つれづれなるマンガ感想文5月前半

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「つれづれなるマンガ感想文」5月後半
一気に下まで行きたい



・「コミックまぁるまん」5月号(2004、ぶんか社)
・「コミックまぁるまん」6月号(2004、ぶんか社)
【雑記その6】うたばんの中居批判、とんねるずの特異性
【雑記その5】風邪、スパーク、岡女合唱部
【雑記その4】「シブスタ」その後
・「ハロー! モーニング。」補足
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
【雑記その3】速度が問題なのね、「超星神グランセイザーヒロインズ SAZER★VISUAL」
【ライブ】「モーニング娘。CONCERT TOUR 2004 春」(昼公演) その2
【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)
【テレビ】・「なっち&やぐっち in コメフェス2004!」(2004、フジテレビ)
【ライブ】「モーニング娘。CONCERT TOUR 2004 春 〜The best of Japan〜」(昼公演) 於:さいたまスーパーアリーナ
【映画】「キャノンボール」 監督:ハル・ニーダム(1981、米)
【雑記その2】「井狩春男のヘア・ヌード完全カタログ」、松屋のカレーを激賞する男他
【雑記】卓球少女偽愛ちゃん伝






・「コミックまぁるまん」5月号(2004、ぶんか社)

グラビア&成年マンガ誌。もうずいぶん前に出ました。すいません、もう売ってません。巻頭グラビアは川村ゆきえ、矢吹春奈。

矢野健太郎「アキれちゃダメですゥ」第四話「下(シモ)のお世話は基本ですゥの巻」。今回は、ヒロインのエッチ大好きでちょっと足りない巨乳美少女・アキがナースとして登場。
「入院してナースとあんなことやこんなことを……」と妄想していたサラリーマン・板原が腹痛で入院。夜中にどうにもこうにも腹が痛くなり、ナースコールもまともに押せないところにアキが登場。腹が痛いっつーのにHを仕掛けてくる。

これは作者の名人芸。「腹が痛くてそれどころじゃない」のにしっかりアキの言いなりになってしまう板原くんの心理状態が面白い。
それと、本作はHコメディにありがちな「ヒロインがいろんな職業を転々とする」パターンなんだが、どうもこの病院が繰り返し出てくるところがギャグになっているらしい。アキと関わっていい目にも会ったがヒドい目にも会った人たちが、この病院の外科病棟にみんな入院しているという設定になっているところがひと味違う。

同誌に比較的長く連載しているらしい同趣向のマンガ、白虎丸「ワクワクだいすき!」との差別化の意味もあるのかもしれない。

徳光康之「握手戦記 握手ボンバー」第3回「GカップのGはガンプラのG」
毎回、アイドルの握手会に行くというレポートマンガなのだが、そこは徳光康之、単なる企画モノに終わらせず自分の作品として成立させてしまっている。

しかも今回はガンプラ大好きアイドル、類家明日香!!公式プロフィル類家明日香その1類家明日香その2(←はてなダイアリー - シェルター)、写真集「乳しぼり教室」発売イベント類家明日香インタビュー写真集「乳しぼり教室」って何???

握手会のときまでに、ガンプラを作ってプレゼントしようとする徳光氏。

「翌昼 完成

ノイエ・アッザム

説明しよう ノイエ・アッザムとは
アッザムの上部にノイエ・ジールを搭載することで

アッザムのミノフスキー・クラフトとノイエ・ジールの大推力スラスターによって
地球上での高機動性を獲得したノイエ・ジール つまり

陸戦型ノイエ・ジールなのだ
まさにジオンの精神が大地に立ったMAなのだ

なおノイエ・アッザムは
徳光個人の妄想であり
機動戦士ガンダムならびに宇宙世紀史には
なんら関係ありません」
(以上、文中より引用)

しかし、握手するために並んでいる最中に悩み出す徳光氏(右図版参照)。このあたりの懊悩はまさしく徳光節。

まあけっきょくノイエ・アッザムがどうなったかは、あまりにネタバレになるので置いておくとして、類家明日香はたぶんガンダムのストーリーのこととか知らないと思う。
で、ここでやれ薄いだの何だのと文句を垂れる人もいると思うんですが、それじゃレポマンガにならないし、どこかに着地点を見出すことは必要だろう。

というわけで、めでたく類家は「ドム好き」ということで物語はそこに帰結するのであった。

「生まれて初めてドム好きの女のコと握手」っていうのは、いい結末だと思いましたよ。

さて、山桜桃(ゆすら)「シースルーエレベーターガール」は読みきり。彼氏のエッチな露出プレイにつき合わされる美人エレガの話。ラストのプレイが中途半端なまま終わったのが個人的にはちょっと。出てくる女の子は色っぽい。

毎月21日発売。
(04.0515)



・「コミックまぁるまん」6月号(2004、ぶんか社)

グラビア&成年マンガ誌。これももう出てからずいぶん経つので、もう売っていない可能性が高いです。すいません。小倉優子スペシャル号。

矢野健太郎「アキれちゃダメですゥ」第五話「何回でもご利用下さいですゥの巻」。今回はアキがエレガとして登場。言うまでもなく、今回はエレベーターのお客さんとのH。
オチがまた病院になっているところが笑えます。

天城もん「洋館物語」は、ちょっと80年代初期ロリコンマンガっぽい幻想譚。

白虎丸「ワクワクだいすき!」はバドガールネタ。

徳光康之「握手戦記 握手ボンバー」第4回「アイドルの大海の中で」
g☆girl Festa 2004 springのレポート。アイドルがたくさんいる中でのお祭り状態のハイテンション。

7月号は、今月21日発売。
(04.0515)


【雑記その6】うたばんの中居批判、とんねるずの特異性

いやー、「うたばん」、ひさしぶりに見たけどホント中居くんって好きじゃないわ。

石橋が友達感覚でゲストに接するとか、わざと下げることが逆に歓待の表現になってるとか、そういうのは理解できるし、この番組が始まった頃から、「とんねるず」というくくりで歌番組するよりはいいとは思ってたけど、ホント中居くんは余計。
「ヤワラちゃん」って「ちゃん」付けるくらいに中居くんの「くん」は屈辱。

今回のW(ダブルユー)の扱い見てますますそう思いましたよ。

加護の辻に対する発言、「男の人はこういう気分なのかって思った。なんかその人を幸せにしてやろう! って思った」とか、拾うべき発言をさんざん流してるしよー。babeのワキ毛エピソードなんて超どうでもいいんだよ!!
後は中居の役割って、「歌がヘタなゲストに対するフォロー」か、「ジャニーズがゲストに来たときの先輩ヅラ」しかないわけでしょう?

ゲストの「安田大サーカス」を石橋が本当に気に入っているとしたら、それはすごくよくわかる。
なんか体育会芸だから。
まだ2、3回しか見たことないんだけど、でも昔とんねるずがオールナイトフジでやってたコーナーとか、「たけし軍団」のガンバルマンとかと違うのは、番組中でも指摘されてたけど団長がスゴイ不安そうなところだろうなあ。
あそこになんか、文化系的な苦悩を感じて好きだね。

で、中居がいかにダメかの話に戻るが、「とんねるず」っていくら考えても空前絶後のコンビなんだよなあ。好き嫌いとかいい悪いは別にして。
だって、漫才やコントの基本も勉強せず(たぶんしてない)、師匠も持たず(たぶん)、小劇団系でもなく、どこまでも素人芸で引っ張ってあれだけメジャーになったのってとんねるずだけでしょう。
あと(ものすごい初期の)生成過程としては大川興業とかも近いのかな。

何にしても、今のお笑いブームと比較しても、あれだけ素人っぽい人って他にいないもん。
まあ強いてあげるなら「なかやまきんに君」とかが近いかなあ。あと「あばれヌンチャク」と「江戸むらさき」。でもシロウト度としてはデビュー当時のとんねるずの方が断然上だし、シロウト度としてとんねるず以上の「グレチキ」っていうのもいるけど、とんねるずは高校生、大学生の男子にもウケてたからね。

まあだから、もともと何もない人なんで、ゲストにどんな接し方をしても許されるわけだよ。要するに部外者だから。CD出しても紅白出ても、そこはそういうポジションだから。
だけど、中居はアイドルだから。SMAPの限界がそこに出ている。どうひっくり返っても実績のあるアイドルだからね。アイドルっていうのはシード選手みたいなのもだし、だからこそ「てめえ何様だよ」とか思うでしょ見てて。思わないでしょうか。
アイドルコントが絶対に本当のコントに近づけないのと一緒で。「アイドル」を起用しているだけで、それがひとつのシチュエーションに成り得ているわけだから。

なんか前も同じこと書いたような気がするけど、「うたばん」観るたびに思うんだよな。
それと、「うたばん」そのものの限界も感じていて、安田大サーカス、面白いけどとりあえずダブルユーに何の関係もない。あんなに関係のないことしていいんだったら、何でもありになっちゃう。

っつーかまあ、もともとそんなに歌番組として好きじゃないんだよね「うたばん」って。
どういう製作工程になってるのかわかんないけど、TBSなのに、スゴイ80年代後半のフジテレビの匂いがするしさあ。

あ、そうそう、石橋がこの間、何チャンネルか忘れたけどアメリカまで行って大リーグのレポートをやっていて、日本人大リーガーへのおみやげとして、テレビゲームだとか日本のマンガ雑誌などを持ってきていた。
で、その中に和菓子の折り詰めが含まれてて、それを「○○で買いました」って言った。その「○○」が、その放送局のすぐ近くの和菓子屋だそうで、中継してるスタジオでは笑いが起こってたけど、そんなの見ている方はわからない、といういつものギョーカイギャグ。

で、突然思い出したんだけど、コレって「とんねるず」が秋元康と組み出して、なんかそういうバックの力というか、「明らかに内輪受けしてくれるだろう」って前提に始めたわけじゃないんだよね確か。
その前からやってた。石橋のギョーカイ芸って、今でこそ「石橋」というネームバリューでムリヤリ納得させてしまうようなところがあるけど、無名時代からやってんだよな。
ちょっと記憶を辿ってるだけだから確証はないが、少なくとも「わかる人にしかわからないギャグ」を無名時代からやってたね。「ビヨン・ボルグのまね」とか。

それで、ウケないといつも不機嫌で、半ギレ状態だった。それを木梨があきらめ顔で見ているみたいな、そんな感じ。

だから、デビュー当時から売れないで現在まで来たら、「カンニング」をもっとイヤ〜な感じにした芸風になってたと思う。

ああ、今日もどうでもいいこと書いた。

おわり。
(04.0514)


【雑記その5】風邪、スパーク、岡女合唱部

風邪ひいて死んでました。実は、体調が悪い場合はほとんどサイトに書かないことにしています。なぜなら、「身体が弱い」とか「自己管理ができてない」とかいうイメージがつくのがイヤだから。あと「自己責任」を問われるのがイヤだから(今流行りの言葉を入れてみました)。
でも、最近寒暖の差が激しくて体調を崩している人も多いみたいなので、時候の挨拶的にそういう「過ごしにくさ」を共有できればなあ、と思ってカミングアウトしてみました。

それにしても、風邪でブッ倒れて寝ていると、病気の苦しさはあるんですがヤケクソになって仕事もしがらみも何もかも放棄して、しかもヤケクソであることすら病気の苦しさから忘れてしまうため、ふだんの漠然とした不安などはなくなってしまうんですよね。
まあクソ忙しいときとかもそうですけど。
これは、極度の落ち込み対策へのヒントになるかもしれない。

で、少しラクになってきても、これは私の集中力の問題でしょうがマンガも映画も見る気がしない。見るのはバラエティとかばっかりで。自分で書いたこの項、後で読み返してみて感じましたが、なんで私は高橋愛の天然ボケについてこんなに真剣に考えていたんでしょうか。まあ考えるのはイイが、長文書きすぎ! と自分で思った。

いやでも、一度はさんまと高橋のかけあいを聞いてみないと最終結論は出せない気がしてきた……(もういいかげんこんなこと考えたくない)。

また「娘。」の話になりますが(風邪でふせっているときに見るのはアイドルのテレビとかがいちばんいい)、「二人ゴト」が矢口編に突入。なぜかえんえんと数学のドリルをやった後、マンガを読みふけって第1回が終わりました。
最初は「安易だなあ」と思った同企画ですが、何か制作者側に挑戦的なものを感じます。

女の子ユニット、スパーク。個人的にはウザいとしか思えないチワワのアニメの歌を歌っていた二人組。一時期、渋谷に行くと駅前のデカいテレビにえんえんとこのチワワのアニメが映し出され、日本はチワワに支配されたのかと思いました。
余談だが最近、ハチ公前の全景は、JRから出てくる人から見てさまざまな広告が貼り付けられまくった書き割りのようになっていて、少し異常です。かつての「渋谷系」のようなオシャレイメージ発信基地だった渋谷がグダグダになっていく過程を、私は楽しんでいますが。
話を戻して。明け方、テレビ東京でよく知らない人のPVをえんえん流しているんですが、そこにこの「スパーク」が何度も出てくるので覚えてしまいました。
でもアホっぽい新曲はアホっぽいから好きだな。同義反復でこの文章もアホっぽい。

GW前に出た「ドキッ! SPECIAL」を買い逃し。このテのエロ本と成年コミック誌の合体形態の本は、古本でもまず流れないのでもう永遠にお別れでしょう。正直、チェックしきれんよ。

4月下旬に「めちゃイケ」の「ヨモギダ」内で流された「岡女合唱部」を初めて見ることができました。
ひと言で言って、傑作。ストーリー的には、ヨモギダ君に作曲面で協力を申し出たつんく♂に対抗して、岡村がキダ・タローと娘。扮する「岡女合唱部」を呼んでくる、というもの。
感心したのは、私も以前感想に書いた「モー娘体育祭超完全版」の回において、岡村の高橋愛いじりが失敗に終わったことに対し、それを繰り返しギャグとして今回持ってきていたこと。
気合い入ってんなあ。

それと、最後にセリフがグダグダになってオチを付けた辻の天才性について考えたんですが、石川梨華がこのコント内でキレて大声を出すシーンがあって、そこがぜったい間違えられないと前から緊張していたんだそうです(石川梨華のやってるラジオでそうコメントしていたらしい)。この手のコントは、性質上、セリフをかんだり自分が笑ってしまったりすると台無しになってしまう。だからこその石川梨華の緊張であり、またその仕事をまっとうしていたと思う。
で、辻。辻は、台本があそこまでだったとして、グダグダにしても許されるポジションにいた。……というところがやっぱり持っていくなあと。
知り合いの間で「加護=殿馬、辻=岩鬼」というどうでもいい説があるんですが、まさに悪球打ちというか、思いがけない球を打ってホームランにしてしまうところがありますな。
その前の加護さんの「関西弁で文句」は、計算の上でやってたことであって、殿馬の「秘打」を連想させるし。

以上、どうでもいい話終わりです。
(04.0513)


【雑記その4】「シブスタ」その後

公式ページ

始まった当初の感想

テレビ東京で月〜金の帯で夕方にやってる、ティーン向け情報バラエティ。正直言って、見なければ行けない理由ってほとんどないのだが、録画して見ています。

1カ月経って、いろいろ試行錯誤しているようす。月曜日のコーナー「お笑いインディーズ」(若手お笑い芸人が出てくる、ゴングショーみたいなもの)が好評だったらしく、GWには1週間とおしてやったりしていた。

まあ実際、このコーナーがいちばん面白い。私が個人的に、お笑いゴングショーが大好きだっていうのがあるんだけど。もう本当に訳の分からない人とか出るからね。何をやりたいのかわからない人というか。

他に注目点としては、熊田曜子が毎回紙芝居を描いている、それと関係しているのか別の曜日の山本梓も紙芝居を描いていた。山本梓の絵のヘタさはかなり衝撃。線路の上に乗っていない新幹線が「シャー」と音を立てて走ったりしていた。

それと、小倉優子がときどき見せる「何か言いたいんだけど我慢している顔」が個人的にツボに入ってしまって。いやなんか、天然キャラなのに、その瞬間だけこの人に知性を感じるんですよ。最近では青木さやかの「頭をはたかれた後の毅然とした顔」に匹敵するくらい面白いです。まそれはちょっとホメすぎか。

毎日アイドルが二人ずつ出るんですが、メイン司会と告知で分かれている。メイン司会の方がぜったい目立つのだが、調べてみたら全曜日、司会の方が年上に設定されていた。芸能界の先輩後輩で組ませているのかもね。

お笑い芸人の仕切りは全員うまいと思う。あえて差をつけるなら、ますだおかだとアメリカザリガニが手慣れている感じ。おぎやはぎはいちばん慣れてないっぽいが、それだけに「夕ニャン」テイストを感じますな。
(04.0512)


・「ハロー! モーニング。」補足

ちょっと自分がわからない領域に足を踏み込んでしまったのと、テキスト全体の補足として5月9日放送分のハロモニ。の感想について追記しておきます。

・ハロプロと格闘技
まずたとえばなしとして書いた「格闘技」ですが、要するに「やる方も見る方もストーリーがあると了解しているプロレス」があるとして、それに対するものとして「新日」とか「猪木」って書きました。
でも、完全なる「やる方も見る方もストーリーがあると了解しているプロレス」って、私、ユニバーサルプロレスだったかな、ルチャ・リブレみたいのしかほとんど見たことないんですよね。
「全日」とか「馬場」っていうのが対立項かとも思ったんだけど、全日必ずしも、旧態依然のプロレスってわけでもないでしょ。
さらに、力道山時代って、見る方は本気だと思って見てたわけですよね?
ちょっとその辺、自分半可通なんでボロが出ましたね。すいません。

ただ、おそらくK-1、PRIDE、あるいは他の総合系格闘技合わせて、ボブ・サップが最も有名になり、「そんなのよく知らない人々」にも認知されたことは重要だということだけは書きたい。
大塚英志が「おたくの精神史」のUWFの項で、「UWFは今までのプロレスの『虚実』の仕切り直しの運動だった」というようなことを書いていたけど、この辺は確かにそう思う。
(その後、同書では「都市伝説」も虚実の仕切り直しだったのではないか、と確か続くが、私はそっちの方には同意しませんが。)

で、その「仕切り直し」のひとまずの最終形態がK-1ではサップなのではないか、と思うんですよね。PRIDEはPRIDEの空間がまたあって、その「空間」で体現しているところがあるから「この人だ」ということは私は言えないんだけども。

・マンゴープリンの高橋と亀井(主に高橋)
「娘。」は「天然」の層が厚い、と書いたけど、これは本人の資質もあるけど完全に関係性の問題というか、集団の強さってのがあることはわかってます。
小倉優子やさとう珠緒なんて、ぜんぶ一人でやらなきゃいけないから大変ですよ。また、どうしても引き出されるキャラクターも限られざるを得ない。

娘。の場合、単純な順列組み合わせでも引き出されてくるキャラは違ってくるから、そういう意味での「天然」層の厚さということが言いたかったのです。
私は最近、高橋と亀井には注目してますが、「天然」ということで言えば、辻加護が対外的にものすごい訴求力を持っていたのに対し、高橋・亀井のボケっていうのは、そうとう入り込んでいかないとわからないタイプの面白さだと思う。

今テレビに出てるお笑い芸人で言うと「ずん」の飯尾くんみたいな、対外的な理解度ではないか。とか、何となく思いました。

・高橋の天然
高橋の天然に対し、遅まきながらやっと自分は理解できたと思う。
「この人は別にバラエティでウケたいと思ってはいないのではないか」と以前に書いた記憶があるが、「ヒトが落としにくい天然」なのである。今流行りの言い回しだと「からみづらい」ってなるのかな。
まあよくウォッチしてたんで、アイドル時代の高岡早紀と比べてみます。私はアイドル時代の彼女を「お金のとれない天然ボケ」と評していた(みんなこの人のことをよく知らないので、だれも理解してくれなかったが)。

高岡早紀は、自炊がキライ、あんがいナルシスト、など、ファン以外はだれも知らないつっこみポイントを持っていたが、ほとんどだれにもつっこまれないまま終わった。
たとえば「ふだんはどんな音楽を聴いていますか?」という問いに「自分のCD聴いてます」と答えたヒトである。

しかし、高橋愛はそれ以上に着地点のナイ人だ。この間のHEYHEYHEYで、プライベート写真を撮ってきて公開するというコーナーがあったが、高橋愛のは八百屋で大根を見比べている写真だった。

浜田「料理するの?」
高橋「しません」
(大意)

いきなり話題がバッサリ途切れる。「じゃあなんで大根見てたの? 欲しいと思ったの?」という質問に「そのときは欲しいと思いました」と答えた。

完全なる私の想像なんだが、高橋愛は「プライベート写真を撮ってきて」ということに対し悩みに悩んで、マネージャーかだれかに相談し、ちょっとウケねらいのものをということであの写真になったのではないか。
だから、そのときは写真に撮るくらいだから八百屋にも興味はあったし、大根にも興味があった、というか、そういうふうに気持ちを入れて写真を撮ったのだろう。 しかし、その「気持ちを入れた部分」を問われているのではない、とたぶん気づいてないんだろうなぁ。

娘。に限らず、目立とうとしてボケようとして失敗するというのは、イタいけど非常に理解できる。が、高橋愛の場合はそこら辺の「初期衝動」みたいなものがスコンと抜けている。しかもバラエティを軽んじていないっぽい(それなりに一生懸命)ところが、余計不可解さを増す原因でもある。
なんだか、高橋って人気バンドのベースとかドラムとかの、職人的な、トーク担当でない人が前面に来てしゃべらされているような印象に近い。

どうなんだろう。これは亀井よりもわかりにくいスタンスなんだけど。
(04.0512)


【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)

公式ページ

5月9日放送分。
「緊急企画 ミニモニ。が活動休止しちゃったよ!! それじゃ今日はとことんハロモニ。から生まれたミニモニ。の素晴らしさを見せてもらいまぴょ〜んすぺしゃる!!!!」

どうでもいいが今月に入ってから、まったくマンガの感想を書いてないな。こんなときもある。でも現時点で思う、私のホームはやっぱりマンガであると。

さて、今週はミニモニ。活動SP。矢口のミニモニ。卒業SPのことから考えて、涙、涙の思い出大会にはならないと予想していたが、さすがに過去映像はあったもののやっぱりゲームに終始していたのは、ミニモニ。らしくて良かったんじゃないでしょうか。

ヤングモーニングチーム(新日Tシャツのパロディらしい)のかっこうの高橋愛に感動。なんかこう、長期連載マンガで最初の方のキャラクターが出てくるような感動だね。刃牙幼年編で、勇次郎との戦いを前に刃牙の関わった人たちが集まってくる感覚に近い。
さまざまなゲームをやったが、個人的に興味深かったのは加護ちゃんにまつわるあれこれであった。
まず、「ミニモニ。の中でだれがベタなギャグを言うのか予想する」ゲームにおいて、NGワードがバナナを使った「そんなバナナ!」だった。で、加護ちゃんがミカにそのギャグを譲ったことによって、「ミカ」と答えた回答者が勝利する結果になったのだが、譲った理由が「英語っぽく発音した方がギャグとして面白いから」。つまりギャグの効果を考えてんだよね。こういうところ、「双子じゃないのに双子みたい」と言われるが、辻とは正反対のところではないかと思う(辻がテーブルの上に置かれたグッズ以外の木をギャグに利用とした「反則」は、いかにも辻らしい)。

次に、ミニモニ。障害物レースが行われる。これが昭和プロレス全開、しかもプロレスにそんなに詳しくない私でも、何となく新日的だと思うわけです。
具体的に言うと、虚実を曖昧にしたまま、試合を感動の地点に持っていくと言うことです。
私にとってのかつての新日(今は知らない)は、そんなプロレスだった。

「自分たちはエンターテインメントです」と言いきってしまうWWEとは根本的に違うし、ASAYANを基地にしていた頃のモーニング娘。とか、あるいは和田マネの方法論というのはぜったいWWEよりは新日的というか猪木的だと思うわけです。
予定調和を拒否しつつ、観客の望む方向に持っていくという方法論。
重要なのは、その虚実が観客にはあくまでもわからない、ということ(ソニンのインディーズ行きが、発表当時虚なのか実なのかわからなかったことを思い出す)。
好きな人には悪いんだが、やっぱりWWEってどうしても「リング上で繰り広げられるお芝居」にしか見えなくて。いや本来、私はそういうの擁護する立場なんだけどね。でもあまりにも虚構過ぎるという気はしている。
っていうか「私たちは虚構です」と宣言した段階で、いかに現実の出来事とリンクさせようが、虚構は虚構でしょ。

首の皮一枚「虚実の境界線」を残すのが、やはり大半のプロレスだと思わざるを得ないんで。それはミスター高橋がどう言おうが、やはりプロレスを支えてきたものだというのは動かしがたい事実だと思うわけです。

で、それをやや過激に継承しているのがPRIDEやK-1だと個人的に思っているんだけども。
よく言われる「これがK-1なんです」、「これがPRIDEなんです」という解説者の発言は、裏に「こういう予想外のことが起こるのがK-1(PRIDE)なんだ」という主張がある。しかし、「U」運動以降いろいろと紆余曲折はあったが、けっきょく現在ある格闘技ブームは、新日的というか猪木的なもののそのままの過激化、だと門外漢ながら受け止めている。
どんなに予想外のことが起こっても、「感動の地点」の大枠ははずさないわけで。レコに小川が負けたら面白くも何ともないとか、そういう意味で。八百長論議をする気は毛頭ないが、やっぱりミルコが負けるなら小川が残るとか、そういうバランスっていうのは存在しているわけです。

ボブ・サップの虚構性、虚構性を保持しつつ「強さ」をアピールできるというのは、その意味で「格闘技」の成熟の結果だと思う。
とかって話は、まあどうでもいいんだこの際。

障害物競走の勝者予想に、自分を選んだチームがひとつもなくて、かなり凹む加護ちゃん。なっちからは「クソ女(じょ)」という具体名まで出てきて、発言テロップで抑えられる。
そこで突然、飯田・道重チームが予想を加護ちゃんに変更。このあたり、いったいどういうチームワークなのか本当に予想がつかない。でも阿吽の呼吸とはこのことだ。あるいは愛すべきバランス感覚。

ここでまあこの障害物競走のテーマは、「加護ちゃん」になりますわな。
この段階で、たとえば矢口ならぜったい加護ちゃんを勝たせよう、という方向に動くと思うし、それをまたテレビの画面を通して観客に示すだろうと思う。
しかし、辻、高橋、ミカがどう思ったかがちょっとわからない。まさに虚実皮膜の世界であります。ただ「空気」はぜったいに読んでいるだろうとは思う。

さらに虚実がわからないのは、競技の最後に「ムービングパン食い」というのがある。これは、パンを吊ったヒモを操作して、上下させることでパン食いをむずかしくさせるというものだが、これってホントにスタッフのさじかげんなんだよね。
だから、もし「加護ちゃんを勝たせる」という方向で他の3人が動かないときも、スタッフがここで操作できる。
そして、さらに面白いのは、加護ちゃんがパン食いをクリヤした後で、パンを追い回す辻の絵が撮りたいからだろうけどもう完全に「スタッフがヒモを操作している」ことがバレバレなまでに、ヒモを操作して辻ちゃんがパンを追い回す光景を長々と映し出している。

こうなっちゃうと、本当に虚実がわからなくなるんですよね。当然、いい意味で。

虚実がわからない、ということで言えばミニモニ。楽曲ベスト10もそう。
まだ放送していない地方があると思うんで、具体名は書かないけど高橋加入後のミニモニ。にも気を遣うような順位になっていたと思うんだよね。
でもまあ、あの順位はほぼ妥当だと思うのでとくに文句もないんだけど。

後は、高橋のあまりにも天然すぎる発言、行為が目について、謎だった。フットサルみたいなやつのゴールにボールを蹴り入れるゲームで、「ゴールの方が避けるんですよ」みたいな意味不明発言をしていた。
さらに、「だれがベタなギャグを言うか?」のゲームでは、頭にリンゴを乗せて「あんこ」と言ったのもわからなかったけど、その後の言い訳が「私、頭が絶壁なんです」。???

ベスト10の一位に対するコメントについては、自分がまだモーニング娘。に入る前の出来事だった、という感慨を表現したかったのだろうが「友達から普通に借りてましたもん」とか言ってた。
その場合、「普通に買ってましたもん」でしょうが!(笑) それと、高橋愛の友達は現在の娘。のCDを、高橋に気を遣って買っているのかと思ってしまったよ。

以上、ミニモニ。関連感想終わり。

「マンゴープリン」のコーナーでも、高橋愛の謎のボケっぷりが目立った。亀井も思いっきり亀井だったけど。なんか娘。は「天然」の層が厚いなあ。

「HPW」は最終回らしい。でも本当に最終回なのか、メンバーが変わるかどうかはまだわからない。

番組の最初と最後がなぜか道重のキレ気味なセリフで終わるというのは、いいんじゃないですかね。番組本編で道重の出番がほぼまったくないのも効果を上げていた。
(04.0510)



【雑記その3】速度が問題なのね、「超星神グランセイザーヒロインズ SAZER★VISUAL」

「速度が問題なのだ。」とは鈴木いづみという作家が言った言葉だそうですが、どういう意味かは知らないが本当にそうだ。
ビデオからHDDレコーダーに切り替えて、もともとそんなに録画の趣味のない私としては「これでもう見もしないビデオテープが溜まっていくのともおさらばだ」と思っていたのだが、80時間くらい録画できるHDDレコーダーもたちまちいっぱいになってしまったのには、恐怖と絶望感に襲われた。

まさに「見る速度」が問題だったわけである。

ビデオテープという個体だと捨てるのがもったいないという気分になるが、HDDの記録だと何となくその罪悪感も薄い。虚しいのはせっせと録画してきた労働がすべてムダだったということだが、まあ労働っつったって指先くらいしか使ってないから。

……というわけで「いちおうとっておこうと思っていたもの」、「見ようと思っていたもの」などはバンバン消した。それでも容量は半分になっただけなのだが。

連想されるのは、同じ状態がウチではおそらく書籍でも展開されているということだ。たぶん一生読まない本が、うちにはたくさんある。でも捨てない。内容的にはいい本ばかりだと思うし(この間、掃除をしていて新品の文庫版「ミュータントサブ」が出てきたときは本気でビックリした。買って忘れてた)。

そこにさらに問題がのしかかってきた。全6巻だと思えて揃えておいたマンガ単行本が、全7巻だったのである。いかにも「これで全巻です」みたいな感じで古書店で売っていたからそれを信じたのがバカだった(こういうことは、よくあることです)。

あわててネットで第7巻を探したが、こういうときに限って、事情があってちょっと急いで欲しいのである。ネット古書店2件で発見したのはラッキーだったが(最終巻ってのはたいてい見つからないか、あっても法外に高い)、注文してからどちらが早く着くかを予想しなければならない。

悩んだあげく、両方申し込んだ。在庫がないかもしれないからね。

これで、また本が増えるんだ……。

ちなみに、見ようと思って購入しておいたビデオが、あるべきところにないことも発覚。
さらに、最終巻がないことがわかる前に、2000円もUFOキャッチャーをやってぬいぐるみ1個もとれず、「超星神グランセイザーヒロインズ SAZER★VISUAL」(2004、角川書店) [amazon]を買ったばかりだったりする。

だってさあ。コスチューム着た磯山さやかがちょっと見たかったんだよ。

ちなみに、冒頭にあげた鈴木いづみの本も自室に1冊、ある。まさに速度が問題であることよなあ。はあ〜あ。
(04.0508)



【ライブ】「モーニング娘。CONCERT TOUR 2004 春」(昼公演) その2

ここからの続きです。軽く内容について触れたいと思います。
内容そのものの感想を書くのが遅れたのは、娘。の過去のコンサートを見てないので比較ができないとか、あとどういう部分をどういうふうに書けばいいのかとまどっていたりしたことがある。
でもま、小学生の感想文的になるがやはり感じたことを書くのがいいな、ということで。

まずセンターステージ(観客を360度に配置して、人の動きが四方に向かって展開するステージ)。こういうのも始めて見るので、比較論が展開できない。席の位置が高かったから、反対側の様子までよく見えた。だから、「反対側に行くとまったく見えなくなる」というストレスは感じなかった。
たぶん、低い位置に座っていたらまったく感想は変わっていたかも。上から見るぶんには楽しかったです。

で、本編。
いろいろ考えたんですが、まず私のようにあまりコンサートに行かない人間がいざ行ったとき、何を求めるかというと「テレビで見られないものを見たい」ということです。
たとえば、Do it! Nowを見て「今はこういうパート分けで歌っているのかー」と思ったし、「W(ダブルユー)」をテレビより早く見られたというのは嬉しかった。Wは二人の指のポーズがかっこいいんです。

それと、さくら組とおとめ組がテレビで見ているあの衣装でそれぞれ歌って、えーと「Say Yeah!-もっとミラクルナイト-」だったかな? とにかくその衣装のままでさくらとおとめが合体して歌うんですが、こういうのが見ていてすごく嬉しいんですよ。そもそもこういう流れそのものがテレビではほぼ見られないものですから。
「ミラクルナイト」も好きな歌だしね。

逆に、ミカが脱退する「ココナッツ娘。」(今後はアヤカ一人)の最後の曲が自分たちのものではなく「BE ALL RIGHT!」であるのは、ココナッツ娘。を昔から知っている人には不満でしょうが、私のようなコンサート一見さんにとっては優しいふうに思えるんですよね。
こういう言い方はココナッツ娘。に失礼かとは思いますが、ミカ&アヤカの歌自体が「テレビで見られないもの」なので、それ以上未知なことをやられると私個人としてはもうわからなくなってしまうというか。

ミニコント「チャーミーズエンジェル」(飯田・石川・吉澤・藤本)は、基本的に賑やかしコーナーなのでいいんですが、「アクダマン」というネーミングはちょうど東京MXテレビで「ゼンダマン」を再放送していることもあり、別のにしてほしかったです。

で、ミニモニ。中華思想の私が見た「ミニモニ。」。
おお、ミニモニ。はCGじゃなかったんだ! 本当にいたんだ。いや「メガゾーン23」のイブみたいな存在でも粋だなあと思ってたのですが(そんなわけはない)。
「ラッキーチャチャチャ!」を生で見れて嬉しかった。ラストシングルがこの曲でホントによかったなあ。
スタッフには、シングルのジャケなどを見ても最後まで「クレアバ路線」に未練があったようにも思う。しかし、「じゃんけんぴょん」が究極の無意味ソングだったのに対し、少しだけメッセージのある曲や、「ミニモニ。ソングス2」に収録されているクレアバ路線の曲を除くと、「おしゃべりすきやねん」で恋愛を意識し始めた、ほんの少しだけ大人になったミニモニ。に本作は直結する。

次に「ミニモニ。じゃんけんぴょん!」。何と矢口がミニモニ。の衣装で登場。
おお、仮面ライダー2号を助けに来る1号のごとき演出だぜ!
「せっかく来たんだから、一緒に歌えば?」とか「こんなところに赤と白の手袋が!」など、明らかに夜公演で繰り返すであろう台本ライクなやりとりが続く。しかし、ミニモニ。に関してはそんなことはまったく問題ではないところがすばらしい。
……ということで、5人ミニモニ。を見られて感激。

ミニモニ。の本当のラストは、「ラッキーチャチャチャ!」のカップリング曲「笑顔のデート 最後のデート」。非常にしんみりした曲で、他にもなんかふさわしい曲があるような気もするんだけど、現在発売中のシングルの宣伝としても歌うのは正しいと思うし、そういう倒れるときも前のめりな感じはきらいじゃないです。

ステージ上にマイクを置いて、4人は去った。

休憩タイム的にVTRが流れる。「どんぐり」と名乗る、ピンポンパンのおねえさんのようなかっこうをした稲葉が、娘。メンバーにクレヨンで他メンバーを描くように言う。
前述のように「アイドルに絵を描かせる」のが大好きな私には満足企画。本当の意味で「絵心がない」藤本美貴に感動。

コンサート全体のセットリストに関しては、コンサート初見の私は文句ないです。広いステージを縦横無尽に駆け回るのもOK。まあもうちょっとだけ近くで見たかった気がするけど、高いところから見る面白さがあったことも事実。

帰りはさいたま新都心から赤羽で乗り換えるんですが、ここのキオスクでマンガ「とっても! ミニモニ。」を見つけたので捕獲(なんでこんなところにあるんだ? やっぱりコンサートに行く客を狙って?)。家路につきました。

やっぱりライブっていうのは楽しいね。と思ったことでした。
(04.0505)


【テレビ】・「ハロー! モーニング。」(2004、テレビ東京)

公式ページ

5月2日放送分。
「ハロモニ。音楽祭2004」という企画。2チームに分かれ、クイズ、替え歌づくり、カラオケメドレーで競う。
カラオケメドレーは、「モーニング娘。」とか「松浦亜弥」と書かれた名札をシャッフルしてそれぞれのメンバーが付け、その曲が来たときには成りきって歌わなければならない。
飯田さんの「変な動き」最高潮。後藤真希のマネを。司会のなっちがウケていた。ほとんどいじられなかったが、辻の飯田さんのマネも光ってた。「おとめ組」として、藤本美貴のマネまでしてたけど、これ似てるんだけど対外的にはあまりウケがよくないんだよねえ(以前、Mステでやって「は?」というような空気になったし)。

反面、加護さんは藤本美貴と後藤真希という、おそらく苦手な役割を振られて今ひとつ精彩を欠いた。私は週刊誌などで報道される「加護と藤本不仲説」を無根拠に信じているクチなので。少なくとも積極的に仲は良くないと勝手に思い込んでいます。後藤真希のマネは、ふだんからやっていそうだが加護さんは「サヨナラのLOVESONG」の歌詞をよく知らないということが判明。後藤さんに対して、バツが悪いだろうなぁ。
紺野&新垣コンビは「モーニング娘。」として娘。の古い歌を歌っていたが、何にでもあこがれる「あこがれクイーン」の紺野さんも、旧モー娘。に対してはガキさんの方があこがれ度の点で一歩上を行っているような気がした。新垣さんの歌や振り付けの方がスムーズだったので。

新コーナー(?)、「高橋愛と亀井絵里がチャイナドレスでマンゴープリンをつくるコーナー」。レシピを示されず、それぞれカンだけでつくらなければならない。
どういうわけか表参道のお菓子屋さんとタイアップしているらしいんだが、まず最初に「マンゴーかパパイヤかわからない」という段階での二人の右往左往に爆笑してしまった。そういえば私も区別がつかないよ。
高橋愛を見続けてきて、いったいこの人はバラエティのどこにおとしどころがあるのだろうと考え続けてきた。天然ボケでアピールできるわけでなし、ブサイクキャラでなし。だが、亀井とのコンビにもしかしたら突破口があるかも。亀井の存在感も独特だから。

「HPW」は環境問題がらみで「小池百合子大臣に会ってきた」という話。ハロプロのこういう保守政治的なモノへのアプローチはときどき取り沙汰されるけれど、う〜ん、基本的に「ドキュン」と言われる人をターゲットにした場合の当然の帰結、ということは言えると思う。
でもどうなんだろうね。エンターテインメントに何かと反体制的なモノを見てしまうのもどうかと思うが、こうもあからさまにやられてもなあ、とは思う。
とりあえず、小池百合子は会ってボーッとするほどカリスマ性のあるヒトとは思えませんが。

ピーマコまた太ってきたなぁ。おじゃマルシェはほとんど出番なし。
(04.0505)



【テレビ】・「なっち&やぐっち in コメフェス2004!」(2004、フジテレビ)

5月1日放送。
要するに、フジテレビがやってる「コメディフェスティバル」の番宣番組。司会がさまぁ〜ずと中野美奈子、安倍なつみ、矢口真里で、他のお笑い芸人とともにクイズをやる。

アイドルコントを追い続ける以上、この番組を見ることは必然であった。しかし、アウェイの地においてなっち&矢口で寒いコントを展開するなど、女性客の多いお笑いのライブではほとんど死を意味する。なぜそんな無謀を……? と思いながらの視聴であった。
フタを開けてみると、客席はほとんどがなっち&やぐっち目当てのむくつけき男たち(だったらしい)。
なんだ、ある意味ホームじゃないか。

しかし、出場した芸人たちは今ひとつやりにくそうではあった。

出てきたのはいっこく堂、パペットマペット、鉄拳、ダンディ坂野、電撃ネットワーク。で、けっきょくなっち&やぐっちはクイズに負けてルーレットを引いて、たぶんぜんぶ仕込みだと思いますが決まったのが「パペットマペットの着ぐるみを着てのコント」。

おお、これなら最初からネタは決まっているし、着ぐるみでごまかせるから激寒ということにはならんだろう、と思い、実際そのとおりでした。

で、むりやりアイドルにコントをやらせる必要もないんだが、ひらめいたのは、もしアイドルにコントをやらせるならこういうショートコントの連続がいいのではないかということ。
「江戸むらさき」っていうショートコントばかりやっているコンビがいますが、あの人たちに下ネタでないショートコントを指導してもらって次々やれば、かなりカタチにはなると思う。
はずしたらすぐ次に行けるしね。

まあ「ハワイャ〜ン娘。」はそれに近いコンセプトだったんだろうけど。

……ということで、ひとまず勝手にホッとしたりしていたのだった。
(04.0505)


【ライブ】「モーニング娘。CONCERT TOUR 2004 春 〜The best of Japan〜」(昼公演) 於:さいたまスーパーアリーナ

ドギャーン。ついにじかにモーニング娘。を見ましたよ。
あまりにもナンシー関の影響を受けすぎたせいか、基本的に現場よりは在宅的な芸能の楽しみ方の方が多い私ではありますが(むろんナンシー関に「信仰の現場」という名著があることは知ってますよ)、ミニモニ。が活動休止とあれば行かねばなるまい、と思い、チケットが発売されてからかなり後になって「ぴあ」で電話予約した次第。

ミニモニ。の矢口リーダー卒業のときも見られなかったので、今回は行くしかないと。
さいたま新都心の駅の改札を出たところでバッタリ電脳丸三郎太さんと遭遇。さいたまスーパーアリーナは広いので、来ていても会えないだろうと思っていたので驚く。電脳丸さんの知り合いの人たちがたくさん集まってきて、その中に「天上の飛鳥」のみなとさんもいてご挨拶することができた。なにせ、これも偶然なのだが学生時代同じサークルだった(年齢が離れているため、同じ時期にいたことはない)ので、一度ご挨拶したいと思っていたのだった。
このサークルは、同期が何百人もいるようなところと違い、在校生で50人いないんじゃないかな? ヘタすると30人以下かも。そのわりには、個性的な人が揃っているのだ。

別方面の知り合いの後輩にも、このサークル出身者がいた(元気かな?)。それにしても、みんなそのサークルの主旨とはおよそカンケイない方面の趣味を充実させているところが心強いです。

急遽とったチケットなので当然あまりいい席ではなく、400レベルという、ステージからかなり高ーいところでしたが、会場に入ると下から真っ暗闇の中に浮かぶサイリウムを見下ろすカタチになり、しかも席の縦の配列が急勾配なため、何倍も高いところにいるように感じるんですわ。
それと、オタク風&普通の人&特攻服の人&親子連れといった今まで経験したことのない客層、さらに揃ったかけ声でのものすごい声援という未曾有の状況に完全に飲まれてしまい、当初ビビってました(笑)。声援も下から登ってくるんですよ。驚いたね。

内容については、バラしていいんですかね……? なんかよくわかんないんで完全に終わってからまた書きます。個人的には一度生で見たかったミニモニ。も、アヤカも里田まいも見れたので本望でした。矢口がんばってたなぁ。

あと、テレビで見ると藤本美貴って他メンバーとの並びで「意外と小さいなあ」と思ってたんですけど、舞台上のパフォーマンスということでは小さいなんて微塵も思いませんでした。たぶんパートの多さということもあるとは思いますが、高橋愛とともに目立っていたように感じます。

帰りは、夜公演に備える人々とともに食事さしてもらって、家路につきました。
本当は夜公演まで見るのが完全に「ミニモニ。」を見届けることになるのだろうけど、こういう中途半端なところは実に自分らしいなあ、などと思いつついつもの肴をつつき、菊正宗の杯を傾けて感慨にふけりましたよ。

あとヤケクソで本とかDVDを買いまくって、金がないということもあったんだけど。

(菊正宗のくだりはウソです。私、日本酒は飲めないです。)
(04.0502)


【映画】「キャノンボール」 監督:ハル・ニーダム(1981、米) [amazon]

アメリカ東海岸コネティカットから、西海岸カリフィルニアまでの5000キロを走破する最大の非合法公道レース「キャノンボール」を描いた、オールスターキャストのお祭り的映画。出演はバート・レイノルズ、ロジャー・ムーア、サミー・デイビス・Jr.、ジャッキー・チェン、ファラ・フォーセットなど。

・出撃! バカ中学生
断続的に続けている自己満足企画「80年代にひたりたい!」。今回は趣向を変えて、洋画を選んでみた。
荒木飛呂彦の馬での大陸横断マンガ「スティール・ボール・ラン」が始まったこともあり、公開当時見逃していたので、車のレースものでは最も有名な本作を見てみたというわけである(ちなみに、1981年)。

結論:これは80年代のバカ中学生のための映画だ。
70年代後半のスーパーカーブームの洗礼を受けた80年代のバカ中学生たちは、「ひょうきん族」を見たり「GORO」を恥ずかしいので隣町まで買いに行ったりすることで忙しかった。むろんジャッキー・チェンの映画も見た。映画のチラシをむやみに集め、透明ホルダーに入れていた(今考えるとあのブームは何だったんだ? 今でもチラシ集めている中学生っているのか?)。

小遣いも余っている、日曜日だがやることがない、テレビCMでジャッキーがジャンプして両足で両側の敵を倒すシーンが何度も何度も映し出される……。
というわけで、悪友と連れだって近所の映画館に出かける。
んで、本作を見る。なんだ、ジャッキーたいして出てねえじゃん、でも面白かったな。救急車でレースに出るなんてよー。そうだな。あははははは。見終わった後、マクドナルドでダベって帰る。
映画なんて数カ月にいっぺんくらいしか見ない。年に数本。そのひとつがこれ。後は「少林寺」とかを見る。
映画マニアにはならない。別に何にも、ならない。

・バカ中学生VSオタク中学生
「映画秘宝」とかをときどき読んでいると、その映画に対する情念にやけどしそうになる。だれでも知っている映画を紹介していても、それに対する情熱がハンパではなく、現在のようなバカ映画とかトンデモ映画といった概念がなかった昔はさぞかし肩身のせまい思いをしていただろうなという感じがひしひしとしてくる。
「秘宝系」に対応するのは伊集院光言うところの「おしゃれ軍」ということになるのだが、その両方にもカテゴライズされない存在がいて、それが「バカ中学生」、「バカ高校生」といった人たちである。私のような。

要は、何も考えていないのであった。何も考えてないので情念も発生しようがない。彼らは「オルカ」を「イルカ」と見間違えて見に行ったり、「『エクソシスト』を見ると呪いがかかる」という噂を積極的に広めたり、アオシマのプラモを何の疑問も持たずに組み立てたりといった「マス」の存在だと思うのだが、文字どおりのサイレント・マジョリティなのでその声が顕在化することはあまりない。
だから、現在の「秘宝的」評価というのはその怨念、情念という意味において「バカ中学生」とは微妙に異なる気がする。ただ、バカ中学生とオタク中学生は、ハタから見ると同じようにしか見えないことも多く、「バカはケンカせず」ということもあり、深刻な対立に陥ったりはしない。
彼らがもう少し腑分けされてくるのは、何と言っても「モテ」を意識しなければならなくなったその瞬間からである。

男というものは、「モテ」を意識したとたんになにがしかのコミュニティに、好むと好まざるとに関わらず、強制的に配属させられてしまう存在なのである。私は女じゃないので女のことは知らないが。
「おしゃれ軍」というのが形成されてくる(ように見える)のも、そういう事情による。
たとえば別にモテようと思ってピチカートファイブを聞いてるわけではなくても、「ピチカートファイブ=おしゃれ」という目で見られる→おしゃれ軍に編入、ということになるし、逆に「非モテ」という概念もモテを意識しているという点ですでにモテの軍門にくだっていると言えよう。「私は関係ありません」と言っても世間が許さない。少年の頃にはもう二度と戻れない。

・レイノルズとジャッキーとオッパイ
本作は、レースものとしては決して出来がいいものではない。レース開始まで本編開始から30分以上の時間が経っているがただ盛り下げるだけだし、レース参加者のキャラ出演のバランスもあんまりよくない。展開はタルい。
ギャグも寒いのが多いと思うなあ。まあ元ネタがわかんないと言うのもあるが、ファラ・フォーセットが自分の好きな樹についての話をするたびにそれが何らかのタイミングでさえぎられるとか、意味わからん。
何度もヒドい目に合う、レースに反対する環境保護学者(?)もお約束過ぎるし。

お話も破綻していて、タイムカードを押して出発するのにジャッキー・チームはタイムカードを押さないまま発進するし、タイムラグを是正するためのタイムカードのはずなのに、ゴール近くでは早い者勝ちになっちゃってる。メチャクチャだ。

それに、明らかにアメリカに詳しくないとわからないっぽいギャグもあり、またピーター・フォンダがイージー・ライダーのパロディをやってるなんて、バカ中学生にはわからない。
ロジャー・ムーアの連れている女が何度も入れ替わるのが「007」のボンド・ガールのパロディらしいということも、バカ中学生にはわからない。

しかし、主役のバート・レイノルズの「生きている間に好きなことをやる」という刹那的な設定、相棒のヒーロー妄想、ジャッキー・チェンの出演、「オッパイの谷間を見せつける」というだけの単純きわまるお色気描写など、日本の中学生にも実にわかりやすい部分も多い。
また、無責任なマッチョ幻想がまだ生きている時代でもあった。当時のバカ中学生は「熱笑! 花沢高校!!」を読み、「ブラックエンジェルズ」を読み、「太陽にほえろ!」を見て西部警察を見て、土曜日の昼間にテレビで再放送されていた東映の狂ったアクション映画を見ていたので、マッチョ幻想には無頓着に触れていた。
続編ではどうなったか知らないが、ファラ・フォーセットの役柄が今見るとちょっと足りない女の子みたいに描かれているのは、映画全体の男濃度を上げるためのバランスだったのではないかと勘繰ってしまう(逆に言えば「KILL BILL」の現代感覚は、お色気要員ではない女性がたくさん出てくることだろうと思う)。

ま、とにかく、なんだかこの映画を見るとプラモデルのタイヤの匂いや、街角に貼られていた雨でグジャグジャになったホラー映画のポスターや、今ではほとんどない、ムダにリアルに描こうとしていたイラストで構成された映画チラシや、ちっともかわいくない女の子が出てくる少年ラブコメマンガや、タイヤの異常にデカいバギーのオモチャや、バイクや車にやたら憧れていたクラスのツッパリ連中などを思い出す。

それと、雑誌の表4に載っていた、ひたすらに無駄にデジタルな変速装置の付いた自転車の広告を。それらは、すべてレイノルズの口ヒゲが象徴している。

そういう意味では、クルマに憧れているが乗ることができず、「疑似クルマ」として自転車や、さらにはバイクを乗り回すバカ中学生のための映画ではあろうと思う。何が言いたいんだ私は。わからん。だって、元バカ中学生だから。
(04.0502)



【雑記その2】「井狩春男のヘア・ヌード完全カタログ」、松屋のカレーを激賞する男他

ここで以前話題にした「井狩春男のヘア・ヌード完全カタログ」[amazon]を、持っている人に見せてもらった。
★の付け方があまりにも印象のみというか「てきとう」なのは実際否めないが、ヘアヌードバブルを思い起こす資料的価値には予想以上のものがあったことを、井狩春男の名誉のためにも書き添えておきます。

「毛が1冊中で何枚写っているか」がすべての写真集について書いてあるなんてことは、現在ではまず考えられないことであった。あと毛の描写とかね。

今日は松屋の「唐揚げ飯」について考えてみたいと思います。

あれを「残飯みたい」とか言うな!!!!!

どうやら結論が出たようですな。
ちくしょう、おまえばかりにいいかっこはさせねえぜ!

今日の「ザ・ワイド」は「年金未払いの政治家について」と「双子のパンダの赤ちゃん成長記」というGWお屠蘇企画。
パンダの方は見なかった。だって「ザ・ワイド」ってパンダでも同じ映像を3回くらい映すんだよな。
ワイドショーって、録画して後から見るとわかるけど「流し見」前提につくってあるんで、ものすごくくどいというか同じ映像が何回も何回も出てくる。

「年金未払いの政治家」の話題は、さらに「視聴者からのFAX紹介」という、お屠蘇企画中のお屠蘇企画。その中の「政治に興味はありませんでしたが、年金の話題には家族みんなテレビに釘付けです」というFAXはすごいと思った。
この家族はリクルート事件とか、スズキムネオ問題とか、ぜんぶスルーしてきたってことですよね。でも年金未払いだけは許せない、と。
すごい特殊な想像力だと思う。

「唐揚げ飯」の話題に戻りたいと思います。
私は、あれを学校給食として採用することを提案します。しかも毎日、365日唐揚げ飯。「個性尊重教育」に対する強烈なアンチテーゼとして。残したやつは千発くらいビンタした後、翌日は二倍の唐揚げ飯を食べさせることとしたい。
あと、何となくムカつく教師にも食べさせたい。

一人、昔っからムカつく女が「やじうまワイド」に出ているので、その人タイプの教師に唐揚げ飯3杯と、あとクリームサンドっていうクラッカーにクリームが挟んであるやつを、クラッカーをはがして食べる食べ方で毎日1本食べろと。
まあ私が「やじうまワイド」を見なけりゃいい話なんですけどね。

まあだいたいテレビ朝日は、ニュース番組に関しては統制がとれすぎてるんだよ。
朝のやじうまワイド、昼の大和田獏がやっているヤツ、夜の古舘のやつ。
ぜんぶ基本コンセプトというか訴えたいことは同じだからね。
同じ局であんまり逆のことを言うのは問題かもしれないが、正直、どうにもならないことばかり言ってると思うよ。
なんか、決定したことについてもえんえん問題定義したりとか。
「これでいいんでしょうか」みたいなことばかり言ってる。

あとぜんぜん関係ないけど真鍋かおり、痩せすぎだ。ファッションも変わった。
でも仕方ないね。最終的には視聴者に媚びて生きて行くより仕方ないもん。
最近「ただ単にかわいい子」って、風当たりがすごいみたいだから。

コレで小倉優子とかまで真剣に叩かれるようになったら、日本はもう終わりというか、一回転してまた昔に戻って、きっと軍国主義になってみんな戦争にとられて、鬼軍曹に殴られてアゴが曲がっちゃって、っていうことになると思う。
「プライド」とかテレビで見て思ったけど、やっぱり昭和プロレスからこうなったっていうのは歴史の必然としか思えない。
虚実の認識が、変質してきている。

80年代から90年代初めにかけて、「キャラだから」という理由で「しょうがない」とか「まああれはあれでほっといてもいいんじゃない」って言われてきたものが、「じゃあキャラなら何してもいいのか」っていうふうになって、けっこうみんなまなじりをつりあげて叩きに回っていると思う。
いやまあ、キャラなら何してもいいってわけじゃないんだけどさ実際の話。

でも、キャラクターを認識した上で野放しにするというのはあり方としては重要な気がする。
というのは、「あいつはキャラつくってるから(叩く)」というのは、人間に何か本質があるということを無意識の上に前提としているからだ。
「本当の自分探し」とかと通底する部分があると思う。「あいつはキャラつくってる(だから悪い)」、「私はつくってない(だから正しい)」というような流れになるでしょきっと。

それにしても今まで書いてきたことと矛盾するようだが、卓球少女愛ちゃんはムカつくなあ。いや、卓球少女愛ちゃんと同レベルの実力でカワイイ子が出てきたら、ぜったいみんなそっち行くって。
とつぜん紺野あさ美が世界ランカー級のピンポン選手になって登場したりしたら、もう卓球少女愛ちゃんとか言っていられなくなるよみんな。

紺野あさ美よりも、もっとモデルっぽい人がいいや。なんか生活自己演出してます、みたいな。はなちゃんとか。
はなちゃんが、「私、大仏も鑑賞するけど卓球でオリンピックに出ます。テコンドーの女選手は『アリとキリギリス』の大きい方に似ています」って言ったら世の中変わるよ。
あと、テコンドーのもめ事はテコンドーで解決すべき、会長同士でバーリ・トゥードルールで戦うべき、というのはぜったいはてなダイアリーとかやっている若者が書いてそうなので書きません。と言いつつ書いてる。

私がいちばん心配してるのは、功なり名を遂げた愛ちゃんが成長し、「ごきげんよう」とか「スタジオパークでこんにちは」とかに出演して子供時代の苦労話などをするのを聞かされたらどうしようと。そんなものはもう聞きたくないんだと。
あと「スタジオパークでこんにちは」のゲストの持ち上げ方が異常にムカついているので、まず「スタジオパークってどこだよ」という難癖から始めてみたい。FAXでゲストに「休日はどんなことをして過ごしていますか?」とか聞いてんじゃねーよ。
そんなのまったく興味ゼロだ!!

「休日にどんなことをしているのか」について私が興味のある人間というのは、地球上には存在しない。たとえば私が鈴木あみの大ファンだったとしても、鈴木あみの休日の過ごし方には興味は1ミリもない。
反対に「私が興味の沸くような過ごし方をしてみなさい。虎を捕まえますからまず虎を屏風から出してください」と言いたい。

まあ私がいちばん驚く鈴木あみの休日の過ごし方は、いきなり友達のバイトしている店にやってきて、「松屋のカレーライスは最高にうまい」と力説した後、「おごってやる、おごってやるから!」と言い出し、友達がしぶったらケータイを取り出し、「嫁に買って持ってこさせる」と主張することかね。

いや実際あったことなんだけどね。もちろん鈴木あみじゃないけど。あんなに松屋のカレーライスのうまさを力説する人は、恐かったよ。「嫁に買って持ってこさせる」ってのに驚いた。一種の狂人だなあれは。
(04.0501)


【雑記】卓球少女偽愛ちゃん伝

私が卓球少女愛ちゃんぎらいなことは、木のバットのラベル部分にボールを当てると折れやすい、というくらいに有名なんですが、その「嫌いだ」ということを表現するために、彼女のウソ伝記をでっち上げることにしました。
これはある意味、エロテロリストな行為です。略してインリン・オブ・ラスト・オブ・モヒカン。

まず、話は愛ちゃんの祖父からの話になります。そう、つまり「ジョジョ」へのオマージュです。
イギリス貴族である愛ちゃんの父・るそんスケザエモン。あのるそん助左右衛門とは別人でしたが、いつも間違われて困っていました。 中山美穂と間違われる中井美穂くらいに。岡田有希子と間違われる岡村有希子のように。

るそんスケザエモンは、初恋の人・イデオン子と結婚します。イデオン子は、「伝説巨人」と言われるほどガタイがデカく、顔はジャイアント・シルバそっくりで、手にはいつもジャックナイフを持っていました。
そして「暴力を呼ぶジャックナイフ」と呼ばれていました。

るそんスケザエモンは、イデオン子の乱暴なところがキライだったので、彼女に鉄仮面をかぶせてしまいます。

これがアニメ「伝説巨人イデオン」の元になったことはあまり知られていません。トミノ監督にこのことを話しても「ウソだ」と言います。関係者に連れて行かれます。

さて、るそんスケザエモンとイデオン子の間に生まれたのが愛ちゃんの父、「福原ガンプラくじ夫」です。ガンプラくじ夫は、近所の「トイメート」というおもちゃ屋のガンプラのくじにいつもはずれていて、ムサイばかり買わされていました。
そうです、彼には二十歳くらいまで名前がなく、通称「おれとカネやん」と呼ばれていましたが、二十歳の元服の際、ガンプラブームが起こり、彼はいいとしこいてガンプラに夢中になっていたので、父親であるすけざえもんが正式に「ガンプラくじ夫、字(あざな)を玄徳」としたのでした。

26歳くらいまで、親にかねをせびっては米屋でプラッシーを買って家で「明星」などを読みながらプラプラする生活をしていたガンプラくじ夫は、後に妻となる女性と衝撃の出会いをします。
26歳にもなって、高校の科学部OBとして先輩風をふかせて部活に出入りしていたくじ夫は高校ではきらわれものでしたが、そこにいた萌え属性美少女アンドロイドに恋をしてしまったのです。
ちなみにこの美少女アンドロイドは、当時の科学部部長が発明したものです。
この科学部部長はその後、道ばたに食べかけのアイスモナカを落としてしまってからビッグマック中毒になり、体重は120キロ以上に。現在は「青色発光ダイオードを発明したのはオレだ!」と言い張りながら、「徳川家康」を1巻から読み続ける生活をしています。

閑話休題。

「ボクは死にましぇ〜ん!!」

後に武田鉄矢がパクることになる名セリフによって、萌え属性美少女アンドロイドに人間の心を持たせたくじ夫は、このアンドロイドと結婚。彼女は「斉藤ゆうこIII世」と名付けられ、連載マンガ3年分くらいの冒険の後に、人間に変身します。
アンドロイドのときは萌え萌えだった外見は、人間になったことによってお昼のテレビ番組「ザ・ワイド」において、ときどき出てくる紫色などの帽子をよくかぶっている白塗りの気持ち悪いおばさん(本当は大学教授らしい)にソックリに変身してしまいます。
しかし、二人の愛は少しも変わらないのでした。

村のよろず屋を営み、無知蒙昧な村人に、無地のカルタの裏に自分でイラストを描き「マジック・ザ・ギャザリング」と名付けて売りつけたくじ夫は、巨万の富を得ます。
最終的には村議会議員に出世、今までの窮乏生活を取り戻すかのようにマンガを買って読みまくります。
そのとき出会ったのが「ダッシュ勝平」の途中からでした。それと「虹色タウン」でした。
それと「やるっきゃ騎士(ナイト)」でした。

ちなみに、くじ夫のいちばん好きな歌は「ダッシュ勝平」のOP、次に好きな歌は「キン肉マンII世」の「カルビ丼の歌」です。

1988年、待望の第一子・愛ちゃん誕生。 「ダッシュ勝平」の卓球編にのめり込んだくじ夫は、愛ちゃんに卓球を特訓します。
「卓球のラケットって、表面はゴムでなくてもいいってルールで決まっているんだよ」
などと付け焼き刃なトリビアをかましますが、子供の愛ちゃんにそんなものが通じるはずもなく、父も改心し現在の名前に改名、その後は愛ちゃんは現在のプロフィールにあるような人生を歩みました。

おわり。
(04.0501)

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