プチフラワー 98年11月号

    吉本松明 久遠永遠
黒橡(つるばみ)

竹宮惠子

時は平安末期。主人公の男は頼朝に敵対する志田先生義広の末子に出会う。その美しさと気高さに惹かれる主人公。その子は無理矢理元服して父親の軍に入り、頼朝と戦うが敗れ、山奥に落ち延びる。悲惨な状況のなかでも気高さを失わない「王子」。 おお!気高くも美しい少年の姿。その姿はあまりに魅力的だ。自家薬籠中にある描写とはいえ、こうもツボを押さえることができる人は他にはそういるまい。望都先生同様、衰えない筆力には感嘆するところしきりである。8 ああ、男色の気があるのですか。これがエロマンガなら、男装の美少女なんだろうけどねえ。8
ジャングリズム

大竹サラ

サバンナの動物を題材にした4コマギャグ。 やや見づらいように思う。それとも印刷が悪いのか。今一つピンとこない作品。大作が続くこの雑誌では不利になるのは仕方ない。4 けだものカンパニー。4
残酷な神が支配する

萩尾望都

ナターシャと再会するイアンとジェルミ。ジェルミに許しを乞うナターシャ。ジェルミの母もグレッグとの間で迷路に迷い込んでいた、と彼女は語る。そしてイアンはジェルミとの関係を再検討するために、グレッグとの間にあったことをすべて話すように要求する。 もう何回イアンとジェルミの感情の行き違いを見たことやら。お腹いっぱい、であるが、望都先生は倦む事無くそれを続ける。そこにあるのは悪意だろうか?違う。人間の「業」への考察だ。業を相対化するには限りないほどの時間が必要だ。「イデオン」を思い出せ!7 ノリにのっているなあ。一時期峠は越えたと思っていたが、まだまだいけるじゃあないですか、望都先生。9
心臓のない巨人(上)

佐藤史生

本来は宇宙を旅するはずの巨大宇宙船エクスクルススは、新しい「王」が就任して以来、旅することができないでいた。本来は船のすべての人々の父母となるはずの船母と王の関係がぎくしゃくしていたからだ。王は船のしきたりを破り新たな事業を始める。一方、船母は寂しさのせいか、知能を高めた猿を購入する。 初期の望都先生のSF作品を彷彿とさせる。というかこの人もSFは得意か。閉ざされた巨大宇宙船、グレートマザーとしての「船母」というSF的題材に、破綻した夫婦関係という優れて「現代的」なテーマを上手く節合している。滅びに向かって一直線、というさまが想起されて切ないことこの上ない。じわじわと心に染みる佳作。7.5 ふむ、悪くはないんだけど、前後編にしては、展開が遅いんじゃあないかね。少々惜しい。7
ゆうわく

田實千絵

佐々木マキの漫画のあらすじを説明することができようか? 音楽が聞こえる。その点で優れてはいるが、一本一本の線の処理のしかたがいちいちぞんざいに見えてしまう。3 ええと、時間なかったんですか?8分ぐらいでかいたんと違いますか?3
アレキサンドライトは気分屋

名香智子

ロノス王国の皇太子リオンは、実は宝石泥棒のスリルをこよなく楽しむ趣味を持っていた。そんな彼は同じ泥棒のミカエルに惹かれ、婚約者との結婚も躊躇してしまう。 まあ、女性向け漫画にやんごとなき方々は必要不可欠だから、こういった作品もあっても良いでしょう。オハナシもまあまあよし。アウトオブデイトな絵はやや辛いところだが。4 線が固いね。なんていうかなあ、見ていて、あまりこないんだよなあ。4
花戦

奈知未佐子

非常に即物的な男の子。自然などはどうでもいいと思っているが、ある日けがをした狐に名前をつけるように求められる。その子はタロウと名付ける。 坂田靖子?雰囲気が似かよって見えるのはやや損ではなかろうか。オハナシはよくできていると思う。5.5 いいなあ。メルヒェンだねえ。宮沢賢治的だねえ。良い。8
杜若(かきつばた)

塩川桐子

浮世絵のごとき絵柄で江戸の人々の暮らしを描くシリーズ。男ばかりの4兄弟と、長男の嫁、すみえのオハナシ。すみえは次男、松(ときわ)にしきりに縁談をすすめるが、松はその話を聞こうともしない。松だけはどうもすみえになじまないのだ。 まずはその絵柄にショックを受ける。確かに浮世絵の線画は漫画のもととなっていようものだが、こうも違和感なく現代漫画にフィットするとは。きちんと様式が整っているところも面白い。オハナシも時代小説の基本をちゃんと踏まえていて好感が持てる。単行本を買わなくてはなりますまいな。9 ある意味、特殊な漫画だ。絵柄を除けば、なんとはない、基本線に沿ったお話なんだけどね。8
冬の音

波津彬子

金沢が舞台。主人公はお茶の先生である大おばのところに寄宿している。日本文化を研究するイギリス人・アレックスを恋人に持ち、満たされた生活を送っているが、突然大おばが体調を崩してしまう。相続といった生臭い話に直面する主人公。大おばの邸宅も、分割相続の危機に瀕する… 予定調和とあらまほしきオハナシの集合体、ではある。だが、失われゆく日本文化に対する視線が−それは濃厚に悲しみを含むが−感じられて、心動かされる。主人公は椿の精を見たりするが、それを笑ってはいけないし、蔑んでもいけないだろう。なぜならそこには日本の自然のとらえ方が顕れているからだ。やや力に欠けるものの悪い作品ではない。6 いやあ、我が家には、相続する物なんてないからねえ。こういう悩みはありませんわ。それ以前に、両親の面倒は、誰が看るのだろうか。6.5
真夜中のMidnight

西炯子

ミヤは最近意識を失うことが多い。その間はハイド氏のような悪意ある人格に変わってしまうのだ。学園祭の出し物の「若草物語」の練習のさなか、ミヤのもう一つの面=深夜(しんや)が暗躍する。 きわめて流麗な線と現代的な描き方。同人系文化の極みも洗練されきればこうした巨匠たちの一角に地位を占めることができる。オハナシはありきたりなれど、線の魅力はある。7 どうでもいいが、この題名は重複でないかい?それにしても懐かしい瞳の描き方だ。6
ナイトウォリアーズ

いのまたゆう子

横行する「オヤジ狩り」に対抗して、中年たちが立ち上がった。匿名のものからの指示を受け、冴えない中年のおっさんが訓練に励む。そして実行の夜が来た。 線がまだ洗練されていないような気がするが、まあオハナシは面白い。ディスコミュニケーションが世代間抗争を生む、という現状を上手く描いている。もう少し線を練ればよい漫画描きとなろう。6 なーんかだいぶ雑誌の気色と違う気がするんですが。けっこー面白いんだけど、なんか、違うんだよな。6
ねこねこね

小道迷子

仏様が主役の4コマ。 これがこの人の味だからしょうがないのだが、やはりこの人の線はダメだ。ギャグも全然ピンと来ない。3 いや、ねえ。3

<総評>

●吉本 女性漫画の巨匠たちがまだまだ健在であることが分かる。象の墓場としての面が強い「ビッグゴールド」「コミックアルファ」と異なり。また、塩川桐子や下村富美、ある意味西炯子といった特異な絵の才能をもったひとを積極的に載せるのも良い。ダメになった巨匠を切ったせいか?最近非常に盛り上がっている雑誌。先入観なしに是非手に取ってみて欲しい。特に男性。
●久遠 面白いじゃあないですか。「そういうものだ」という先入観を少し持っていたのだが、それはすっきり捨て去るべきであろうな。

<ベスト>

●吉本 山本周五郎の良質な短編。「鬼平犯科帳」のもっとも良くできた一作。そうした時代劇作品の最高の作品に肩を並べている「杜若」にしよう。
●久遠 にゅにゅ?むずかしいなあ。レベル高い物ばかりだなあ。うーん、難しいところを、花戦が鼻差で勝ったことにしましょう。