つれづれなるマンガ感想文7月前半

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「つれづれなるマンガ感想文」7月後半
一気に下まで行きたい



・「週刊少年チャンピオン」33号(2001、秋田書店)
・「YOUNG キュン!」8月号(2001、コスミックインターナショナル)
・「アイラ」Vol.10(2001、三和出版)
・「新宇宙戦艦ヤマト」(2) 松本零士(2001、小学館)
・「野獣警察」Vol.1 酒池肉林編 西塔紅一、みね武(2001、芳文社)
・「ボボボーボ・ボーボボ」(1) 澤井啓夫(2001、集英社)
・「とっても! ミニモニ。」(1) こやまゆき、原案協力/永野ゆかり(2001、小学館)
・「70年代エロ劇画伝説」ザ・ベスト集(1999、宝島社)
・「ロボット&美少女傑作選 レモン・ピープル1982-1986」(2001、久保書店)
・「ウォー! B組」マガジン・ウォー!8月号増刊(2001、マガジンマガジン)
・「週刊漫画ゴラク」7月20日号(2001、日本文芸社)
・「週刊少年チャンピオン」32号(2001、秋田書店)
・「小学二年生」2月号(2001、小学館)
・マンガにおける「つんく」像についてダレ〜と考える(あと娘。)
・「週刊漫画ゴラク」7月13日号(2001、日本文芸社)
・「なかよし」7月号(2001、講談社)
・「アドリブ王子」(1) あかつきけいいち(2001、白夜書房)






・「週刊少年チャンピオン」33号(2001、秋田書店)

「BM ネクタール」藤澤勇希の第3部が新連載。第2部から7年後。携帯電話やインターネットの物語上のウザさがリセットされた、日本の特定地域そのものがBMに侵された世界を描くらしい。
「スクライド」黒田洋介、戸田泰成は、やはり「ジョジョ」+「地獄地震」と考えてよいのですね。よく「不良」、「漢」が活躍する雑誌としてとらえられる少年チャンピオン、実際そうなのだがこの「不良が主人公の近未来バトルアクション」がある意味伝統芸なのも忘れちゃいけないっス。昔で言うと「魔獣戦士タイガー」とか「魔界都市ハンター」とかそういうたぐい。
「樹海少年ZOO1(ずーいち)」ピエール瀧、漫$画太郎は予想どおり、次週どうなるかがまったくわからない展開だった。いいぞいいぞって感じ。
「虹色ラーメン」馬場民雄はかなりラーメン勝負が楽しみになってきた。盛り上げてます。
「エイケン」松山せいじは、メガネでドジでのろまなエイケンの顧問の女教師が登場。「メガネをとると美人で脱ぐとナイスバディ」らしいが、教師生活12年なのですくなくとも34歳以上だ。それが意図したものかそうでないのか、すげぇロマンだ。
「生命のダイアリー」取材・原作:達山一歩、漫画:小山田いくは、主人公は一時退院するも、交通事故が原因で喘息が再発、また入院することになる。「心因性だと怒られて、そうでないと同情される」というのはあまりにリアルな話だ。恐ろしいことに、病気にも貴賤があるのだ。考えさせられる。次週からいよいよ医療ミス問題に触れるのか!?
(01.0713、滑川)



・「YOUNG キュン!」8月号(2001、コスミックインターナショナル)

成年コミック雑誌。執筆者:毛野楊太郎、あろひろし、あらきあきら、氷純舞、はりけんはんな、B−RIVER、島本晴海、みた森たつや。

「激しい課外授業」毛野楊太郎は、看護婦プレイとか。次回が調教の「仕上げ」らしい。
「さらくーる」みた森たつやはついに最終回。典型的なSFおしかけ的な導入部で始まった本作は、ものすごい大河ドラマとなった。単行本が楽しみ。
(01.0714、滑川)



・「アイラ」Vol.10(2001、三和出版)

成年コミック雑誌。表4がいつも自社の単行本の広告なんですけど、毎回エグいです。レジに持ってって裏返すとまたエロ、という(^^;)。

・「下等教師」 海明寺 裕

学校に、人間に奉仕する奴隷を育成するところらしい「下等科」が存在する世界を描くシリーズ。今回は女性教師が下等科に「異動」となる。このあたりのシステムは「謎」なんだけど、どうもすすんで行く人間となりゆき上行く人間がいるらしい。 今回は犬責め&おむつ。ということで海明寺さんのマンガとしてはたぶん新機軸。

・「シャルロッテの日記」 このどんと

CGと文章を組み合わせた、一種の絵物語みたいなモンですな。わがまま娘のシャルロッテが堕ちていくさまを描く。……というか、作者がホームページで公開しているモノを加筆訂正してリメイクしたんじゃないかと思う。「手が遅い」とふだんすごく苦しんでいる人っぽいので、絵もホームページのモノと同じかな〜と思っていたら(たぶん)描き下ろしでした。
ちなみにシャルロッテってのは、同じ作者の「ま〜めいど☆クライシス」に出てきたお屋敷の女の子が成長した姿らしい。次号に続く。

・「MOVING ON」 栗田勇午

犬とのセックスを夢想して耐えられなくなり、けっきょくヤってしまう少女の話。この女の子のいてもたってもいられない感じが、かなりよく出ていると思う。

・「裏口」 天竺浪人

第2回。息子を責め系セックスの相手に調教しようとする淫乱の母親と、彼女を憎みながらもハマっていく少年。実はこの作者のマンガってちゃんと読むの初めてなんですけど、なんつーかエッチの役割の固定化されてない感じ&母親のガイキチな感じがすごい。

(01.0713、滑川)



・「新宇宙戦艦ヤマト」(2) 松本零士(2001、小学館)

コミックGOTTA連載。宇宙戦艦ヤマトの活躍から1000年間、平和だった宇宙に、新たな恐怖が襲いかかる。古代進の子孫、古代32世をはじめ、旧ヤマトの乗組員の子孫が新宇宙戦艦ヤマトに集結し、新たなる旅立ちがはじまる。
1巻は、しばらくぶりの続編であるというめでたさと(作者がマンガ版の「宇宙戦艦ヤマト」に決して満足していなかったっぽいのは察せられたし)、話を1000年後にするツジツマ合わせの面白さ、またおそらく999やハーロックとの世界観の統合がはかられるであろうことなど、わりとやじうま的に楽しめた内容だったが、この巻では今までさんざん松本作品で指摘されてきた「見開き宇宙地獄」がエンエンと続き、テンションの低さは否定できない(描いているヒト自身のテンションは知らん)。
新ヤマトの「僚艦」として「まほろば」という宇宙戦艦が出てきたところがトピックか。
(01.0712、滑川)



・「野獣警察」Vol.1 酒池肉林編 西塔紅一、みね武(2001、芳文社)

80年代を通じて連載されていたアクション劇画の総集編。コンビニで売ってる単行本サイズのなんというかあの形式。

主人公・日暮掟は私立探偵だが、本職は政財界の大物や悪事で大儲けしている実業家などのスキャンダルを嗅ぎ出しては恐喝して大金をせしめることを生業としている通称「糞蝿(クソバエ)」。彼のセックスと暴力にまみれた生活を描く。……といっても、基本的には正義の味方なんだけどね。大藪春彦的な「悪の魅力」よりはもう少し庶民的というか。

日暮にポルシェ959を売ってくれと頼み込むが断られ、殺人まで犯して恥じない大金持ちに日暮が鉄槌をくだすエピソード「男ロマンの新次元」が顕著なのだが、このシリーズは1回が30ページほどで1話完結のため、前半部徹底的な悪人が出てきて、後半部にそれを日暮が徹底的にやっつけるということの繰り返しである。
しごく単純なのだが、それだけにハマると病みつきになる。
最近は正真正銘の「悪」をリアルに描いたモノか、ちょっとありえないほどの正義の味方を描いたモノしかないような気がするマンガとか映画とか小説。そんな中、ストレートな「偽悪」ってのはかなり魅力的。クダクダしい理屈を付与されることなく、スカッとコンビニ入りで復刻されたのも喜ばしい。

・「野獣警察 ベスト総集編」 西塔紅一、みね武(2001、芳文社)

(01.0712、滑川)



・「ボボボーボ・ボーボボ」(1) 澤井啓夫(2001、集英社)

週刊少年ジャンプ連載。西暦300X年、マルハーゲ帝国の皇帝は国民すべてをボーズにすべく「毛狩り」を開始した。そこに救世主(?)が現れた。その名もボボボーボ・ボーボボ。アフロの怪人である彼の繰り出す拳法「鼻毛真拳」は、皇帝ツル・ツルリーナ4世の野望を砕くことができるのか!? というギャグマンガ。

「土曜にジャンプが買える店」が「K.Oマサトメ」でネタになったとき、何か明確に世代の違いを感じた。「幽遊白書」では、過労死寸前のサラリーマンがプロジェクトを放り出して退社するように「ジャンプパターン」が「まったくやる気のない見開きトーナメント表」によって投げ出され、さらに「すごいよ! マサルさん」ではより洗練されたかたちで「トーナメント」や「バトル編突入」を徹底的にコケにした。この段階で「80年代ジャンプ的なるもの」は完全に1周した。

本作を読んだとき、「もはや『ジャンプ的なるもの』は、1周どころかすでに2週目に来ている……」と思った。
第一「鼻毛真拳」って、すでに「真拳」って付いてる段階でマズいと思うのだが、そのあたりはOKってことになっているらしい。基本設定は完璧に「北斗の拳」+「ドラゴンボール」。
さらにすごいのは、最初から「トーナメント編」とか「バトル編」に非常に突入しづらい構造になっていることだ(掲載誌を最近読んでいないので、もしなっていたらゴメン)。
というのは、まず「鼻毛真拳」はいちおう鼻毛を操る拳法ということになっているのだが、バトルものに不可欠の「一定のルール」がまったくない。途中から必殺技もまったくわけのわからないものになっているし、ボーボボのキャラとしては1巻だけ見るかぎり鼻毛より「アフロの頭がパカッと開いて何かが飛び出してくる」方の印象が強い。
次に、ではまったく筋らしい筋のない「マカロニほうれん荘」的な作品かというと、どうもわずかながら話は「毛狩り隊との戦い」という点では進んでいるらしいのだ。通常、ジャンプのギャグマンガがバトル編に突入する場合、ギャグのハチャメチャさとは違った、いままで語られていなかった「ルール的部分」を顕在化、あるいは新たに設定することでシリアス化していくわけだが(「ターちゃん」とか「ラッキーマン」とか)、ここまでメチャクチャだと、もはやルールの設定のしようがないだろう。
戦いそのものもギャグになっているのだがそこにルールは皆無で、ほとんど強迫神経的に「意味の連鎖」でバトルが成り立っている「ジョジョ」なんかとは好対照というか、バトルの面白さそのものを無意味化しているような印象がある。
まったくすごいヤツが現れたもんだ。衝撃だよ。
(01.0711、滑川)



・「とっても! ミニモニ。」(1) こやまゆき、原案協力/永野ゆかり(2001、小学館)

小学二年生、小学三年生、小学四年生掲載。「小学二年生を買うのがハズい」とか言ってるうちに出た。ンじゃあコレを買うのは恥ずかしくないのかというと、いいんです。「ボボボーボ・ボーボボ」と一緒に買ったから。

番組に「ヤングモーニング」チームとしてアームレスリング対決に出たモーニング娘。の矢口加護は、がんばって優勝。これに気をよくした矢口が、ちっちゃい3人で新ユニット「ミニモニ。」をつくろうと思いつく。国際派を目指し、「ココナッツ娘」のミカを仲間に加えて……。日々がんばるミニモニ。の4人を描く。

冒頭が、「恋のダンスサイト」でフロントに出て「セクシービーム」をやることを命ぜられた矢口が、恥ずかしいながらもプロデューサー・つんくに励まされて見事自己アピールに成功。それに勢いづいて、ミニモニ。結成まで行く。
このくだり、私は矢口の「セクシービーム」エピソードにASAYAN的な何かがあるかどうかも知らないし「公式設定」ではないかもしれないけど、物語の流れとしては非常に自然でよかったと思います(テレビのコメントで「つんくさんにチャンスをもらった」とは矢口本人が言ってはいたんですけども)。

その後は、4人のがんばりやずっこけを描くというかわいらしい内容。ただひとつ、タクな感想書いていいですかー? 私は「ミニモニ。」っていうユニットが、他と違って生成過程から「物語」を積極的に付与されていて、キャラクター化していることは楽しいと思うんですよ。アニメにもなってるし(このアニメはけっこうかわいい。本人たちも声をアテてるようだし。「おはスタ」内でやってる)。
ですんでどうしてもエピソードが虚実皮膜の狭間を漂うことになるんですけど、実際まったく存在しないエピソードを入れるというのはどうなんでしょうか? たとえば「アイボン遅刻で大パニックだぴょん!」の巻では、「おはスタ」初登場する朝に遅刻してしまった加護を待つために、他のメンバー3人がカメラマンと一緒に外に出ていって、公園ロケで歌を歌ったことになってる。けど実際そんなことはなかった(たぶん)ことは、「おはスタ」を見ていればわかることなんで……。
他にも「矢口とケンカした辻と加護が、箱に隠れていたらカギを閉められて出られなくなってしまい、行方のわからなくなった矢口とミカが仕方なく2人でテレビ出演する」というエピソードもあったけど、コレもまったく現実にはなかった話ですよねきっと。
なんつーか、テレビなどのマスコミへの露出部分はそのままで、「こんな裏話があったんだよ」というのを誇張して描くには違和感ないんだけど、まったくない話を出してくるってのは評価の別れるところかも。
もっとも、梶原一騎の自伝的作品「男の星座」だって、力道山と木村政彦の試合で大山倍達がその場で力道山に挑戦してきた、なんてのはまったく100パーセント創作らしいですから、ある意味梶原的と言えるのかもしれんミニモニ。

しかし、私はものすごく荒唐無稽な話は好きで、矢口がテレビ局に住み着くカッコいい幽霊に恋をしてしまう「矢口の恋ははかないのだぴょん!」や、辻と加護が子猫を拾ってきて密かに飼おうとする「動物かわいいぴょん!」なんかはけっこう好きなんですけどね。
(01.0711、滑川)



・「70年代エロ劇画伝説」ザ・ベスト集(1999、宝島社)

70年代のエロ劇画のアンソロジー。羽中ルイ、ひさうちみちお、中島史雄、榊まさる、宮西計三、ダーティ松本、福原秀美、笠間しろう、飯田耕一郎、横山まさみちを収録。
この中には、現在でも現役、もしくは復刻本が出されている人もいるが、アンソロジーがいちばんいろんな作家が読めるかなと思い、かなり前に購入した。

それぞれの作家・作品については、有名な作家陣でもあるし、ほとんどが現在でも読めるので直接読んでもらうとして、「70年代エロ劇画」の隆盛やその時代背景などが、よく知らないだけに非常に興味深かった。
70年代中盤以降のサブカルチャーブームに乗って、「エロさえ出てくれば何を描いてもいい」という方針のもと、自販機という限られた販売ルートで、累計500万部も売っていたというのだから驚きだ。当時、エロメディアといったら劇画以外にはロマンポルノくらいしかなかったことを考慮に入れても、すごい数である。

さらに私のようにリアルタイムを知らない人間にとって不思議なのは、80年代半ばぐらいまでにこれら「エロ劇画」のブームが終息し、パラダイム変換と言ってもいいくらいに絵柄もフォーマットも変化した「美少女マンガ」が勃興してくることだ。

同じことを何度も書くようだが、70年代後半には「宇宙戦艦ヤマト」、「スター・ウォーズ」、「機動戦士ガンダム」といったオタクムーヴメントの元になる作品が生まれてきている。それは「美少女マンガ」の基盤ともいえる「アニメ絵」の元ともなっているのだが、そうすると「70年代エロ劇画」が終息に向かっていく頃、「アニメ絵美少女マンガ」が準備されつつ同時期に存在していたということになり、こうした70年代から80年代への移り変わりは、自分の青春時代だったことを割り引いてもおそらく80年代から90年代への変化とは比較にならないほど激しい。

まあこの頃、通してエロ劇画→美少女マンガを読み続けていた人には不思議でもなんでもないのかもしれないが……私にとってはいまだに最大のナゾのひとつなんです。
(01.0710、滑川)



・「ロボット&美少女傑作選 レモン・ピープル1982-1986」(2001、久保書店)

美少女マンガ誌「レモン・ピープル」から、「ロボットと美少女」をテーマに描かれた80年代作品を集めたアンソロジー。阿乱霊、ちみもりを、御茶漬海苔、竜騎兵、あさりよしとお、MEIMU、中山たろう、美衣暁、板野一郎、池田一成、あぽ、を収録。 「70年代エロ劇画伝説」ザ・ベスト集(1999、宝島社)と合わせて読むと、同じエロが主体(レモン・ピープルの場合は必ずしも全面に出ているわけではないが)でもわずか3、4年ほどで、これほどまでにスタイルが変化してしまうということに驚きを感じる(むろん、82年以降もエロ劇画誌はかなりの数あっただろうが)。

現在でもそうだが、80年代当時でも「少年サンデー」の投稿コーナーに「巨大ロボットモノはマンガには向きません」ということがこんこんじゅんじゅんと書かれていたことを覚えている。……ということは、逆にいえばそれだけ巨大ロボものを描いてくる人間が多かったということにもなるだろう。週に巨大ロボアニメが7本前後放映されていたあの頃、ロボを描きたいと思うのは当然の欲望だったといえるが、それはおそらく同人誌や、美少女マンガ誌などのマイナー領域にとどまっていた。とどまっていたけど存在した。ということなのだろうと思う。

この頃の「美少女マンガ」は、本当に美少女やメカを愛でたいがためにワンエピソードを切り取ったような、プロモーションビデオ的なというか、アニメのワンシーンを追体験するために描かれたような作品が非常に多かった(本書にもそういうテイストの作品が何本かある)。70年代エロ劇画が、短いページ数の中に情念や社会性を盛り込んだことに対する反動のように、そういうのが多かったのだ。
もうひとつは、……こんなこと書いていいかどうかわからないが、エロ劇画に比べると読みやすさが低下したと言わざるを得ない作品も商業誌に多く掲載されていた。中には現在プロフェッショナルな読みやすさを身につけ売れている作家もいるので、単に実力不足のままデビューしたのか、それとも何か時代の要請だったのかはわからん(SF的設定を導入するとわかりにくくなるというネックは確かにあった)。
しかし、そうした読みにくさも含めた「過剰さ」を通過しなければ、おそらく現在のちょっとマニアが好きそうなマンガはいっさい存在しなかったということは言っていいと思う。当時の評価としては「そこには何もない」というものと「何かが起こるかもしれない」というものと双方があった。あれから15年くらい経ったけど、本当に何もなかったのか、あるいは何かが起こったのかは、読んだ人が判断するっていうことですかねェ。無難なまとめ方ですが。
(01.0710、滑川)



・「ウォー! B組」マガジン・ウォー!8月号増刊(2001、マガジンマガジン)

エッチ寄りグラビア雑誌。巻頭は曲山えり。「きょくやま」だそうです。余談だが周防某とか、最初「しゅうぼう」だと思ったら「すおう」だった。覚えにくいっス。

「パチ漫」かわかずおは、「ふたりのエッチは奇妙な冒険」
要するに、「ふたりエッチ」の女の子キャラと、ジョジョ(初代)がHする話です〜。

「変丸NEWS」町野変丸のテーマは「キャビアが輸入禁止に!?」。もういい意味でメタクソくだらなくってウットリするマンガでした。
(01.0709、滑川)



・「週刊漫画ゴラク」7月20日号(2001、日本文芸社)

「銀牙伝説WEED」高橋よしひろは、新犬キャラ登場の気配。巻中カラーの付録(?)「銀牙伝説ウィード・カレンダー」の、疾駆する犬たちのイラストがカワイイ。
「食キング」土山しげるは、仙台でのピザ対決を続けてる。「牛タンピザ」の対抗策が明らかになった。ハッタリのきかせ具合、仙台ピザ戦争を本当の合戦に見立てた雰囲気など、わたし好みになってきました。
新シリーズが「ニッポン職人列伝」本庄敬。毎回、特定の職人の苦労などを読みきりで描くシリーズらしい。今回は「和の竿」。要するに釣り竿をつくる職人の話。

以下は本編とはカンケイない余談だけれども、職人モノはずいぶん前から根強く流行っている。しかし、職人とサラリーマンはその成立自体が相反するものだ。学校教育と職人教育も同じ。芸術と工芸も違うモノだ。しかしもうずっと前から、いろんなところで「いいとこどり」が行われている。バカ正直って言われるかもしれないけど、それは矛盾だと思う。学校教育およびその延長線上にある会社社会と職人の社会は、本質的に矛盾している。
もうひとつは職人の独立幻想、永続性に対する幻想。こちらは高度成長期、大量生産方式がセンセーショナルな頃にはマンガなどでもよく語られたが……(大規模チェーンに対抗する老舗の小さい店、などの図式は現在ほとんど図式化されている。しかし、任侠映画で「超ナワバリ的新興やくざ」が常に悪玉で、地元に密着している小さな一家が善玉だったことなどを考え合わせると、ものすごく大きな時代の流れだったはずなのだ)。
生産システムから見れば、職人も歯車のひとつにすぎないことを、忘れている人は多い。
もっとも、「職人系」の読者が多いであろう本誌では、矛盾はないと思うんだけどね。
(01.0709、滑川)



・「週刊少年チャンピオン」32号(2001、秋田書店)

おれにとってマンガ雑誌とは、決して読者としての自分の意見が反映されないものであり、何か自分にとってはカンケイのない論理で動いているモノである。つまり、恒常的に半分あきらめた状態で読まざるをえない。これはもう80年代からずっとそうです。オトナになってオトナの事情がわかってからも、なおさらフラストレーションが溜まったりしてます。そんな中から「おれ好み」のものを探し出す作業が、当HPのようなもんです。

そんな日々、ほとんど宝くじにでも当たるように、見上げた空の雲がたまたまソフトクリームのかたちになるように、自分好みの布陣になることがある。最近のチャンピオンがソレ。

近未来バトルアクションとして「スクライド」黒田洋介、戸田泰成が連載され、次週には「BM ネクタール」藤澤勇希の第3部が開始。「樹海少年ZOO1(ずーいち)」ピエール瀧、漫$画太郎はあいかわらずの壮絶なコピーワークと「冒険まんが」と銘打っていて内容はただひたすらに花粉症の少年がくしゃみを繰り返すだけという凄まじいマンガ。
「虹色ラーメン」馬場民雄は料理マンガとしての一定レベルを保っていると思うし、妙な美少女マンガ的配慮もスパイスになってる。
「バキ」板垣恵介は私の半分はずれた予想の部分が強大化してエピソードを一本つくりそうだし、美少女系ではでじこ「しゅーまっは」伯林「ななか6/17」八神健で止めておけばいいものを、「エイケン」松山せいじまで載せてしまう過剰さ。余談だけどこういうタイプのマンガって、きちんとした「感想」を聞く機会ってほとんどないはずなんだけど、ネットでやたら流れているというのはイマ風のできごとだなあと思いました。
「生命のダイアリー」取材・原作:達山一歩、漫画:小山田いくは、やはり謎の病気に苦しめられる主人公。病気やケガで何かを断念したことがある人は、けっこう共感できるのはないかと思う。
「がんばれ酢めし疑獄!!」施川ユウキは、「ウチの犬」って4コマがものすごく面白いと思いました。
(01.0708、滑川)



・「小学二年生」2月号(2001、小学館)

オタク第一世代は、特撮ドラマの情報が「TVマガジン」や「冒険王」などでしかなかったため、それら小学校低学年向けの雑誌を高校・大学生時に購読していたという。今もそういうファンはいると思うけど、昔は現在とは時代状況がぜんぜん違う。そうとうに勇気がいっただろうし、またソレがなければ現在のブーム、あるいは定着は無かったものと思われる。

なぜそんなことを考えたかというと、「小学二年生」を買うのが恥ずかしかったのよ。もう二度とできん。だから私が第一世代だったら、とっくにザセツしていたと思う。こんなホームページ的なものをつくることもなかっただろう。ジョークでも何でもなく、先人の偉さを思う。
そんな私も、半年近く前の雑誌のレビューなんかを書くほど(別の意味で)ズーズーしくなっちまった。

「とっても! ミニモニ。」こやまゆきは、この号から新連載。マンガにおける「つんく」像についてダレ〜と考える(あと娘。)を参照。
当然ながら(?)、ポケモンゾイドリンクの冒険などのコミカライズがある。「ポケモンえにっき ポケモンじまのなかまたち」ふくやまけいこだ〜。
「とつげきレディさま!」ノダルミコは、どうも毎回いろんなところに出向いて取材して描いているらしい。今月号は、風船をねじって犬をつくったりする大道芸のやり方。
「クラリン」犬丸りん、Vi−SHOPってのは、マンガじゃなくてクラゲの「クラリン」が出てきていろいろする絵物語の一種。絵じゃなくて粘土細工。
「タタミちゃんとあさりちゃん」室山まゆみは、小学二年生向けにタタミとあさりが小さくなって登場。たぶんタタミが二年生、子供っぽい幼稚園生のあさりに手を焼く。
「ちょっとだけ・マーメイド」のぞみえるつきよ、たちばな未真は、この号から新連載。手描きのタロットカードで占いをしているお貧乏な女の子・みおが、なぜか人魚に変身……。占いコーナーもついているが、小さい子向けにタロット占いというより、もうちょっと簡単な方法だった。
「ドリーミングエンジェル ジェニー」たなべきよみは、今月号が最終回。
タカラのお人形「ジェニー」とのタイアップ作品。友達を助けようとして顔にけがをしてしまったジェニーは、パリコレへの出演を断られてしまう。「自分の管理もできないモデルはダメ」とある意味正論をかます超一流デザイナーのジャンヌ・レネ。そこで友達みんなで談判に行く。ジェニーに助けてもらったアンジェリーも頼み込む。
普通はここらへんで折れるのだが、ジャンヌは折れない。どうなるのかと思ったら、「ショーはかんぺきでなければならない」と言うジャンヌに対し、ジェニー自身が「かんぺきな人しか着られない服なんて、おかしい!」と持論を展開、さらに自己アピール。ぜんぶ自分で解決した強引な結末だった。まあ7ページしかないからしょうがないんだけど。おれはこういうの好き。
「ドラえもんのおもしろ勉強室」岸本祐史、山路良子、たかや健二は、なんつーか学習マンガですね。作画のたかや氏は、プラモデルマンガ「3D甲子園プラコン大作」の作者。
「スペシャルクイズまんが名探偵コナン」青山剛昌、松田辰彦は、推理クイズというより間違い探しとかそういうのに近いクイズマンガ。
(01.0707、滑川)



・マンガにおける「つんく」像についてダレ〜と考える(あと娘。)

つんくその1

いや〜暑いですな。こんなときは、天井の木目でも見ながらボ〜ッとどうでもいいことを考えているにかぎります。

さて、そのものすごいサクセスっぷりで若い世代に憧れられ、ほぼ同世代には熱い嫉妬を買っているつんく氏。当然企画モノのマンガとか出ますわな。一時期、タレントの実録モノとか控えめに追っていたことがあるワタクシ、ヤングジャンプの「広末涼子物語」とか「鈴木あみ物語」などを読んで、どう評したらいいかわからずそのままンなっている。
まあこのテの作品は、登場人物があまりに年齢が若くラッキー要素が強いためマンガにしにくいようで、一般人ならば米粒みたいにささいなエピソードを拡大して積み重ねていくことによって、ドデカいサクセスという結末(当人にとっちゃ「結末」どころか通過点なわけだが。その後の鈴木あみのように)を読者にナットクさせるというモノであった。
さて、どうせそんなシロモノだろうとタカをくくって、買ったまま積ん読になっていた「週刊少年マガジン」17号(1998、講談社)における「スター恋愛伝 シャ乱Qつんく」を読んでみたら、なんとリアルタイムのサクセスを描く伝記的なものではなく、つんくの中学時代の恋愛話だった。
余談だがこの雑誌、ページをめくると「ヤングマガジンアッパーズ」の宣伝のための松本恵(現在すでに独立騒ぎのモメ事で引退)、記事も今は亡き「アンディ・フグ1日密着取材」など、わずか2年ちょっとで時の流れを、そして己の変化のなさを感じさせてくれてちょっと心が痛い。
そして本作のつんくも「シャ乱Qのつんく」であり、音楽プロデューサーとしての現在のイメージはそれほど強調されてはいない。

この中に出てくるのは、ビッグ・トゥモロウ的な発言を繰り返す男が、ビッグ・トゥモロウ的な恋愛をしていたというつんく像である。「好きな彼女のために勉強も陸上もがんばり続ける」というエピソードは、……まあ陳腐な言い方だが少年マガジンのアッパー系要素と、ラブコメ的要素の混交である。
つんくの顔はたいして似せて描かれてはいないが、あくまでも「サクセスにつながる恋愛」が主眼なので似てる似てないはほとんど関係ないのだろう。

つんくその2

さて、次に出てくるのが「なかよし」7月号(2001、講談社)の連載「娘。物語」神崎裕、ストーリー:田中利花に出てくるつんくだ。正統派アイドル実録マンガである本作では、当然彼の担う役割はスポーツマンガにおける監督とかコーチ的な部分である。顔の造作については、実在の男性を違和感なく登場させることがむずかしい少女マンガ的絵柄で、苦労しながらも作者がガンバっているように見える。
内容的には、悪人がだれ一人存在せず励まし合うモー娘。像に感動するもよし、邪悪な勘ぐりを見せるもよし。……っていうか、まあ対象読者であるコドモはそんなこと考えてないだろうけど。

石川梨華

この作者の描くモー娘。メンバーは、けっこう似てると思う。しかしだ、石川梨華だけなんか似てない……。もっとも正統派美少女なんだから、他のメンバーの顔の差別化に比べればラクな気もするが……。「だったらおまえが描いてみろ」って言われたら描けないんで、これでこの話題はおしまい。

つんくその3

最後に、「小学二年生」2月号(2001、小学館)「とっても! ミニモニ。」こやまゆき。矢口の発案で、ちっちゃいメンバーばかり集めた新ユニット「ミニモニ。」を成功させようとする辻、加護、ミカ。「じゃんけんぴょん」を1時間で覚えたら、CDデビューさせてくれると言い出すつんく……。顔的にはまるっきり若い。けどまあ、この人の描く男性はおはスタの「やまちゃん」ですら二十代みたいな感じなのでいいんですこれで。

ところで、「データベース型」といった観点から物事の価値がすべて平板化して物語性が失われ、モーニング娘。にも物語がないと断じる意見があるが、個人的には逆だと思う。モー娘。はやや過剰ですらある、オールドスクールな物語を背負っているアイドル。それは「ミニモニ。」が、矢口の発案で結成されたという「設定」からも明らかだ。

ミニモニ

おそらく「モーニング娘。」を最初につくったときにはプロデューサーの頭には「おニャン子」のイメージが強烈にあったのだと思うが(私もエピゴーネンにすぎないと思ってたし)、その後は明確に違ってきていて、ひとつはイベントひとつひとつにいちおう物語を付与していること、もうひとつはメンバーのプロ意識(あるいはプロ意識があるように見える)ということだろうと思う。

本作では、矢口が結成した「ミニモニ。」ががんばってメジャーになるまでを描いている……のだと思う。だってその後読んでないもん。さすがの私も、小学二年生を毎月買うことはできなかったよ!
近所の本屋で買ったらさすがに不審がられてしまい、それ以後買ってません。絵柄的にはとくに矢口が若いですね。まあ読むのは小学二年生だからね。18歳と13歳の違いまで描き分ける必要はナッシングだよね。……と、最後はつんくとは関係なく終わる。

(01.0706、滑川)



・「週刊漫画ゴラク」7月13日号(2001、日本文芸社)

「3年B組金バッチ先生」土光てつみは、食い詰めた組のために教師になったやくざの話。何度も書くようで恐縮だが、このヒトの描く女の人はいつの間にこんなに恐い顔になったのだろう。
「特攻会社員」古沢優は、ヤンキーが派遣社員になって騒動を起こす話。ゴルフ場建設問題がからんでくるんだけど、このテのことって(私が)全然門外漢だから面白かった。
「美悪の華」倉科遼、檜垣憲朗は、野望のためには冷酷で何でもする男のピカレスク・ロマン。毎回時事ネタが微妙にからんできていて、今回は両親と事務所がモメて引退寸前に追い込まれた「斉木ゆみ」を財界の大物かなんかに愛人として捧げようとする話。
「食キング」土山しげるは、仙台でのピザ対決。「牛タンピザ」(←ホントにうまそうじゃない?)に対する対抗策が次週に。
(01.0705、滑川)



・「なかよし」7月号(2001、講談社)

思うところあって購入したのだが、今現在、少女誌・幼年誌は私が買うのにもっとも恥ずかしいものと判明。本屋に対してまったく大義名分がないというか……。いまだに独り身で当然コドモもいないことが、すごいプレッシャーとなって襲いかかる。付いてるふろくもどうしたものやら……。
毎月3日発売らしいので、今月号(8月号)はすでに売っているはずです。

「うるきゅー」秋元奈美は、まあ簡単に言えば「ムネキュン惚れたハレたマンガ」。本誌は、80パーセントをこのテのマンガが占める(少女誌だから当たり前だが)。ヒロインのライバルが、「地黒でナイスバディでめがねっ娘」というのが少し珍しいか。絵柄ではそうは見えないのだけれど。
「娘。物語」神崎裕、ストーリー:田中利花は、「モーニング娘。」の実録アイドルマンガ。コレについては後述したい。
「わんころべえ」あべゆりこは、ファンシー4コマ。なんと私が小学生の頃からやっている! ……としたら、25年近く続いていることになるぞ。どういうことなんだ……。前述の「うるきゅー」もそうだが、とがったアゴの線が強調されて書き文字もカナクギ流だったりする昨今の少女マンガと比べると、そのノリの違いが明らかで興味深い。
同誌でやっている同じカワイイ系マンガの「どこでもハムスター」猫部ねこや、今月で最終回の「ムーぽん」かなしろにゃんこなどの、「丸みをおびたかわいさの中にシャープさがある」描線と比べても、わびさびを感じることができる。
古参、ということで言えば「も〜っと! おジャ魔女どれみ」東堂いづみ、たかなし▼しずえ(▼はハートマークの代用)の、たかなし▼しずえも超古参。私が小学校3年くらいからマンガ家やってる。そして同じ雑誌に描いている。これ以上ない丸っこい描線、のんび〜りしたストーリーなど、変わってないよたかなし先生……(懐古)。登場人物の髪の毛の色をまったく塗らないのも、「おはようスパンク」時代はわりとフツーの処理に思えたが、アニメのコミカライズである本作ではアバンギャルドな印象すら受ける。
しかも中身はシュークリームのつくり方がメインのストーリーだった……。
「おとなにナッツ」フクシマハルカは、ふしぎなナッツを食べることでナイスバディな大人の女に変身してしまう小学生・川島夏海を描く。でっかいおめめと、とがったアゴがイマドキの少女マンガっぽい。「なかよし」は「戦隊モノ系」の「東京ミュウミュウ」征海未亜、シナリオ/吉田玲子や「魔法少女系」の「電脳少女☆Mink」立川恵、さらに「金田一少年」系の推理モノだと思われる「十二宮でつかまえて」安藤なつみにも変身の要素が加えられている。さらにさらには「夢見なサイキック!」水上航は超能力モノ。「だぁ! だぁ! だぁ!」川村美香は宇宙人モノなんだよね。主にファンタジーな設定が全面に出ているマンガで統一されている印象を受ける。
「みるくSHAKE!」恵月ひまわりは、手芸大好きな女の子が雑貨屋さんを開くことになるという「お店やさんをやりたい」という少女の夢をかなえるマンガ。この「お店やさん」という発想も、前述の「も〜っと! おジャ魔女どれみ」のMAHO堂や、「東京ミュウミュウ」で登場人物がみんなカフェのバイトをしているところをみると、雑誌全体で強く押しているように思える。
「ODAIBAラブサバイバル」白沢まりも、原作/小林深雪は、巻頭の「うるきゅー」系統の惚れたハレたマンガ。こういうのを読むときの、おれが感じる絶対的な隔絶感をわかってもらえるだろうか? ほとんどハル・クレメントの「重力の使命」を読んでいるようなSF感覚にとらわれる。
そしてきわめつけ、私のようなヤローなら脳味噌の裏の部分がこそばゆくなって仕方がないのが「恋愛向上委員会 ジューシィフルーツ」有沢遼、恋愛向上委員会だ。要するに読者から「恋ばな」のハガキを応募して、それをマンガで答えているわけね。今月は「(好きな男の子に対する)はずかしい体験」を募集しているんだけど、それが「アイーンやってるところを見られた」「間違えて『お母さん』って呼んじゃった」「くつ下に穴が開いていた」、とかなんかそういうのなんですよ。
ううう……。なんか恥ずかしすぎる。これを読んでるおれが恥ずかしすぎるよ。
(01.0704、滑川)



・「アドリブ王子」(1) あかつきけいいち(2001、白夜書房)

「パチスロイベント攻略マンガ」。毎度断り書きしてるんですが、私はパチスロに詳しくありません。すいません。

本作は、けっこう売れているらしく1カ月もしないうちに2刷している。内容は、顔がガルマ様(もちろんガンダムの)にソックリの通称・王子が、傲慢で自信満々な態度をひけらかしつつ「アドリブ」(よくわからんがどうも「カン」のことらしい。「立ち回りの一環」と説明がある)で常勝するさまを描いたもの。

マンガとしては、王子の子分的存在のホクロ、元外資系企業のサラリーマンだったが、やめてスロ屋になったお菓子好きのおかし、予備校生のギンブチなどキャラクターがいろいろ出てくるし、何より「ただのカン」の部分を「アドリブ」と言いきり、なんか攻略法の一環みたいに位置づけているところ、それを自信タップリに行う王子の振る舞いに爽快感があるのかもしれん。

「アドリブ」はあくまでも「カン」のため、ニュータイプにインスピレーションが入るみたいな描写がときどき出てくる。もしかして王子の造形がガルマ様になったのはそのせいなのだろうか。「ガンダムエース」とともに読んで、ガルマ様の弔い合戦を!(意味不明……)
(01.0702、滑川)

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