オス単:2003年6月の日記より


 このページは、「OHPの日記から、その月に読んだ単行本の中でオススメのものをピックアップする」というコーナーです。

 日記形式だと、どうしても日にちが過ぎてしまうと大量の過去ログの中に個々の作品が埋もれてしまうため、このコーナーではダイジェスト的にまとめてみました。文章の中身は、すべて日記からのコピー&ぺーストです。加筆・改稿等は原則としてしませんので、普段日記を読んでくださっている方にとっては読む意味がないかもしれません。手抜きといえば手抜きなんですが、まあその点はご容赦ください。

 なお、ここで取り上げる単行本は「その月の日記で取り上げたもの」です。「その月に発売されたもの」ではありません。だから古い本でもどんどん入れていきます。ピックアップした単行本は多少分類してますが、これはあくまでページを見やすくするための便宜上の分類です。かなり適当に割り振ってますのであんまり気にしないでください。あとシリーズものの途中の巻は、わりと省略しがちです。


▼強くオススメ

【単行本】「最強伝説黒沢」1巻 福本伸行 小学館 B6 [bk1][Amzn]

 改めて読み返してみてもやっぱりすごい。これほどまでに年を食った独身男の悲哀を、ユーモラス、かつ真っ正面から真剣に描いた作品はなかなかない。主人公の黒沢は44歳。高校を卒業してからとくに何の疑問もなく建設会社に入り、以来26年間、現場に出て働き続けてきた男。その間、特別ドラマチックなことはなかった。結婚して家庭をかまえることもなかった。出世もなければリストラされるでもなく、なんとはなしに日々が過ぎていく。26年。ずっとその調子だった。そんな黒沢がついに気づいてしまう。こんなことでいいのか、と。きっかけはサッカーワールドカップの熱狂。その渦の中で、どんなに大騒ぎをしてもそれはしょせん他人事、自分自身の感動ではないということを痛感してしまった。それ以来、彼の苦悩の日々は続いていく。

 黒沢はそれをきっかけにして、人並みの幸せを得るべく、人望を得るべく、ジタバタと本当に見苦しくあえぐ。その日々が切々と綴られていくわけだが、これが実にすごい。例えば工事現場で一緒に働く奴らに感謝されてみたくて、アジフライを大量に買ってきてそっと各人の弁当の中にしのばせるなどの小細工を使う。でもそんなことに誰も気がつかない。あげくの果てには裏目に出て、軽蔑さえされてしまう。ものすごくみっともない。情けない。思わず爆笑してしまう。でも泣けてもくる。

 この作品の凄いところとして、言葉の使い方が絶妙である点が挙げられる。第1話なんかとくに素晴らしい。いきなり1ページぶちぬきで「感動などないっ……!」などと言われたら、思わず目が吸い寄せられてしまう。黒沢は自分の人生を「カレンダーの四角いマスを、ただ漫然と塗りつぶしていく塗り絵」と評し、そんな自分を「ただ齢を重ねただけの男……………齢男だ……」と断ずる。この個性的、かつ的確なセリフ回しには衝撃さえ受けた。あと独身男性のわびしさを演出する各種アイテムもうまい。黒沢が居酒屋で一人、なんこつ揚げライスをかきこむところなんかもう抜群。

 引き合いに出すのもなんだか、あびゅうきょの描く独身ダメ男性にはアニメやマンガという逃げ道があった。しかし黒沢にはそんなものさえ何もない。もう絶望的に手詰まり。どうしたらいいのかさっぱり分からない。タイトルは「最強伝説」だけどどうやったら最強になれるのか、果たして福本伸行が彼を最強にするつもりがあるのか。また、彼がいきなり生まれ変わってサラリーマン金太郎みたいな豪快人間になって最強化したとしても読者は、なんか釈然としないものを感じるのではないか。だって似たような境遇にある独身男性はたぶんそんなふうにはなれないから。実際、そんな常人離れした黒沢は見たくないという気持ちもどこかにある。黒沢はいったいどこへ行こうというのか。そんなこんないろいろ含めてこれからの展開にも目が離せない。

【単行本】「独りの夜も長くない」 近藤ようこ 小学館 A5 [bk1][Amzn]

 キツい!これもキツい……。タイトルどおり30代中盤になっても結婚せず、親と同居しているOLの早苗、予備校講師の田代。悩める二人の独身者の心のうちを丹念に描いていく作品。といっても別に早苗と田代がくっつくなんてことはなくて、それぞれのお話が並行して展開される。帯には「経済的には自立していても心が自立できない、現代に生きるシングルたちの物語」と書いてあって、30代独身男のとってはとても身につまされるものがある。この二人は紆余曲折の末、心を通わせられる相手を見つけるので物語としての救いはある。でもやっぱ自分のこと考えちゃいますよ、こういうの読むと。自分は親不孝してるよなとしみじみ痛感。いやー、これはこたえますわい。でも読んじゃう。

【単行本】「沈夫人の料理人」1巻 深巳琳子 小学館 B6 [bk1][Amzn]

 ずいぶん昔の中国が舞台。長者の若奥様で食事をすることが何よりの楽しみという沈夫人と、彼女に見込まれた愚直な料理人・李三の、いっぷう変わった主従関係を描いていく。沈夫人は武骨な李三が彼女の前に出ると叱られた子供のようにあわてたりするさまが面白くて仕方がない。しかも李三の料理の腕は一流だったりするので、本人には伝えないけど大のお気に入りだったりする。ヒマつぶしや腕試し、来客のもてなしと、何かにつけて李三を試し、からかい翻弄する。その様子がなんとも楽しく描かれている。絵柄自体は大人の落ち着きを感じさせる端整なもの。でも遊び心は十二分。沈夫人の、上品で美しいけれど童女のような無邪気さ、洒落っ気は見ててすごく面白いし、李三のドギマギしまくりな反応にも思わず笑わされてしまう。その主従関係がメインになりがちだが、料理のほうもしっかりおいしそう。珍しげな中華料理のレシピがけっこうしっかり記載されているので勉強になったような気もする。パッと見は地味だけど、ニヤニヤ笑いながら面白く読める、茶目っ気に満ちた良作。

【単行本】「甘い水」下巻 松本剛 講談社 四六判 [bk1][Amzn]

 完結巻。胸を締め付けられるような青春恋愛物語だった。すこぶる甘く、すこぶる苦い。自分の好きになった女の子が、劣悪な家庭事情により売春をさせられていると知ってしまった衝撃。しかもそれを自分で目撃したとかでなく、同級生から聞かされる辛さ。主人公の夏生がそれを自分の中で消化できず、ただひたすらに悩み続けるあたりとか、描写がすごく誠実だと思う。「俺が守ってやる」だのなんだのいって、沢俣さんを受け入れちゃうというアプローチは漫画的にはありがち。でもそれができない。自分の感情をどこにも持っていけない。それがいかにも純朴でまっすぐな夏生らしい。実際自分がそういう立場に立たされたらもしかしたら口当たりのいい言葉でごまかしちゃうかもしれないけど、芯から納得はできないと思う。その気持ちそのままに行動する夏生、そしてその想いに応えようとするけど身動きのとれない沢俣さん。自分、そしてお互いに誠実であるがゆえに何もできない。それだけに二人の別れ際の情景は深く心に沁みる。いつかこの二人がまっさらな状態でまた再会できればいいなと誰しも思うだろうけれども、その後のことは描かれない。甘さと苦さの入り混じるお話は、昇華されないまま刺さったトゲのように心に残り続ける。

 また単行本には、短編「二十歳の水母」も収録。別居中である画家の父とその娘のお話で、二人は1年に1回だけ会い、毎年娘が父の絵のモデルをつとめる。その中で少しずつ変わっていく父と娘の心情を、穏やかに描いた佳作。「甘い水」もそうだけど松本剛の透明感のある表現は、青春物語の描写に抜群の威力を発揮している。読む者にとって「かけがえのない大事なモノ」となり得る良作を描ける、稀有な作家さんだと思う。

【単行本】「赤い文化住宅の初子」 松田洋子 太田出版 A5 [bk1][Amzn]

 この単行本が出てくれたのはすごくうれしい。松田洋子は団地、集合住宅、文化住宅と、普通の人々が住んでいる、でも息詰まるような閉塞感、つましさに満ちた空間を描くのがすごくうまい。この単行本に収録されている「赤い文化住宅の初子」「PAINT IT BLUE」ともにそんな領域が舞台だ。

 「赤い文化住宅の初子」は、父は失踪し母は死去、共に暮らす兄はそんな状況にイライラし辛く当たる、そんな幸薄い環境で暮らす女子中学生・初子が、同級生の少年との恋愛をたった一つの心の支えにしながら生きるいじましい姿を描いた物語。現実はつらい、でもつらいだけに彼氏との時間が大切なものに感じられる、そんな気持ちを実に丁寧に描いている。ちっぽけな幸せでさえ、自分には身に余るものであると思ってしまう初子の健気さが心にしみる。切なくやりきれなく暖かく、いとおしくなるような作品。

 かたや「PAINT IT BLUE」は、大学に行く頭がなかったので親父のやっている鉄工所に就職した青年の、どんづまった青春模様を飄々と描いた作品。普通の漫画だったらその状況に一念発起して、立身出世やら鉄工所の繁栄を目指したりしそうなもんだが、この主人公は別にそんなことはしない。現実を淡々と受け入れ、ブツブツいいつつもなんだかんだ日々を過ごしている。ダメダメさ加減を楽しむとかではなく、別に面白くもおかしくもない日常は普通に過ぎていく。その視点のクールさ、フラットさ加減がなんだかカッコイイ。

 松田洋子作品は、こういう地味な何の変哲もない世界に対する鬱屈した感情が常にベースになって、そこから次々と情念に満ちた描写を繰り出してくる。その表現には力がある。作品を作る上で重要なコアになる部分をしっかり持った作家さんだなあと感じる。こういう人は強い。社会的強者ってわけではないけれども。

【単行本】「がじぇっと」1巻 衛藤ヒロユキ マッグガーデン B6 [bk1][Amzn]

 ああ、なるほど。これは評判どおりいい。お話は、元電気屋の家に生まれて機械関係の修理が得意という特殊技能を持つ中学1年生・鳥賀周一くんが,とてもカワイイ声の持ち主であるクラスメートの多来さん(通称:タレちゃん)に一目惚れするところから始まる。でもタレちゃんは何やら機械関係の不思議なものを呼び寄せてしまう不思議な性質があるらしく、彼女の周りで空飛ぶ機械が見えたり、不思議な事件がたびたび起こるようになる。

 基本的には鳥賀くんの初恋を軸にお話は進行するのだけど、そこに宇宙人とかSFチックな要素をうまいことからめてお話は展開。考えてみると、初恋にしても宇宙人にしても基本的には「未知との遭遇」なんだよね。二つの「なんだろうこの気持ちは」というドキドキした感情を重ね合わせることによって、瑞々しい読み心地を作り出している。この作品で好感が持てるのが、キャラクターたちがけして背伸びしてないこと。中学1年生という、まだ子供のほうにより近い年頃の少年少女たちの、日々のアドベンチャーをあったかく描いている。衛藤ヒロユキの描き方自体も、「少年らしい少年をピュアに描きましたよ」といったいかにも大人くさい匂いが全然しない。わりと素で、少年に近い視点でモノを描いている作家という気がする。汚れたところが全然なくてすごく気持ちがいいなあ。

 あと言葉もいいと思う。鳥賀少年が部屋で機械いじりをして、一息ついているシーンで「発光するものが多いので部屋を暗くすると宇宙船みたいになる」「ぼくはこれがわりと好きなのだった」というモノローグがあるんだけど、こういう描写とかなんとなく少年らしい情緒が随所に感じられていい。こんな少年少女は今どきあんまりいないかもしれないけれども、こういう作品があるってことは重要だと思う。


▼一般

【単行本】「Tokyo Graffiti」1巻 井上三太 集英社 B6 [bk1][Amzn]

 この作品はけっこう好き。えーと街の看板やら鉄橋やらあちこちにスプレーでカッチョイイ字やら絵を描く行為、なんでも「グラフィティ」というらしいですな、それをやっててカリスマ的な扱いさえ受けている男子・森永裸武、通称:LOVEが主人公。とにかく街に出てグラフィティを描いているのが楽しいという彼に、クラスメートの桃子は惹かれていくが、桃子は桃子で友達が応募したオーディションがきっかけでトップアイドルへの道を歩んでいく。そんな二人の青春ラブストーリーを軸にお話は展開。

 この作品でいいのは、彼らは彼らなりに青春してるんだなというのが伝わってくること。まあ正直自分的にはほとんど縁のない世界ですよ。グラフィティだのヒップホップだのいうものは。で、そういうのをただ街で見かけるだけだったらたぶん「若ぇもんはよく分からん」「馬鹿なことやってんなー」くらいで終わっちゃうんじゃないかと思う。でもこういう作品があると、そういうことをやってる人たちも普通に青春してるのだなと感じられる。まあもちろん全部が全部こんなステキじゃない、っていうか輝いてる奴はごく一部なんだろう。でもそれはどのフィールドだって一緒。ただこういう作品は、そういった対象を偏見を持たずにフラットに見れるきっかけにはなる。それだけでも個人的にはけっこうな収穫。あと普通に青春ラブストーリーとして楽しくできてる。桃子ちゃんはかわいいし。井上三太は昔に比べて女の子描くのずいぶんうまくなってると思う。

【単行本】「GOTH」 作:乙一+画:大岩ケンヂ 角川書店 B6 [bk1][Amzn]

 乙一の小説をマンガ化。といっても原作のほうは読みたいと思いつつ読んでないです、すみません。まあそういう人間の感想だと思ってください。

 本作は、なぜか偏執的犯罪者を引きつけてしまう雰囲気を身にまとった少女・森野夜と、自身そのような犯罪者的傾向を持ち森野さんを見つめ続ける「僕」が、毎回奇妙な事件に巻き込まれるというお話。それは被害者の手首から先だけを持ち帰る猟奇犯罪者による「リストカット事件」であったり、少女を狙ったバラバラ殺人事件であったり。というとものすごくおどろおどろしい印象を受けるかもしれないけれど、スタイリッシュな作画のおかげもあって、陰惨でありながらも鋭利で背徳的な美しさに満ちた作品に仕上がっている。キレが良くてたいへんカッコイイです。大岩ケンヂに関しては、ハッとする達者な作画の持ち主。とくにヒロイン・森野夜の冴え冴えとした美しさは印象に残る。初単行本ながら作画面での不満はすでに全然ない。この前少年エースで始まった新連載「99ハッピーソウル」では、画面構成が若干良くなくていまいちテンポが悪いなとか思ったけど、そこらへんクリアすればもっといい感じになるんではないかと。魅力的な描き手であることは間違いないので期待します。

【単行本】「モン・スール」 きづきあきら ぺんぎん書房 A5 [bk1][Amzn]

 コミケやコミティアに出ている創作系同人サークル「GRAIL」で活躍していたきづきあきらの初単行本。コミコインで配信されているウェブコミック雑誌「COMIC SEED!」で連載された作品をまとめたもの。

 母親に続いて父親も失踪した家で、二人暮らしていた兄妹をめぐる物語。兄・柾樹は生活に追われる中で余裕をなくしていき、小学生である妹・美波のことは置き去りにしがち。そんな中、美波の心の空虚は広がっていき、兄の友人である神田への恋にすがるようになる。神田は神田で、美波と肉体関係を持ってしまったことによる罪悪感に苛まれる。一見ソフトな絵柄でありながら、登場人物たちがお互いに心の痛みをさらけ出し痛い言葉をぶつけ合うストーリー進行はかなりシビア。このへんの容赦のなさはきづきあきらの持ち味が出ている。ただラストはちと宙ぶらりんな印象。別に救いをもたらせとはいわないけど、登場人物たちを突き放すでもなく、何も解決しないままというのはちと収まりが良くなかった。ただ、読ませる力自体は確かなものを持っている。だから余計に宙ぶらりんな締めくくり方が気になったりするんだろうけれども。

【単行本】「ヴァイスの空」 作:あさりよしとお+画:カサハラテツロー 学研 A5 [bk1][Amzn]

 カサハラテツローとあさりよしとおという実力者コンビが組んだ未来SFアクションもの。「4年の科学」で連載された作品なのだそうだが、なかなか気合いの入った、元気のいい作品に仕上がってて面白かった。お話は閉ざされた未来の町に住む元気者の少年・ヴァイスが主人公。ヴァイスは「一度でいいから空を見てみたい」という望みに衝き動かされ、友達のネロとともにシャカリキになって空を目指すが、不思議な少女・ノワールとの出会いをきっかけに彼らの住む世界の現実を突きつけられることになる。カサハラテツローの伸びやかで健全な絵が生きて、スピード感のある作品となった。まあ掲載誌が掲載誌だけに、大人の読者が読むと毒とか刺激とかが足りないと思うところもあるかもしれないけど、個人的にはこういうまっすぐな夢見る少年の物語は好きです。

【単行本】「子供の情景」 さそうあきら 双葉社 A5  [bk1][Amzn]

 いつもながらすごくうまいなあ。この単行本では、子供の視点から見た作品8本と、大人のお話3本が収録されているんだけど、どれもしっかり読める。子供ならではの元気さ、無邪気さを柱としたほのぼの漫画も面白いし、馬鹿な大人のしょーもない生活を描いたギャグタッチのお話も楽しい。この単行本に限らず、さそうあきらの作風の幅は恐ろしく広いしそのいずれも一定レベル以上の作品はきっちり仕上げてくる。そしてときには驚くような爆発力も見せる。職人だなあ……と感心します。

【単行本】「天使みたい −ガールフレンズ−1」 山下和美 集英社 新書判 [bk1][Amzn]

【単行本】「白い花 紅い華 −ガールフレンズ−2」 山下和美 集英社 新書判 [bk1][Amzn]

 NHK教育でのドラマ化に合わせて新装版で復活。改めて読んでみたけど、やっぱりしびれた。すごく面白い。とくにそれぞれ表題作になっている「天使みたい」「白い花 紅い華」が素晴らしい。

 「天使みたい」はともに科学者である父母が、死んだはずの主人公の少女・はるかの双子・かなたのロボットを作ったことから始まる物語。両親ははるかの成長に合わせてかなたの身体も作り替え、彼女たちは記憶を共有しながら育っていく。かなたのおかげで自分は半分でしかないというコンプレックスを抱き続けるはるかの苦悩、それでありながらもかなたに向ける想い。中盤はぐぐっと盛り上げ、ラストはしみじみ締めくくる。話運びが抜群にうまくて鳥肌の立つような出来栄え。「白い花 紅い華」は、クラスの支配者として君臨していた小早川さんと、彼女の支配下に入らずにいた甲田さん。二人の異彩を放つ少女の対立と友情を描いた物語。二人の関係は引かれ合い、牽制し合い、常に緊張感に満ちているけれども、どこか共鳴している。カッコイイ女二人、そこにカッコイイ男もからみ、なんとも美しいお話に仕上がっている。

 最近は男性誌がメインになっている山下和美だけど、それとは別に、またこういう読切もどんどん描いていってほしい。この人の洗練ぶり、キレ味、立ち姿のカッコ良さにはいつも惚れ惚れする。

【単行本】「月のあくび 星のうたたね」 奈知未佐子 小学館 B6 [bk1][Amzn]

【単行本】「雲のおしゃべり 風のうた」 奈知未佐子 小学館 B6 [bk1][Amzn]

 童話の心を今に伝える語り手・奈知未佐子の最新作品集。2冊が同時発売。いつもながらに気持ちのいい、ときにほろりとさせられるいいお話を描いている。とくに動物と人間がからむお話は泣けるものが多く、この人の優しく美しい語り口が生きている。各743円+税という価格のわりにページ数はちょっと少なめながら、紙の質は良く丁寧な本作り。ただちょっと気になるのは、本の判型が小さいことかな。別に判型が小さくなったからといって見にくくなるタイプの絵柄じゃないんだけど、文字のサイズはちと小さすぎると思う。老若男女しみじみ楽しめる作品集であると思うので、もう少し文字は大きくしてほしかった。A5くらいの判型でちょうどいいと思います。

【単行本】「ななか6/17」12巻 八神健 秋田書店 新書判 [bk1][Amzn]

 完結巻。いや〜いいお話だった。ななか、稔二、雨宮さん、どのキャラクターにも思い入れがあるだけに、ラストに向かっていくまでの展開は泣き泣き。6歳ななかが役目を終えて17歳ななかに融合されていくあたり、それから雨宮さんに向けた6歳ななかの笑顔とか、見どころシーンがいっぱい。実のところ、ななかがみんなに胴上げされている扉絵だけですでにジーンと来ていた。17歳ながら精神だけ6歳に逆戻りしてしまった女の子・ななかの自分探しはもちろんのこと、稔二や雨宮さんといった周囲の人間たちの成長の物語も丁寧に追いつつ、安易な結論に逃げることなく「大人になること」というテーマをしっかり描ききった。あと雨宮さんの恋模様、それを通した成長も読みごたえあり。彼女はななか、稔二と共に物語のもう一方の主役でもあった。本筋とはまた別のドタバタコメディの回もそれはそれで面白かったし、最後まで楽しませてもらった。

 あと、この巻は巻末収録のおまけ漫画もけっこう面白い。いちおう那由様のお話にも単行本でケリがついたし、それから雨宮さんが主役の「ゆり子18/7」が最高。そういえばスタッフクレジット見て思ったんだけど、「まじかるドミ子」のキャラクターデザインって八神健とは別の人がやっていたのかな? 「ぱ」という名前がクレジットされてるけど。まあ何はともあれ、八神健は良い作品をものにしたもんです。それまでの作品も好きだったが、ななかで一つ上のステージに上がれたと思う。次の作品にも期待したい。

【単行本】「タコポン完全版」上下巻 作:狩撫麻礼+画:いましろたかし エンターブレイン B6 [bk1][Amzn:上巻/下巻

 まったく見知らぬ者同士4人が何者化によって集められ、一つ屋根の下、家族として暮らすことに。とりあえず依頼者が金は振り込んで来るので4人は家族生活を営むけれども、彼らに「タコポン」と名付けられた依頼者が実は宇宙人であったことが判明し、事態はどんどん思わぬ方向へと進んでいく。以前双葉社から全8巻で出てたときも読んだけど、今回の復刊を機会に改めて読み直してみた。で、これがけっこうスタンダードに面白い。仮面家族によるファミリードラマとしてもいいけど、少しずつネタが明かされていくミステリアスな展開もなかなか読みごたえあり。意外とスケールも大きい。あと8巻分を2巻に詰め込んでいるだけあって、密度が異様に高いです。

【アンソロジー】「コミック☆星新一 午後の恐竜」 秋田書店 B6 [bk1][Amzn]

 ミステリーボニータに掲載されていた星新一作品の漫画化シリーズが1冊にまとまった。個人的には志村貴子、小田ひで次といったところが目当てだったんだけど、そのほかの作品もなかなか読める。原作が完成されたショート・ショートだけに、漫画化には向いた題材だったんじゃないかと思う。完成度では志村貴子「生活維持省」が抜けているかなと思った。シンプルなコマ割、画面構成で読みやすく、物語がダイレクトにしみこんで来る。あと小田ひで次の丁寧で暖かみのある作画もやはり素晴らしい。JUNは派手な絵柄でパッと見たところ星新一世界にはそぐわないかなとか思ったが、酒場に立ち続ける女性型ロボットをモチーフとした作品の内容にはけっこうマッチしていて面白く読めた。本全体としては、「この人はどのように料理するのかな」という楽しみがあって面白い企画だと思った。このほかの作家でやっても面白いかも。「コミック芥川龍之介」とかあったら読んでみたい。

【掲載作品】JUN「ボッコちゃん」、川口まどか「金色のビン」、木々「天使考」、かずはしとも「殺し屋ですのよ」、鯖玉弓「おーい でてこーい」、白井裕子「午後の恐竜」、有田景「現代の人生」、志村貴子「生活維持省」、小田ひで次「夜の事件」「箱」


▼エロ漫画

【単行本】「妄想ダイアリー」 月野定規 コアマガジン A5 [Amzn]

 Hで面白いにゃ〜。表題作の「妄想ダイアリー」全3話は、自分のお兄ちゃんとのずぶずぶのH生活を妄想してそれを日記帳につけている妹と、その日記帳を発見してしまったお兄ちゃんによるエロエロストーリー。同じ家にいるもんだからもう時間ができると当然エロ行為に突入。しかも妄想しまくった後にたどりついた境地なんで、二人とも変態的行為レディゴーって感じでみっちりやりまくり。でも妹も兄もお互いにメロメロだったりするあたりが微笑ましい。この人のエロシーンにおける派手なヨガリ顔、表情のとろけっぷりにはいつも感心するところだが、このシリーズは平素のノロケ顔もたいへんよろしい。あと少年とその友達のおかあさんが肉体関係に溺れる「シズカナゴゴト コイノヒメゴト」、少年と女教師の真夏のエロスを描いた「真夏の果実」なども、登場人物が熱に浮かされたかのように性交に没頭していて空気が熱気に満ちている。それにしても月野定規は、最初はわりと繊細なタイプの作品を描く人だと思っていたけど、最近はすっかり密度の濃いエロ描写をするようになった。昔の作風も今の作風も、それぞれ味があって好きだなー。

【単行本】「BAD SLAMMERS」1巻 ジャム王子 ヒット出版社 A5 [Amzn]

 「西遊記」をモチーフにしたアクションエロ漫画がようやく単行本化。連載終了を待って、一気に単行本化するつもりだったようで。お話としては厳しい修行の末、ハイパー性欲女に成長した三蔵が、妖怪や魔物の味はどんなものか知りたくて西への旅に出発。その後、ちんこ型の大岩の下で眠っていた悟空と出会い、目的がさらにパワーアップ。目的が天界の人々とヤルことへと変化。というわけで超絶倫三蔵と超絶倫悟空が手を組んで、西へ向かうぞニンニキニキニキニンニンニンと、エロエロ道中を繰り広げる。イキのいいピチピチした絵で、エロは濃いめに、だけどストーリーのほうも前のめりに進む楽しいお話を展開している。なかなか勢いのあるダイナミックなエロの描き手だし、コマ割りとかも整ってて読みやすい。ただ「西遊記」モノに共通したことなんだけど、出だしは派手に始まるわりに(とくに悟空登場あたりまでは)、そのあとの展開がけっこうまったりしてきちゃうというのはこの作品でも見られるかな。

【単行本】「凸凹ニンフォマニア」 駕籠真太郎 久保書店 A5 [bk1][Amzn]

 これまで入手難だった「人間以上」に続く駕籠真太郎の第二作品集が待望の復刊。個人的にこの単行本はすごく好きで、駕籠真太郎に本格的に入れ込んだのはこの本を読んでからだった。作者自身が「人間を道具として扱っていることに疑問を抱かない人間の気違いぶり」を描くという方向性を確立したと語る「動力工場」シリーズは、今見てもその奇想の連続に驚かされる。ここらへんを読んだとき、「エロ漫画でできる範囲」というものがすごく広がったような気がした。人体の内部から排泄物をテレポートさせることで発展した未来社会を描いた「A感覚の帰還」なんかも、その着想だけでなくそこからの展開がトリッキーで非常にうまい。体内虫うじゃうじゃSEXを描いた「極楽昆虫天国」とか、よくこういうネタを飄々とやっちゃうもんだよなあと感心させられる。

 今回の復刻では単行本初収録の「左側に気をつけろ」「ある英雄の死」も追加で掲載された。というわけで旧版を持っている人も買うしかないでしょう、という感じの本になっている。あ〜やっぱりこの本は好きだな。


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