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「愛人[AI-REN]」

「愛人[AI-REN]」表紙 ■著者名:田中ユタカ (たなか・ゆたか)
■出版社:白泉社
■シリーズ:JETS COMICS
■判型:B6
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「永遠の初体験作家」ともいわれ、実に甘ったるくてなおかつ後味爽やか、人々の恋愛欲を刺激しまくる作風で知られる田中ユタカのメジャー進出作にして初の長編漫画である。

「愛人」(あいれん。以下AI-REN)とは、「終末期の患者の精神的な救済を目的とした擬似的な配偶者。恋人のような役割をはたす人造遺伝子人間」である。その使用は、死期が間近に迫った人間にだけ許される。この物語の主人公・イクルはAI-RENの派遣を市に申請し、受諾される。彼は子供のころに遭遇した事故により自分でない「他者」を移植され、そのおかげで生き延びてきた。しかし「他者」は絶えずイクルの本来の身体細胞と相克し、彼はいつ死んでもおかしくない状況となっている。そんな彼が、最後の救いを求めてAI-RENと過ごす日々の記録。それがこの物語である。

 イクルの元にやってきたAI-RENは、彼によって「あい」と名付けられる。無垢で天真爛漫な、笑顔の似合う少女だ。そのくったくのなさ、まっすぐな愛情によって、死への恐怖で脅えていたイクルの心はしだいに癒されていく。だが、AI-RENはもともとそんなに長く生きられるようには作られていない。想いが深まれば深まるほどに別離のときがつらくなることを知りながらも、あいに対するイクルの想いは強くなっていく。そしてあいも最初は優しい庇護者として好意を寄せていたのだが、だんだんイクルを異性として意識していく。二人に残された日々は残り少なく、いつ終わるとも限らない。そうであるがゆえに、二人の想いはより強く、日々は眩しいキラメキに輝き、思い出は鮮烈に焼きついていく。

 田中ユタカのエロ系の作品は、基本的に想いを寄せ合う二人が紆余曲折を経て初体験するというパターンが多い。「お互いが好き」という気持ちがいっぱいにあふれたお話は、まっすぐすぎて実にこっぱずかしく、また夢のように甘い。恋愛を語るために高度に洗練された絵柄はこのうえなく瑞々しい。作品の品質もハイレベルで安定している。というわけで実にいいのだが、短編だと毎回男の射精でスパッと区切りがついて後をひかず、一本一本の作品があまり印象に残らないところがあった。それは後味が爽やかということでもあるのだが、ドシンと読みごたえのある作品が欲しかったのも事実。「愛人[AI-REN]」はそんな欲求を見事に叶えてくれる。

 この作品では1巻終了時点ではセックスシーンはない。それだけに田中ユタカの特質である「初恋」の成分が、「肉欲」の成分でかき消されてしまうことなく濃密に凝縮されている。しかも続きモノであるため、それがずーっと続くのだ。刹那であるだけにより眩しい恋のキラメキ、トキメキがボリュームを伴って描かれている。この物語では常に二人の輝かしい時間がいずれ終わってしまうことが示されている。終わりの予感を常に漂わせながら、それだからこそ身体いっぱいで二人の時間を満喫しようとする彼らの姿は、幸せだけれど切なくて、哀しいけれど美しい。光が強ければ強いほど影の形がハッキリするように、悲しみの予感は彼らのときが幸せそうに見えれば見えるほどに読者の胸を刺す。一つ一つの表情、情景が染み渡ってくる。その澄んだ描写にどうしようもなく泣けてくる。

 田中ユタカが延々と描き続けてきた「初体験」「初恋」のエキスがいたるところに充満し、「別離」の影をほのめかせることによりそれをさらに切なく読者の心に焼きつける。ああ、なんと甘美で喜ばしく、そして切なく美しくあることか。まだ1巻までしか出ていないが、ここまではまぎれもなく傑作である。代表作になりそうな予感。
(以上1999/11/30)


巻数ISBNコード初版年月日価格
1ISBN4-592-13351-X C99791999/12/05本体505円+税
2ISBN4-592-13352-8 C99792000/09/05本体505円+税
3ISBN4-592-13353-6 C99792001/07/05本体505円+税
4ISBN4-592-13354-4 C99792001/12/24本体505円+税