しろみかずひさ
Kazuhisa Shiromi

天気輪の丘で視た世界

全1巻 三和出版

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 「アルコールラムプの銀河鉄道(上)」に続く、しろみかずひさの第二単行本。この単行本は「アルコールラムプの銀河鉄道(下)」とならなかった。あとがきによれば、この単行本にはしろみかずひさのアマチュア時代の構想を基に作られた作品が集められており、それらはいわば「銀河鉄道に乗る前」のものであるからだ。初期作品集を上下巻の間に挟むことによって、彼の原点を俯瞰したかったのだとしろみかずひさは語っている。
 そういった彼の気持ちは最終的には、第三者には理解し得ないものなのだろう。しかしこの単行本を出した背景に、たかだか1ページのあとがきだけではとてもじゃないが言い尽くせない思いがあっただろうということは想像できる。その思いを、俺は理解しようとは思わない。おそらくしょせん他人が完全に理解できることではないと思うからだ。中途半端に理屈をこねて分かったような気持ちになることだけはしてはいけない、そんな気がしている。俺にできるのは、作品に真っ正面から向かい合い、彼が伝えようと懸命にもがいている何かを、できるだけそのままの形で受け止めることくらいだ。

 収録作品のなかでは、巻頭作の「歪みの家族」が唯一の続き物だ。この執筆当時、しろみかずひさは自分の絵に完全に自信喪失していたそうで、1回ごとに絵が変わっている。自分の父親が母親の親友と浮気をしていて家庭内で争いが絶えなかった、作者自身の少年時代の体験をモチーフにした作品で、作品内では「母親の親友」という部分を「実の娘」に置き換えている。
 この話には、作者自身の立場に当たる少年は出てこない。父親、母親、そして娘の3人の関係で話は展開する。ラストシーン、母親と娘、二人との情事の最中に家族3人で写った写真を燃やす父親。彼はそれを「家族3人が元どおりの絆で結ばれるための業火」という。その炎を見つめる親子3人の姿には、作者が少年時代ついに得ることのできなかった、「家族のつながり」への憧れが投影されているのかもしれない。

 そのほかの作品に関しても、いずれもしろみかずひさ独特の、身を切られるように悲痛な叫びが伝わってくる。最後の作品解説やあとがきでの作者の述懐がまた心を抉られる。生身の身体をコンクリートの壁に自ら打ちつけるような、痛々しいまでの自己吐露には圧倒的な力がある。でも、実はこれはまだ生やさしいほうで、俺が前に買って読んだ同人誌での作者の言葉はさらに凄かった。鋭利な剃刀で身体を切り刻まれるような、痛みを伴う文章だった。読んでいてなぜだか涙が出そうになったことを覚えている。

 描線やストーリーなどについて自分に妥協を許さず、つねに自分を責め苛んでいるかのような作風は、読者にもそれなりの覚悟を要求する。真っ正面から受け取るだけの覚悟を持たない読者は、まったく近寄れない。全面的に受け取るか、それともすべてを拒むか。中途半端は許されない、しろみかずひさはそんな描き手である。

●単行本データ
シリーズ:SANWA COMICS96
初版発行:1997年11月20日
ISBN:ISBN4−88356−016−3 C9979
価格:¥980(外税。1997年11月現在)
判型:A5・4色カラー含む

●収録
タイトル初出担当編集者
歪みの家族
(甘い毒薬・改題)
#1コミックフラミンゴ1996年11月号東本満
#2コミックフラミンゴ1997年4月号
#3コミックフラミンゴ1997年6月号
#4コミックフラミンゴ1997年8月号椙山和光
#5コミックフラミンゴ1997年10月号
密室創世記奇妙な恋人たちVol.3 1994年10月池本浩一
REDRUMBIZARRE MAGAZINE1996年5月号中山亜希子
ぼくたちの失敗1993年後期コミックオープン・第24回ちばてつや賞一般部門受賞作品小塚昌弘(ヤングマガジン)、野々口喜孝(アフタヌーン)
浮気の代償(浮気な麻理果・改題)スーパーロリポップ創刊号1994年1月号松永宏樹(オリジナル)
東本満(リメイク)
TOILET2同人誌「精液便所。」1997年8月14日