聖マッスル

宮崎惇 作
ふくしま政美 画
太田出版

 

 思えばあれは私が幼少のみぎり。月に一度の床屋の日、待たされている間漫画を読むのがとても楽しみだったものだ。ジャンプ、サンデー、マガジン…そこで読んだ漫画の中で、今でもいくつか頭の中にこびりついて離れないものがある。永井豪の「凄ノ王」。諸星大二郎の「妖怪ハンター」。ジョージ秋山の「デロリンマン」。寺沢武一の「コブラ」。その中でも、もっとも鮮烈なイメージとして残っているのが、マガジンの巻頭カラーの漫画であった。花畑に全裸の筋肉ムキムキの青年が横たわっている。なぜかその股間には何もない。目覚めた青年はいきなりポーズを取り始め、ひとこと。「うつくしい…」  その漫画は、その部分しか覚えてはいなかったが、後々まで私の心の中にベットリと何かを残した。異様なまでの書き込みと変な筋肉描写。トータルバランスを失しきった頭身。「神のごとき肉体と…」というあおり文句。言葉にすれば「何じゃこりゃ?」というものであったが、実際はほぼトラウマに近いものとして、その漫画は記憶されていた。  まさかそうしたトラウマ系漫画が現代によみがえるとは。Quick Japanを通じて、復刊のニュースはとらえてはいたが、まさか本当に店頭に平積みになるとは。

 「絵で読者をびっくりさせよう」と、作画のふくしま政美は語っていたというが、その意図は十二分に達成されているといえる。とにかく絵が変なのだ。後半になるとずいぶん普通の漫画に近くなるが、前半の書き込みは尋常ではなく、画面はもう真っ黒。見開きを使ったドアップや、アメリカの大仰なスペクタクル映画を思わせるような(ベン・ハーとかスパルタカスとか)扉絵など、あまりの誇張と大げささには、失笑を通りこして感嘆の念すら覚えるほど。聖マッスルの眉毛、巨人王のもみ上げだか耳毛だか分からない三つ編み、人間城の王など、キャラクターの造形も異様だ。すでに逸脱の領域に入っているがために、「異様」と取られてしまうが、これは一つの魅力である。驚きによって心が動かされることは間違いないし、他の漫画家には描くことのできない描線世界なのであるから。それは、線で世界観を構築し、それが達成されていることからも明らかになる。中世なのか、古代ローマなのか、それは分からないが、線によって「石造りの都市国家世界」を描き上げているのだ。異世界を構築しているのだ。こうした、線で世界を構築できる作家は数少ない。描線の面から再評価されねばならない作家なのだ。実力ある作家なのに、現在は行方不明であるというのが実に惜しい。

 後、かなり取って付けたような感もあるが、ストーリーのテーマが「人間の尊厳と自由」となっているのもおもしろい。「愛と誠」との関連性も指摘されているし、時代背景がそうしたものを求めていた、ということもあろうが、このテーマは現代にも通じるものがあると思う。ふくしま政美がそれをどこまで考えていたかはやはり疑問なのであるが。聖マッスルは神々しい神として人々を救うのではなく、あくまでも生身の人間として人々の反抗の動きに参加する、等身大のヒーローなのだ。このスタンスは後の漫画、特に「ジョジョ」などに大きく影響を与えている。その意味でもエポック・メイキングな作品であったのだろう。  どうしてもそのバロック性において語られがちなこの漫画。そうした性質があるのもまた事実であるが、その真っ当さもまた評価されるべきであると私は考える。

 

Back