dreamtree.jpg (15307 バイト)夢の木の下で

諸星大二郎

マガジンハウス

 「コミックアレ!」に連載された、「異世界シリーズ」と「壁男シリーズ」を中心にまとめた単行本。大半は最近になって描かれた作品である。

 前半の「異世界シリーズ」は、宇宙のどこかの乾燥した世界を旅する旅人の見聞録となっている。がらくたにのみ価値を見出す人々、どこから来て、どこに行くのか分からない巨大な存在、カオカオ様をめぐる人々、山頂に始まり、山腹の崖に終わる人生にしがみつく人々…と、普段の我々の生活からすると異質なイマジネーションで全編が覆われている。

 特筆すべきはその世界に住む人々を描いた表題作、「夢の木の下で」。壁によって閉ざされた世界に暮らす人々。そこでは人々はモボクという植物と共生関係を結び、互いの夢を交換して生きてきた。主人公はそこに住むムーラという女性。ある日、ムーラは巨大な壁を降りてくる男を見掛ける。その時からムーラはモボクの見る夢に飽き足らなくなり、自分の夢を見ようと思いはじめる。ついにムーラはモボクを捨て、男とともに壁を乗り越えようとする。

 ここにあるのは束縛からの解放という要素であるが、その要素に還元してしまうのは浅い読みであろう。それよりも重要なのは植物と夢を交換する、といったことに代表されるイマジネーションのはばたきである。我々のうちのあるものは、理由はさまざまであろうが、異世界を希求する。最も手っ取り早く異世界を実感する方法は旅行することであるが、その中でも最も有効なのは気候風土の異なる、文化の異なる土地を旅することだ。ことに乾燥帯は我々にとって最も身近な異世界であるといえよう。そこには我々のイマジネーションの及ばない世界がある。この一連の作品で、諸星はその身近な異界を更に強め、より我々を惹きつける観念の理想境を作り出しているのだ。

 もう一方の作品群は、「壁男シリーズ」である。壁のなかに存在する意識体とでも言うべき存在、壁男。彼らは人間世界の傍観者だったが、いつしか積極的に関与するようになって行く。また、人間の中にも、壁男に興味を持ち、いつしか壁のなかに入り込むものも現れる。いつしか壁のなかに争いが生じ、人間もその存在に気がつきはじめる…というお話。こちらは打って変わって現実に即した、「ひょっとしたらいるかもしれない」存在を描いている。イマジネーションの飛翔が鮮やかな「異世界シリーズ」に比べ、こちらは現実世界や現実感を「ずらす」ことでじわじわと迫る異界を作り出している。「栞と紙魚子」のシリーズと同様の手法であるが、この作品集では手法の違う二つのシリーズをならべることで、きわめて鮮やかな印象をもたらしている。

 確かに地味な外見、「今風」の文脈からははずれたところにある作品である。だが、内容は実に鮮やかな対比を持って読み手に迫る。ボディ・ブローのようにじわじわと効いてくるような作品集である。

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