吉本たいまつ個人誌

灰羽連盟を見る

●2002年末に放送された、安倍吉俊原作のアニメ「灰羽連盟」を、詳細に分析しました。ページ数は128ページ、原稿用紙換算で約400枚です。

●ストーリーに沿った解釈を徹底的に行っています。特にラッカとレキの救済について、細かく解釈しています。

●ストーリーに沿った解釈だけでなく、登場するメタファーの解釈も進め、作品が発しているメタメッセージも考えてみました。その中で特に、「罪憑き構造」と、「手をさしのべること」に重点を置き、現在の表現や思想全体における位置づけを考察しました。

●関連が指摘されている、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』との詳細な比較を行い、それを踏まえた上で「灰羽連盟」という作品が示すものはなにか、を考えています。

 

●構成

はじめに

第1章 設定と世界のしくみ

第2章 作品を見る

第3章 村上春樹『世界の終りとハード ボイルド・ワンダーランド』との関係

第4章 救済のプロセス…物語レベルの解読

第5章 メタファー…メタレベルの解読

第6章 「灰羽連盟」の現在的な意味

おわりに

参考文献

 

詳細な目次はこちらをご覧ください。


●内容紹介

5章4節「罪憑き構造」

 そしてこの作品で、最も鮮明に現れ、最もわれわれの現実に突き刺さる力を持っているのが、「罪憑き」である。
 「白書5」によると、罪憑きとは、己で作り出した罪悪感から逃れることができなくなった状態であり、精神の不安定な状態が羽に反映されたものであるという。羽の色が変わるのは、体調が悪くなると顔色が悪くなるようなものであるという。ラッカとレキだけが罪憑きになるのは、前世での状況が、助力者の存在に気づけなくなるほど悪かったためであるとしている。そしてレキの状況が悪くなるのは、様々な助力者がいながら、自らその手をふりほどいてしまったためであるという。これは「公式」の解釈であるが、読み込んでいくと、少し違ったものであるように思える。

 罪憑きの重要な背景になるのは、自分が拠って立つ基盤の揺らぎである。アイデンティティの基礎が揺らぎ、自分をきちんと定位することができないときに、罪憑きは動き出す。それは不安を生み出していくのだから。たとえばラッカは、グリの街に来て以来ずっと、「自分が本当にやりたいことはなんだろうか=自分とはなんなのだろうか」「自分はこれでいいんだろうか」という問いにさいなまれていた。レキにしても、繭の夢を思い出せなかったこと、そして生まれながらに羽が黒かったことから、アイデンティティの基礎は不安定である。そうした不安定状況に、前世での記憶が失われているという欠落が加わる。このことによって、ラッカやレキのような生まれに不安がある灰羽は、より不安定になるのだ。その不安定さは、程度の差はあるだろうが、おそらくどの灰羽も同じだと考えられる。前世の記憶を失うのは、どの灰羽も一緒なのであるから。
 そして罪憑きが本格化するきっかけは、二つあると考えられる。一つめは、自分に罪があると思いこむうち、罪が一人歩きし、罪の原因がどこにあったか見えなくなることである。罪の根源は原理的に隠されている場合もあるだろう。なぜなら、灰羽は例外なく、前世の記憶を失うのであるから。もうひとつは、罪を外部化し、自分には罪がない、悪いのはまわりであると思いこもうとする結果、罪の原因が見えなくなることである。いずれの場合も、自分の意識が罪を離れ、空回りを始めるのである。こうなると、罪の本質が分からないまま、罪悪感が堂々巡りしはじめ、どうやったらそこから抜けられるかが分からなくなってくる。話師は「罪の在処を求めて同じ輪の中を回り続け いつか出口を見失う」(9話)と語っているが、それはこの罪悪感の堂々巡りのことを語っている。
 そして、こうした状況の中では、他者を受け入れる余裕がなくなり、他者が見えなくなる。他者のさしのべた救いの手を、素直に受け入れることもできなくなる。罪悪感は深まるばかりであるので、他者は自分にとって害をなすばかりの存在であるという、疑心暗鬼に駆られる。そこで、自分を守るために、自我境界の壁はどんどん高まることになる。他者とのコミュニケーションもうまく取れなくなる。救いの手を受け入れられないために、解決策は見えにくくなり、罪悪感の堂々巡りはさらに加速することになる。
 なによりよくないのは、罪悪感の重さに耐えかねて、自分自身を偽るようになることである。自分は悪くないと思いこもうとする、罪の外部化にすでにその先触れが現れている。罪悪感が重くなると、それを抱えている自分自身も見たくなくなってしまう。そして解決の希望を、自分とは異なった場所に置いてしまい、自分に向き合うことをやめてしまうのである。

 このように見てみると、罪憑きという状況には、一定の構造があることが見えてくる。

1 アイデンティティの揺らぎによる不安
  ↓
2 罪悪感の発生
  ↓
3 罪の原因の喪失
  ↓
4 罪悪感の堂々巡りの発生
  ↓
5 他者との関係の喪失、コミュニケーションの欠如
  ↓
6 罪悪感のさらなる深化(4へ戻る)
  ↓
7 自分自身をもごまかすようになる

 この連鎖構造を、「罪憑き構造」と呼ぶことにしたい。「罪憑き構造」とは、状況が複合的、かつ構造的に悪化していく、負の連鎖なのだ。そして、この負の連鎖は、どの灰羽でも、そしてどの人間も、陥る可能性がある。灰羽の場合、行き詰まった状況が、目に見えて現れているということなのだ(なのでやはり、灰羽は人間と比べ、救われるべき存在だということがわかるのだが)。

 「罪憑き構造」のなにが問題なのか。状況が構造的に悪化していくこと、解決策を見いだしにくいことといった問題もあるが、もっともやっかいな問題は、他者と距離を取ってしまい、コミュニケーションが成り立たなくなることである。他者と接触すること、他者を自分の自我領域の内側に迎え入れることを、極端に恐れるようになることである。

「怖かったんだ もし心から助けを求めて誰も返事をしてくれなかったら ほんとうにひとりぼっちだとしたら」(13話)

 他者と接することで傷つくのが怖いから、ヤマアラシのようにトゲをまとい、他者を威嚇している。しかし心の底では助けを求めている。だが、自分が背負っているトゲのために、自分が作ってしまった他者との距離のために、それを口に出すことはできない。そしてそうなった理由がどこにあったのかも、もう分からなくなっている。レキは、逃げ道のない、やっかいなダブルバインド状況に陥っているのだ。「ヤマアラシのジレンマ」と近いようだが、「罪悪感の拡大再生産」を複合的に伴っているために、状況はより深刻だといえるだろう。

序章、第1章の内容見本はこちらをどうぞ。


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