tanoshii.jpg (16918 バイト)たのしい人生

本秀康

青林工藝社

 旧「ガロ」でデビューした作者の処女作品集。非常に単純化された頼りなくもかわいい線が特徴。これだけで他の人とは完全に一線を画している。ただ、絵柄については「杉浦茂の正統後継者云々」という言説が限りなくなされそうなので(帯に推薦文も書いていることだし)ここではかれのオハナシの構造に目をむけてみたいと思う。

 第一に目に付くのが、現状をありのままに受け入れ、世間に棹差すことをしないスタンスである。人生、気張ってもどうにもならないということが繰り返される。例えば金星から侵略者がやってくるというオハナシの「君の友だち」。金星からの使者は地球人にやさしくされるが、それとは全くお構いなしに地球人を滅ぼしてしまう。そこにあるのは「そういうものさ」というとぼけた視線だ。それから頭部がウサギになっているサラリーマンが主人公の「かわいいハシヅメくん」にも明らかだ。かれはかわいいというだけで死の世界からも生き返らせてもらえる。人間的にはろくでもないのに。ここにも「そういうものさ」という視点が見え隠れする。
 次に分かるのは、マンガと作者との間の距離である。常にメタ次元に立ちながらかれはマンガを語ってゆく。夢オチのときは最初に断りを入れるし、いちいちしなくてもいいような説明を入れてしまう。作者は作品に没入することは少ない。
 それから、人間、生物、非生物の等価な配置も特徴的なところである。彼の作品において、ものや動物は人間と同様しゃべり、行動し、考える。この作品集では、かわいいキャラクタがあつまりピクニックをするという「かわいい仲間」に顕著で、その他随所で見ることができる。
 そして最後に見出すことができるのは、「いい話」への志向である。刑務所に入らなければならない親父と息子が銭湯で語り合う「ヒコの旅立ち」、今日こそは好きなあの子に告白しようという「恋のホワホワン」、夢オチを逆手に取った「夢の人」など、山あり谷ありではないものの、ちょっとじんとくるようなオハナシもこの人は得意としている。

 ではここから導き出されるものは何か。ひとつは間違いなく、現実生活からの距離である。現実にしっかりした価値や基準というものはなくなり、人間の絶対性も今や求めることができない。それが直接この作品群に反映されているわけではなかろうが、人間に対する盲目的な信頼や、「がんばれば何とかなる」式の考えはここにはない。きわめて現代的な、「カリクラ」式の世界認識だ。人間、生物、非生物の等置からもそれは知れよう。

 だが一方で「いい話」は矛盾なく存在している。これは毒のない絵柄によるところも多いのであるが、この人の「いい話」に対する志向が強いことを示している。いや、順序は逆かもしれない。かれは、このかわいい絵柄を使うことにより、現代では語りにくくなった「いい話」を復活させようとしているのかもしれない。あるいは、今まで使われなかった絵柄をお話に節合させることにより、新たな感動を作り出そうとしているのかもしれない。

 このあたりについてはまだ言い切ることはできないが、彼が何らかの挑戦をしていることは間違いなかろう。心温まると同時にさまざまなことを考えさせる作品集である。

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