかけの外見とはまるで異なる内面をもち、それぞれに秘めた強い思いによって行動しています。
たとえばグラーシスで行き倒れていた金髪の美青年ヒトリ。何も考えていない家出少年のように振舞っている彼は実は若くして死んだ天才、シロッコ=ノビトのクローン。彼は自分のために用意された将来がオリジナルへと限りなく近づいていく軌跡を描く1本の細い線でしかないこと、そしてそんな事で悩む自由すら自分には与えられていないことに絶望し、研究所を逃げ出して、グラーシスへと流れ着いたのでした。
小さな酒場を営んでるしょぼくれた老人、ロイ。彼は実はフタバという青年であり、彼は接触テレパスとして感覚全てを共有するもう1人の自分、今は変態性欲者の手によって脳と中枢神経のみの姿になって培養液の中に浮かんでいる青年カズハともう一度巡りあうため、失われた自分の半分を再構築するために自らの姿を老人のそれに整形して惑星グラーシスに潜入しているのです。
店の手伝いをしているリン。見た目幼女な彼女は「グラーシスの母」鈴木エリザベートの魂を持っている少女。自ら志願して戦地グラーシスに向かった息子を見捨て、悲劇の母として政治界に君臨した女性の記憶、惑星殺しの重圧が彼女を苦しめます。
登場人物のそれぞれが耐え切れないほどに重い何かを抱えている物語はやはりヘヴィーな読み応えで「ちょっとコレは気楽には読めない…」くらいの感があります。腰を据えなければ。腰。
明智抄の天才性というのはその類稀なるシミュレート能力にあると思うんですがどうでしょうか?(もちろん独特なシュールセンスというのもあるんだけどそれは別の作品。)
この巻ではおもに前述した「グラーシスの母」鈴木エリザベートの生涯が描かれるのですが、なぜ彼女がそのような人格を有するに至ったのか、そのプロセスの描き方の秀逸さが明智抄の才能の凄さを示しているのではないかと思います。
エリザベート鈴木(ベス)、彼女はかつて事故で死んた女性の胎内から奇跡的に助かった胎児でした。しかしその時点で体内の殆どの組織が死んでいたため、彼女は培養液槽につかり、自己の再生に長い長い歳月を使わなければならなかったのでした。そしてなんとか身体が完全に再生し、視覚、聴覚、思考能力を獲得した後にも、触覚、痛覚を得ることは長い期間ありませんでした。つまり、彼女は一般の人間がいろいろなものに触れることで自分のいる世界を認識し、思考形態を確立していくのとはまったく逆のプロセスを辿って人格が形成された人間なのです。
ここではベスの初恋、そしてその後の人生での夫、家族など周囲の人間との交流の様子が描かれるのですが、そのような生い立ちを経てきた人間の、自分以外の他者とのスタンスの取り方、考え方の表現が本当に秀逸です。普通ではありえないような状況を設定し、その特殊状況を完璧にシミュレートしてみせる能力、これが明智抄の作品を重厚なものにしているのは間違いありません。
明智抄、実は漫画だけでなく小説も何本か発表してるんですがそこで使われているサイコ表現もその能力のたまものでしょう。『死神の惑星」で使われてる才能の質は実は映像よりでもなくて活字表現に適しているものなんでした。
そういえば最近の単行本『野ばらの国』でも「理に適う」ということが利点には決してなりえないホラー漫画というジャンルの作品なのに見事に「楽しくない家庭」の悲惨な状況をシミュレートしてホラー作品に仕上げています。しかも、単なるサイコ・ホラーに留まらず、幻想もきちんと挿入しているあたりが本当にうまいんですね。
画的にはぜんぜんイマっぽくないんですが(独特なベタ・トーンワークと擦れたような描線が原因か?)それでも現在入手可能な本だけでも読んでおかないと。それだけの価値はある作家さんだと強く強く思います。オススメ。(00/06/01)