何かが確実に起こっている
冬にしてはずいぶんとうららかな陽気の日曜日、コミティア55開催日とのことで、東京流通センターへと出かけた。と書きたいところではあるが、行かなかった。
アパッチ族による同人イベント襲撃。保安官たちの決死の抵抗も空しく、ばたばたと倒れていく創作系同人作家たち。ある者は弓矢で背中から射られ、ある者はトマホークで眉間を割られ、血の海の中で苦しみ、悶え、死んでいく。ただ本を買いに来た一般参加者たちも例外ではない。「生命あるものすべてに死を!」1時間半にもおよぶ襲撃の後、そこにあったのは死屍累々の山。まさにマサクゥル(皆殺し)としか表現しようのない圧倒的な暴力による蹂躙であった。
「すわ、これは予知夢だ!」
びっしょりと冷や汗をかいて目覚める。今日はコミティア後の飲み会があるとの事であったが、このぶんでは開催される事はなかろう。しかたがない、これも運命か。飲み会で出会うはずの人々の冥福を祈りつつ、今日は別の場所に出かけることにした。
マダム・タッソーの蝋人形館はずいぶんと賑わっていた。ショーン・コネリー、ヒンギス、セナ、エリザベス・テイラー、ヒュー・グラント、アーノルド・シュワルツネッガー、エリザベス女王と一族、ベートーベンなどなど、すでに天国なり地獄なりに召されているだろう人々や、運悪くまだこの世界に生き残っている人々、彼らが等しく人形となって飾られている光景には非常に感銘を受けた。ルイ15世の愛妾デュ・バリー夫人をモデルにした「Sleeping
Beauty」、眠りし貴婦人の姿をそのまま蝋で型取りして命を吹き込んだかのようなこの人形には、腹部に機械が仕込まれていて、まるで実際に吐息をたてて眠っているように見える。なんとも悩ましげなその表情を見ているうちに、今、東京流通センターで起こっているはずの惨劇のことも忘れてしまっていた。
しかしなにより、僕の心を楽しませたのは、「恐怖の館」だ。ジャンヌ・ダルクの火炙り、罪人の拷問、断頭台による処刑、魔女裁判、古今東西、様々な理由で理不尽な死を遂げる人々の姿を蝋人形として忠実に再現したその光景は、まさに夢の光景と呼んでも良いほどであった。
「おい、みろよ!あんな間抜けな面して死んでらあ!」
「このギロチンの刃って本当に極悪人の血を吸っているのかな?」
展示場をおおはしゃぎで歩く。聞くところによると、マダム・タッソー蝋人形館のスタッフはリアリズム追及のために並々ならぬ努力を続けているとのことで、ここに展示されている犯罪者たちの人形、特に近年のものはすべて本人から取ったデスマスクによって作られているだけではなく、衣服、眼鏡、かつら全部を遺族から買い取って使っているという。こんなところにプロとして誇りを持って仕事をしている人たちがいる、そんなことを考えると妙に清々しい心持ちになった日曜の夕暮れであった。
無駄足とは思いながらも飲み会の集合場所へと向かう。意外なことに全員無事で、何の滞りもなく飲み会は始まった。
飲み会は楽しかった。しかしながら、とある出席者の心なき一言、「スズキさんって野口五郎に似てますよね」によって暗澹たる気分になったのは事実だ。野口五郎、野口五郎、ノグチゴロウ、ゴロンボ………。いままでの自分の人生すべてがカックラキン大放送みたいなくだらない番組に集約されたような、なんとも堪らない気持ちで心がいっぱいになり、飲み会の最中だというのにさめざめと泣いてしまう。
その時、天井から光が降りてきた。
最初はスペクトルにも似た、その光。屈折率の差によって、赤色から紫色までの連続した波長にわかれ、煌く、その光。
光芒はしだいに明るく、眩しくなり、だんだんと白に近づいていく。濁りや混じり気のない、純粋な天使の羽衣を思わせる光へと―――
気がつくとその光の中、僕はひとり、手をつないだ女の子たちの中心に佇んでいた。
ぐるぐるとまわる女の子の中、僕は泣きながら歌うように叫んだ。
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
「ばかばかしいと、思うなよ。やってる本人、おおまじめ。見ているあんたはどっちらけ。」
そして女の子たちといっしょに、大草原の小さな家に出かけると、「われめDEポン生スペシャル」をぼんやり見ている。何これ、爆笑の田中勝ってるの?
(2001/02/11)