田川滋
Shigeru Tagawa

あずきマジック

まるほ企画(同人誌)
判型:A5

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「あずきマジック」

 横浜ベイスターズ優勝を記念して紹介する作品。すでにこの作品を覚えている人は少ないかもしれない。なんといっても、1986年の少年キング8〜17号に掲載され、単行本化もされなかった非常にマイナーな作品なのだ。現在では入手が難しい作品を、それでもあえて取り上げるのは、この作品が横浜大洋ホエールズをモデルとしたチーム(ミナト・ホイーラーズ)がメインに据えた数少ない野球漫画の一つだからだ。もちろん、最近ではやくみつる(はたやまハッチ)や、みずしな孝之などもベイスターズ漫画を描いているが、ああいう4コマ系でない作品で、横浜(大洋)をモデルとしたチームがペナントを目指す様を描いた正統派プロ野球漫画は、俺の記憶ではほとんどない。
 1986年当時といえば、大洋ホエールズは監督が関根潤三から近藤貞雄に交代したころ。大洋は万年Bクラスで、Aクラスさえ夢のまた夢。負け犬根性が最も深くしみついていたころだ。その大洋をモデルにする漫画など、普通の雑誌では載るはずもない。少年キングという全然売れていなかった雑誌だったからこそ、辛うじて存在を許された作品だったといってもいい。

 ストーリーはこんな感じ。
 あまりの弱さに勘当貞雄(近藤貞雄がモデル)に監督就任要請を断られたホイーラーズが、話題集めのためやたら野球に詳しい19歳の女の子、蔵前あずきを監督にしてしまう。彼女は実は昭和35年(大洋初優勝の年だ)に1年だけ在籍し、試合数は少ないながらも7割6分5厘という驚異的な打率で優勝に貢献した、坊さん出身野球選手の蔵前鑑真の孫娘だった。彼女が19歳の女の子とは思えない選手起用で、ホイーラーズを上位へと導いていく。優勝でないところが、大洋の現状を踏まえていて実にいじらしかった。
 で、この選手起用がまた大洋ファンにはこたえられない。近藤貞雄が就任したときの開幕戦で見せた、遠藤から木田、堀井とつないで、抑えのエース、斎藤を使わずに接戦を制した投手リレーをまんまやっていたりするのだ。「あずきマジック」内では、そのほか田代、高木、屋敷といった、当時の大洋ホエールズの中心選手をモデルとした選手も出てきて、当時を知るファンにとってはたまらない。

 過酷なペナントレースだけでなく、あずきとと高校時代同じ学校でドラフト外でホイーラーズに入団した柏、柏の同期の船橋、そしてあずきの3人がからんだ青春模様もなかなか楽しく描けている。
 田川滋は「とわいらいと通信」などの単行本を出しているので絵柄を知っている人はいるかもしれないが、わりと古くさいけど、ほのぼのとした温かみのある絵を描く人だ。そして、絵や描写から、大洋というチーム、選手たちへの愛情がひしひしと伝わってくる。そこらへんが大洋ファンには実にたまらない作品だった。今では横浜ベイスターズは非常にスキのないいいチームになったが、大洋時代のおっとりした、どこか抜けたチームカラーも俺は好きだった。当時のぬるま湯で楽しかったチームをしのびたい人はぜひどうぞ。

 俺はコミケで、「まるほ企画」というサークルが一冊にまとめて販売していたのを購入した。今でもコミケに行けば入手は可能かもしれない(最近コミケに行ってないので詳細は不明)。コミケに行かないけどこの本は欲しいと思った人は、まるほ企画の連絡先は分かるのでメールでご連絡ください。お教えします。