ジョギング


 時間がない、などという言い回しを使う方々をよく目にしますが、そんな言葉を聞くたびに「何を馬鹿なことを」などと思ってしまうのは私だけでしょうか。時間というものはこの世に存在する生けとし生きるものに平等に与えられたほとんど唯一のものであり、生から死へと向かう絶対的な流れを「ない」と言い切ることがいかに傲慢な物言いであるのか。「あなた方は空間に一人静止しているのですか。」などと尋ねてしまいたくなる心をぐっとこらえながらこの文章を書いています。それにしても時間がないです。

 そんな僕ですが早朝ジョギングだけはきちんと毎日続けているのです。ずっと内緒にしてきたのはちょっと気恥ずかしかったからです。きっかけは3ヶ月前のこと、渋谷の街で買い物していた僕がふと足を止めたムラサキスポーツ店先にあった1足のランニングシューズ、ナイキのエアアレイトでした。もともとそんなに高い商品では無かったうえ、なんと40%の値引きがしてあった(ちとダサいからか)そのシューズはなぜだか僕の心をガッチリと捕え、ふらふらとレジの前へと僕を誘導していったのでした。買ってみたものの、そんな面倒な事するのかよ!と内心思う僕。しかし履いてみるとこれがなかなかいい感じ。自分でもビックリ、走ってみたくなったんですが、やはり近所をジョギングするのは恥ずかしい。ということで(安物の)BMXで15分くらい、代々木公園のジョギングコース、中央広場の周りを走ることにしたのでした。だいたい1周6kmくらいです。公園に着いてからまず15分は念入りにストレッチ。最初は面倒だったのでいきなりコースへ出ていたのですが、身体を丹念にほぐしてからでないとのちのち筋肉痛で酷いことになるのがすぐにわかったので、これは必ずしておくことにしました。さて、ジョギングのスタートです。最初はペースを控えめに、ゆっくりと身体の中にあるエンジンに点火していくように徐々にペースを上げていきます。ひところとくらべると幾分ましになりましたが冬の朝の冷え込みはまだまだ厳しく、木々の根元、たぶんそこは木陰になっているのでしょう、あたりには先週末の雪がまだ少し残っているのが見えます。そんな中僕は舗装されたジョギングコースを一歩一歩踏みしめながらジョギングを楽しみます。次第に全身がほぐれ、身体の内側が熱をおびてくるのを感じます。イチョウの森や百日紅の木立の中、ただひたすらに歩を進めます。左右に流れては消えていく白くはかない吐息。僕はそれを美しく感じます。夏に始めたらこんな気分はきっと味わえなかったのでしょう。停止していた自分の肉体にじょじょにスイッチを入れていく感覚。僕のジョギングペースはしだいに上がっていって、いつしか石畳の上を滑るように全速力で。あ、きたきた。毎朝顔を合わせる黒人の青年と今日もすれ違います。彼はいつも同じ時間、僕と反対周りにジョギングコースを回っているのです。
 「Hey ! Suzuki !」
 「Good Morning , Bob !」
 たわいもない挨拶ですが、それでも心が和みます。
 田所さんの犬、コロとも毎朝顔を合わせます。もちろん飼い主である田所さんも一緒です。
 「やあ、コロ!元気だった!」
 芝生の上で転がりながら無心にコロと戯れていると、日々の生活の疲れを忘れます。
 「あははは、くすぐったいよ!そんなとこ舐めるなよ!」
 ああ、生きててよかったなあ、と心の底から思える瞬間です。

 野鳥たちの楽園、バードサンクチュアリの周りはメープルの落葉で覆い尽くされていて、その葉っぱはよく見ると黄色の葉と赤色の葉、2種類があるみたいです。こう考えてみるといかに自分が普段何も見ていないのかがわかります。僕が認識している世界なんて、本当の世界の1%にも満たないのかもしれないな、そんなことをふと考えます。自分は本当にちっぽけで、世界は本当に大きくて。未だ陽は高く昇らないものの、雲ひとつ無い澄みきった碧の空を見ていると、なんだかその中に吸い込まれて行きそうな気配すらします。シイノキの森に目をやると、なんと珍しい、野生のリスたちが僕を出迎えてくれました。その向こう側には野生のエゾジカの姿も見えます。

 ”願わくば花の下にて春死なむ”と詠う西行と、”空”に解脱した仏陀は、ともに同じことを言っていたのでしょう。自然のもとにこそ生があり、そして死がある、と。この自然の真理を人工物で埋め立ててしまってはいけない。そんなことを思いました。朽ちる事の無い人工物の中に、生そして死の流転が訪れることは永遠にないのでしょう。

 生物はみな、瞬間毎に”自らの死”を観想しながら生きています。都市に生きる人間だけが”死を忘却”してしまった存在と成り果てました。死の観想の無い生は”生の亡霊”なのです。かくいう私も早くに連れ合いを無くし、一時は自暴自棄になり、ただひたすらに自らの死を願ったこともありました。あの頃の私はたしかに死んでいたのでしょう。しかし自ら死ぬ事もあたわず、来年には還暦を迎える身の上になりました。若い頃にした無理がたたって、この頃はただ静かに死と向かい合う心境で日々をすごして参りました。しかしながら、毎朝のジョギングから得る、規則正しい生活、自然とのふれあい、そして適度な運動のおかげで、長い間無くしていた「生の喜び」を自分の中に見出す事が出来たように感じます。まだまだ若い者には負けやせんわい、と書いて、この筆を置くことにします。

(2001/01/23)


 →GO TOP