プチフラワー 2000年5月号

今回からレヴュを山田千里さんにお願いしています。

レヴュ担当 吉本松明
山田千里

残酷な神が支配する

萩尾望都
吉本 心を閉ざすジェルミを前に、グレッグと同じ道を歩き始めるイアン…意外な展開。少しづつあらまほしき「救済」へと向かっていたのだが、その流れを変えようというのか。ここに来てこの展開、相変わらず目が離せない。
山田 あいかわらず、ゆるい螺旋を描きながら少しずつ進んでいく(堕ちていく?)物語はもどかしく、言葉の本来の意味でのサスペンスは堪え難いほどに高まっていく。まるでジェルミの病状のように、良くなるように見えて悪化したりもしている人間関係。イアンの心の闇/病みにこちらも捕われていくような、心象風景と現実が侵蝕しあうような描写。いつ読んでも前回や前々回とそう違わない状況に見えて確実に抜き差しならなくなってるので、読む側も緊張が解けない。
竜を飼いたいお姫様

坂田靖子
吉本 登場する騎士が最後までヘルメットを取らず、アノニマスで間抜けな存在として描かれているのが良い。人を食ってますなあ!もう一工夫欲しい、というのは高望みだろうか。
山田 みんながなりゆきまかせでなんとなくなのが気持ちいい。
君くれなゐに

神坂智子
吉本 「べんがら格子の家」シリーズは、今までは悲惨な境遇を描くことが多かったが、今回は「強い」女性が登場。好きな男の夢をかなえるために家を捨てる、という描写は確かに連ドラ的ではあるものの、今までの悲惨なオハナシに比べればずっと素直に頭に入ってくる。こういう女性は私とソリが合わないことが多いのだが、まぁオハナシだから。
山田 この人の描く人間の顔は時々微妙に気持ち悪くて、それが色気でもある。残酷なまでに激しい情念は得意ですよね。つづきが楽しみ。
産屋の守り

奈知未佐子
吉本 こうまでコンスタントに高いレベルのファンタジイを生み出すのだから感服する。古今東西の「いいオハナシ」の精髄を集めたかのような、心あたたまる童話。下手な勘ぐりも届きませぬわ。
山田 自分の子でもないのに母子を守って死ぬ狐。おとぎ話と自己犠牲の相性がいいのはなぜでしょうか。
時の地平線

諏訪緑
吉本 呉の国で周瑜に出会う孔明。武人としての周瑜のさまを見て、曹操に会うことを決意する孔明…と、オハナシがぐっと動き出している。ボリュームがあるので一気に読めるせいもあるが、きちんとポイントをまとめた構成になっているのが好ましい。三国志ものはムダに長くなる傾向があるのだが、その罠にはまらずに独自の方法を取っているのがよい。
山田 歴史物でかつ男たちの野望もの?なのに、スマートな絵柄が絶妙にマッチしていいですねえ。最近絵がちょっと骨太になってきてませんか?(それがまた色っぽい。)人物に陰がないのが物足りないといえば物足りないかなあ。
グールドを聴きながら

吉野朔実
吉本 10 グールドの「ゴルトベルク変奏曲」(多分最後の録音の方)を通奏低音に描かれる出会いと別れ。破調を旨とする最初の録音ではなく、最後の録音であろうところが読めるところにまずは惹かれる。
少女漫画に必要なのは「繊細さ」と「参照の枝のセンスのよさ」だと痛切に感じさせる。なんとなれば、それこそが登場人物の心理を語るのであるから。そして我々はその結晶様の心のゆらぎに端座することを強いられる。
山田 グールド。「美人なんて退屈」。故障したピアニスト。義父と駆け落ち。なんて「吉野ワールド」なんでしょう。淫猥なまでに漲った、閉じた世界の美しさにちょっと苛立ってしまうけど、このハジけない張りつめ方が吉野朔実の吉野朔実たるゆえんで、誰も彼もがハジけたもん勝ちといわんばかりの昨今、自分の戦略を手放さない姿勢に頭が下がります。願わくばもっと残酷に。
スウィート&ビターレモン

遠藤佳世
吉本 三原ミツカズを思わせる硬質な描線とちょっとドメスティックなオハナシ。ミスマッチではあるが、妙な味が出ていて面白いっちゃ面白い。次はもっと自らの描線に見合ったオハナシを。
山田 ストーリーはなんてことないけど、いま風(死語)の絵柄と、二つのカップルのエピソードを交錯させるザッピング的コマ運びで気持ちよく読ませる。でもほんとストーリーはなんてことない。
おかあさんといっしょ

西炯子
吉本 幼少の頃虐待を受けたために、我が子を虐待しようと試みる母親。しかしどうもうまくいかない…というオハナシ。いきなり重ーいオハナシに気分が暗くなる。しかしコミュニケーションがオハナシの解決の糸口を作り出すので、読者はかなり救われる。短編としての出来は前回と比べると高くないが、ストーリーテリングの上手さは良いと思う。
山田 西炯子も随分変わった。絵柄だけでなく。1ページ目でヒロインが幼児期に虐待を受けたことが説明されているが、ちょっと乱暴すぎないか?難しいテーマを安直に扱い過ぎている気がする。隣の奥さんは昔から西作品に現れる天使的な救済者の役割ですかね。
非情が悲運を招く

名香智子
吉本 案の定生きていたミカエル。だがかれは記憶を失っていた…。この上ないベタベタな展開なのだが、ここでは「そうでなくてはならない」と感じる。ホントの意味でのハイソサイエティな世界背景であるゆえに、リアリティから離れれば離れるほど心地よいものになるのだ。もっとやってくれ!
山田 「シャルトルの人間に手を出して 無事でいられると思うほうがまちがいだ!!」よっ、待ってました!って感じの大見得。こういうマンガは長く続いてほしい。
魔術師さがし

佐藤史生
吉本 10 何故この現代にハイ・ファンタジイ?といぶかっていたのだが、やはり『空談師』でしたか。下手に放っておくととてつもなく薄っぺらになりそうなネタなのだが、張り巡らされた伏線と重層的なオハナシのために、ぐいぐいと引きこまれる。考証としてもそれほど間違ってはいないし。やはりSFですよ、SF!!SF作品という観点から見ても、漫画作品という観点から見ても、強度に面白い作品。次回作も熱烈に期待。
山田 SFの幸せな部分が凝縮されている感じ。電脳と古代がここまで親和するのは絵の力も大きいだろうが、感性の問題という気もする。こういうセンスの持ち主はSF小説界にも少ないのでは。それに教養。素晴らしい。
ちくわぶ・でてくちぶ

小道迷子
吉本 何も言うことはありません。
山田 なんもいうことないなあ。「あたま山」は大好きな話なので、ちっとも膨らんでないのが残念。
オセロ

わたなべえみ
吉本 オセロをめぐって遂に発火する三人のじいさんの関係。口汚い罵りあいと、ふと我に返る描写のコントラストが実に印象的な作品。こうしたホームドラマは実はかなりのアクチュアリテを持っているにもかかわらず(ひぐちアサ『家族のそれから』など)、あまり取り組まれることがない題材である。だがこの人はそれに誠実に取りかかる。良いですなあ。
山田 今回のメンツの中ではちょっと違和感がありますね。絵がすごく達者で安心して読める。でも、イガイガした話なのに、読後に引っ掛かりが少ない。すっきりするということではなく、印象が薄い。おもしろくないわけではないけども華がないというか。

<総評>

吉本 今回も読めること読めること。休刊騒ぎをものともしない作品の高レベルには心底唸らされる。このハイテンションは読み切り作品のレベルの高さに由来するのであろう。ほかの雑誌も見習うべきだと思う。
山田 ヴェテランがハイテンションなので安心して読める。が、この雑誌しか拾わないような新人も読みたいところ。

<ベスト>

吉本 最後の鮮やかな種明かしに驚かされた『魔術師さがし』にしよう。単行本をまたよろしくお願いしますわ。
山田 「残酷な神が支配する」。

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Last-Update: Thursday, 13-Nov-2014 09:16:15 JST