スペースアルプス伝説
田丸浩史
徳間書店

 今はなき「キャプテン」に連載され、中断状態になっていた作品に、大幅加筆修正を加え1冊の大型単行本にしたもの。表紙は寺田克也の迫力あるCG。中身は…これが一筋縄ではいかないものである。

 「アルプス」とあるから山に関するオハナシだ、と思われるだろう。それは確かに間違いではない。舞台になるのはワンゲル部である。またラブコメである、という知識を持っている人もいよう。それも確かに間違いではない。好きあった二人の関係を最後まで宙づりにし、恋のライバルを登場させる、という意味では確かにラブコメの構造を取っている。だが、それらは常にこの作品の一部であって、決して全部ではない。そしてよく読むと、確実に強烈な違和感に襲われるであろう。「何じゃこりゃ?」という。

 ラブコメとしてみるなら、この漫画は「不純物」が多すぎる。ワンゲル部の部長は鼻ピアスをした、スタンガンなしには極端に気が弱くなるデスメタル野郎だし、部員ジョニーは何故かいつも上半身裸の、何を考えてるか分からないマッチョ野郎である(ジョニーに限らず、この漫画にはマッチョが頻出する)。さわやかさ?そんなものはたまに思い出したようにしか出てこない。一方「コメ」の方はかなりクルったものである。ラブコメでは禁忌とされる墨ベタを多用したブラックなコメディが頻出するのだ。本当にヤバい感じのする「呪い部」に、敵対する部活のメンバーを呪わせたりなどなど。作者はそれをデスメタルに乗って実に嬉々として描く。そう、作者の目論見は決してラブコメをやることにはないのだ。ラブコメとデスメタルを無理矢理つなぎあわせたところに生じる《なにか》を描くことが目的なのだ。加えて、作者の前の連載である「超兄貴」のエッセンスが濃厚に加わる。これをアーティキュレーションと言わずして何と言おうか!!結果、漫画は極めて異様なものになる。ほかには決してない「味」を持ったものになる。

 無論、ラブコメとしての面もなかなか優れているということに注目しなくてはならない。とくに今回の単行本化で新たに書き加えられた、主人公とヒロインの告白→初キッスのシーケンスなどは、きわめてラブコメ度=身悶え度の高いものとなっている。だが主に目に付くのは、ラブコメとは別の、妙に男度の高い異様な/過剰なギャグ描写である。そして最終的に、漫画はラブコメであることも、「キャプテン連載漫画」であったことも放棄して、宇宙のかなたへと飛び去ってゆくことになる。なんてったって「スペース」なのだから。初キッスなどはつけたり、つけたり。そして読者は唖然とする。確信犯的に「置いてゆかれる」のだから。

 ラブコメという文脈を引きずりながら、それを軽々と乗り越えて行く圧倒的なパワー。異様な、そしてだからこそ爆笑できる、異質な要素の無理矢理な節合。過剰な装丁と内容のギャップ。そしてタイトルの頭に燦然と輝く「スペース」の文字。作者も編集も寺田克也もゆうきまさみも徹底的に確信犯を演じきっている。単なるラブコメと思うなかれ。正統派のラブコメやギャルゲーに至上の価値を見出す人には薦められないが、ちょっと変わった作品を求める人には必須の書であるといえよう。

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