孤独のグルメ

原作/久住昌之

作画/谷口ジロー

扶桑社

 あなたは「食べること」は好きだろうか。「食べること」にこだわりを持っているだろうか。もしも持っていないなら、あるいはファストフード/ジャンクフードで十分、というなら、この先も、この本も読まない方がいい。なぜなら、この作品集は、「食べることの喜び」で成り立っているようなものだからだ。

 久住/泉コンビの「泉昌之」に慣れた人にとっては、意外な取り合わせ。しかし作品の出来はかなり上等。組み合わせが上手く成功したいい例だろう。

 オハナシの内容は、主人公(個人で貿易商を営む。独身)が、あちこちで腹を減らしては飯を食い、そこで感じたよしなしごと。旨い飯を食ったときの幸福感、ちょっと店の選択を誤ったときのやれやれ、といった感覚、見知らぬ土地で飯を食ったときの日常からの乖離感覚、そういったものが、実にさりげない、日常に立脚した視点で描かれている。

 成功の秘訣は、谷口ジローによる、緻密で静謐な絵によるところが多いだろう。久住の脚本は、「新さん」の例を見ても明らかなように、どうしても過剰に走ってしまう傾向がある。が、谷口は、それをうまくふるいにかけ、淡々としたオハナシへと再構成している。まあ、もう一皿おかずを追加したり、つい余計なものまで注文しちゃったり、という程度の過剰さは残っているが。谷口による久住解釈が、実に好もしいものとなっているのだ。また、谷口の絵の持つ、情報量が多く、リアルで緻密であるという側面は、久住の脚本が持つ日常への視線を強化し、泉とのコンビのときでは現れないような日常を異化する効果を生んでいる。普段あまり気に止まることはなく、そのまま通り過ぎてしまうような食事の時間を、再び意識の端に上らせるような、そんな効果を上げているのだ。結果、とても「おいしいもの」が食べたくなる。おいしいものを食べたときの、おいしい店を発見したときの、あのささやかな幸せがビビッドによみがえるのだ。

 爆笑するような派手さはないものの、少しにやりとするような、あるいは身につまされてしまうような、ちょっと「気になる」作品集。「食」を楽しめる人には絶対にお勧め。

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主人公が江ノ島に行って「江ノ島丼」を食べるというエピソードがあるのだが、実は私は主人公が食べた店の、まったく同じ席で、主人公と似たようなことを考えながら、江ノ島丼を食べたことがあるのだ。以前の彼女と一緒に。やっぱりおんなじ様なことを考えてるんだな、なんて複雑な気持ちにさせられてしまったものだ。