「末広町35番地」 一條裕子
Yuko Ichijo

末広町35番地

全1巻 マガジンハウス MAG COMICS
ISBN:ISBN4-8387-0900-5 C0079 本体価格:850円
初版発行:97/05/22 判型:A5

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 今はなき「COMICアレ!」で連載された作品。「赤ずきんちゃん」「うらしまたろう」「にんぎょひめ」といった童話を素材にしたショートコミックス37篇を収録した作品集。
 物語の舞台はいずれも現代で、登場するキャラクターたちはほとんどが平凡な日常を送る普通の人々だ。「童話のパロディ」というよりも、童話からエッセンスを抜き出してきて一條裕子流にアレンジ・味付けをして日常の物語にふりかけたって感じの作品集である。
 一條裕子は脂っ気のない独特の画風で、作風としては「平然とした顔で表情を変えずにウソをつく」といった感じ。実に何気なく、サラリと読者を幻惑し、物語を「騙る」。そして、そのウソはときに笑えるものであったり、ステキなものだったり、思わず泣けてくるようなものだったりする。その一つ一つが実に鮮やかで、よくできた工芸品でも見ているかのようだ。

 この作品集でとくに素晴らしいのが「泣いた赤鬼」。この話はもともと泣ける童話なのだが、一條裕子の絶妙な脚色により、さらに奥行きと深みを持った作品に仕上がっている。自分が嫌われ者になって村を出ていくことによって、親友の赤鬼が村の人たちと仲よくできるようにしてあげた青鬼。あるマンションの一室でしめやかに暮らす青鬼のもとを、ある日赤鬼が訪れる。そして赤鬼は青鬼に静かに語り出す……といったストーリー。淡々とした語り口ながら、深い感動を呼ぶ作品だ。また、この二人の鬼のもとへ、片頬に瘤のあるじいさんが訪れる「瘤付きじいさんも泣いた」もいい話である。
 こういう泣ける話があるかと思うと、読者を煙に巻くような底意地の悪い話もあったりする。しかし、そのいずれも平凡で退屈な日常の中で淡々と進行していくところが実にうまい。こちらに押しつけてくるわけでもないのに、つい人生の機微を考えさせられてしまったりもする。でも、「別に人生についてなんて考えなくてもそれはそれで構わない」って感じの素っ気なさも持っていて、そこらへんすごくかっこいい。
 一條裕子は平気な顔で嘘をつく。しかし、それは実に素敵な嘘だ。そしてこの極上の嘘に転がされてみるというのもそれはそれでまた非常に気持ちのいいことだったりする。