松本大洋

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■作家名:松本大洋(まつもと・たいよう)
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「GOGOモンスター」 [bk1]

「GOGOモンスター」書影  待ちに待った「GOGOモンスター」がついに出た。「次の松本大洋は描き下ろし単行本」という予告が出た後、発行がじりじりと延期され、その間、松本大洋作品が雑誌掲載されることもほとんどなかった。そんなわけで待ちきれない思いだったファンも多いことだろう。

 久しぶりの単行本は、時間をかけただけあって装丁からしてものすごく凝っている。ハードカバーで小口の部分(つまり表紙以外の紙のとじられていない3辺)がピンク色に塗られているのがオシャレ。それに厚紙製のケースがかぶせてある。凝った作りのため、お値段もそれなりで1冊2500円もする。それだけの覚悟を持たないと買えないが、買うだけの価値は当然のことながら十分にある。

 このお話の主人公は、ほかの人には見ること聞くことのできない世界を「感じる」ことができてしまう小学三年生男子・立花雪。あちら側の世界は、二つの勢力に分かれていて、片方は人間と親和性があり、もう片方は暗くて悪意に満ちている。悪意のある勢力が小学校に満ちあふれてくるのを感じとった雪は、一人焦燥感を募らせていく。
 雪以外の主要登場キャラクターは、ほかの人は遠ざける雪のクラス唯一の友達であるマコト、雪に園芸の知識を与え話相手になってくれている用務員のガンツ。それから常に箱をかぶっていて、その穴から外を見つめ続ける先輩の少年、通称IQ。立花雪の見ている世界の勢力は、これらの人々やその他の馬鹿な生徒たちの活動する学校を包み込んでいる。

 で、この物語についてだが、正直なところかなり分かりにくい。立花雪の見ているものがなんなのかということは分かりづらいし、実際の世界ですごい事件が起きているかというと別にそうでもない。しかし、モノゴトは視る者によっていくらでも変わりうる。立花雪という少年の近くからの視点において捕えられていく風景は、ごく普通の小学校の風景であるにもかかわらず、常に不穏な空気をはらんでいる。そんな学校の日常風景を、違う立場の男子はスポーツに賭ける青春の熱いフィールドとして、ある少女はステキな男子に心トキメかせる恋の舞台ととらえているかもしれない。そういうことを考え合わせると、この少年の視点というのは実にピントの合わせ方、画角の取り方が特殊であることに気づく。言葉よりもむしろ感覚でモノゴトを感じる視点に語りが拠っているため、言葉でそれを割り切るのは厄介だ。終盤まで分かりやすいクライマックスらしいクライマックスはなく、じょじょにじょじょに、絶えず焦燥感を募らせていくことによってピンと張り詰めた空気を創り出している。

 また言葉数がものすごく多いわけでもないのに効果的なセリフの数々などを追っていくと、全体として一個の詩、一冊の絵本を読んでいるような気分になってくる。

 解釈の仕方はいくらでもありそうで、それだけに恐らくこの作品に対する評価はかなり割れるのではなかろうか。描き下ろしであることにより細部まで入魂の筆で描き込まれた画面作りや、空間の切り取り方、瞬間の捉え方、ページをめくるたびに緊張感が蓄積されていくような展開などがいずれも高いレベルに達していて、面白く読めた。「ピンポン」みたいな強力なカタルシスはないけれど、表現にはさらに磨きが掛かっていて恐ろしく高品位になっている。

ピンポン」までは天才を主題とした作品を描くことの多かった松本大洋だが、ここのところ作品の方向性はだいぶ変わってきている。今までよりも詩的さの度合いが高まってきている。絵本作家である松本大洋の母の影響もあるのかな、とか思ったりもした。もしかして、さらにまた一皮むけてしまうのだろうか。