いつの日か、宇宙そらに。


 ひょんなことから、カポエィラを習い始めた。カポエィラというとわからない人もいるかもしれない。カポエラのことである。
 きっかけは駅からの帰り道、ちょっとした気まぐれからとおった事のない脇道に入った時のことだった。コンクリート造りの平屋建て、簡素な建物の中で幾人もの男たちがトレーニングしているのが目にとまった。普通ならば通り過ぎてしまうところであったが、何をしているのかがわからず、足を止めて窓から覗きこんでしまった。

 最初はボクシングジムだと思った。しかし、どこにもサンドバックはぶらさがってはいないし、第一リングがない。そこはただ板張りになっている床が見えるだけで、外見と同じく内部もよく言えばシンプル、率直にいうと何もなかった。そんな、学校の体育館を思わせる場所で10人ほどの男たちがストレッチをしている。次に空手か何かだと思った。しかし、板張りの道場なんかあるだろうか、そんなこと考えながらぼうっと眺めていると、背後から急に声をかけられてぎょっとした。

「体験入学の方ですか?」

 学校でもないのだから入学ではないだろう、そう思いながら振り返ると、ラテン系だろうか、屈強な身体ながら、どこか人懐っこい笑顔をした一人の青年が立っていた。彼はパウロと名乗り、このカポエィラ道場の師範をしているのだといった。

 カポエィラ。

 急にはイメージが浮かばない。たしかブラジルかどこか、ラテン系の国が発祥で、たしか両手を鎖で繋がれた奴隷が抵抗のために編み出した武術である、そのときにはそれくらいの認識しかなかった。恥ずかしながら見たことがあるのはたとえば、「鉄拳3」のカポエラ使い(名前何だっけ?エディだったかな)とか古くは「餓狼伝説」のたしか1だけ登場のうーん、こっちは完全に名前忘れた、とか格闘ゲームの中だけ、つまりは実際に人間が戦っているところを見たことは1度もなかったのだ。

 パウロさんに聞いたところでは、やはりブラジルが発祥の地で(そういえば道場の床に描かれていた円、たぶんリングみたいなものだろう、の中心にはブラジルの国旗が描かれていた)奴隷たちが自分たちを襲う理不尽な暴力から身を守るため編み出した格闘技なのだそうだ。ただし、足技が中心なのは、鎖によって両手の自由が奪われている状態だからではなく、サンバのダンスを踊っているふりをしながら、カポエィラを練習するためなのだそうだ。つまり、支配者たちの目を避けるためのカモフラージュなのだ。

 なんとなく話しこんでしまい、ついには事務所でコーヒーをいただきながらお話を伺うことになった。図々しい。
 いろいろなことを聞いた。カポエィラには大きく分けて、儀式的な側面の強い「カポエィラ・アンゴーラ」、アクロバチックで華麗な動作を特徴とし、テコンドー、空手、サンボなど、カポエィラ以外の格闘技を柔軟に取り入れてきたいわば実戦派カポエィラである「カポエィラ・ヘジォナウ」、この2つの流派があるということ。基本的に勝敗がなく、バックに流れるビリンバウやバンディロ(日本でいうタンバリン)のリズムにあわせ、自分のベストの技を繰り出したり、または相手の攻撃を受けたりする、簡単にいうと同じリング上で行われるダンス・バトル的なものであることなど。また実際に道場で門下生2人がジョーゴ(スパーリングみたいな感じ)を行うのも見せてもらった。道場にいた門下生のうち1人がビリンバウを弾き、2人がバンディロを打ち鳴らすと、道場にいるみんなが大声で歌い始めた。


ルアンダ エー メウ ボイ ルアンダ エー マーラ

テレーザ サンバ デイターダ オー マリーア サンバ ジ ペー

エー ラー ノ カイス ダ バイーア ナォン テン レレー ナォン テン ナーダ
オー ナォン テン レレー ネン ラーラ

オー ラ エー ラ ジ ラ オー レーレー

エー ララ エ ラー エ ラ オー レーレー


 歌声のリズムに合わせ、2人がくるくると回転を始める。片足を軸にして、体勢を入れ替えて片手を軸にして、そしてジャンプからの回転蹴り。道場全体が異様な熱気に包まれ、曲のテンポもしだいに早くなっていく。これはルアンダ エという曲で、カポエィラの試合の時、よく歌われる歌なのだそうだ。上昇しつづけるテンションに合わせ、2人の攻防も熾烈を極めていく、片方が円を描く蹴りを決めれば、もう一方はそれを円を描く動作で受け流す。そして攻守が入れ替わり、その攻撃をまた切り返す。その光景は情熱的で、しかも華麗であった。「カポエィリスタになりたい!」そう感じた俺は、その日のうちに入門の手続きを取った。そして、パウロさんはパウロ師匠になった。

 帰り際、「ところでこの道場はどちらの流儀なんですか?練習を見たかぎりでは『カポエィラ・ヘジォナウ』だと思ったんですが」と尋ねると、パウロ師匠はちょっと悲しそうな顔をして、「どちらの流儀でもないのです」と言った。


 パウロ師匠の流儀は「カポエィラ・ソゥテベス」と呼ばれるもので、いわば異端の流儀なのだそうだ。この流儀は、いわゆる演舞を中心に発展したもので、いわゆる奴隷たちの抵抗の手段として発展したものとは違い、支配者達の目を楽しませるための道具、道化たちの演目が原型となったものだという。「平安時代、日本貴族たちが楽しんだ蹴鞠みたいなものなのです。支配者側の構造が崩れれば、そこで廃れてしまうのです」 その理屈はよくわからなかったが(よく蹴鞠のことなんか知ってたな)なんとなく頷いておいた。そうそう、初日の練習だ。

「だから、ほかの流儀とは違い、こんな事もできるのです」

 パウロ師匠はそう言うと、道場の床、ホーダと呼ばれる円の中心に腰を降ろし、両足で勢いをつけると、背中を中心軸にして回転を始めた。ちょうどその光景は一昔前に流行ったブレイクダンスを彷彿とさせた。カポエィラ用語ではこの回転をジーロゥと呼ぶ。そしてその回転軸は背中から肩へ、そして首へと移っていく。回転速度はどんどんと上がっていって、やがて師匠は頭の頂点を中心にして、まるで独楽のように高速回転を始めた。両足の風切り音は次第に高くなっていき、どこまでも上昇していくかに思えたその音がある一点を越えたその瞬間、―――床から20センチ、師匠はすうっと音もなく浮上し、宙の1点で停止した。

 その光景は両足をプロペラにして音もなくホバリングするヘリコプターであり、物理法則に逆らって、落下するでもなく空中で回転しつづける地球ゴマのようでもあった。

 師匠は1分くらい宙のその1点で静止していると、今度は急激に垂直上昇し、床から2メートルくらいの位置で身体を反転し、すとんとそのまま床に着地した。そして驚きのあまり声もあげられない俺のほうを向くと、

「これくらいなら門下生のほとんどができることです。肝心なことは1センチ単位で空中移動の制御ができるかどうか、移動速度の可変が迅速に行えるかどうかです。多人数で行う演舞種目の場合、それが命取りにつながることだってあるのです」

 そう言った。

( 続く。 どんな日記や!続くな!   01/02/15 )


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